2008年5月15日 (木)

世界の中心で、母が叫ぶ/その2

(つづき)それから毎日母は、東京に居る妹と私に電話をしてきた。「スピーチ、送ったの、あれ、読んだ?」。呑気に聞いて来る。「まだ読んでない」そう私が答えると、「早く読んでよ、面白く書けたから」と母。次ぎの日もまたその次の日も「あれ、読んだ?」だ。早く感想を聞きたくてヤキモキしているのが見えれば見えるほど、私は心の中で絶対に読んでやるものかと固く誓った。一応母には「まだ。忙しくてね」と言い訳をした。その度に、妹は電話の脇でゲラゲラ笑って、「読んであげなよー」と言っていた。「冗談じゃない!」。メールの受信箱には、未読の青いマークが残り続けた。妹はその青いマークを見続けた。そしてついに、「じゃあ、もう、私が読んであげるから」、と私の許可を得て未読メールをクリック。読み上げた。やはり。思った通りだった。私達の披露宴でスピーチした内容とまったく同じ。もっと「面白いお母さん像」を強化したものに仕上がっていた。一つの原稿としてはいいけれど、披露宴のスピーチとしては私だったら0点をつけるだろう。しかし母にそんな期待をしても無駄なのは100も承知なのだった。
そんなことを先日母からの電話を切った後、ソファーで思い出していた。なぜなら、その電話の向こうでも、「私が主人公」節を叫んでいたからなのだ。「もしもし、アンヌ?」。「あ、ママ?」。「ついに、読んだわよ!」。本人を知らないとまるで怒っているかのような口調に、免疫を受けている私も時々ビビる。何か悪いことしたかしら?思い当たる節がないので、「何?」と聞くと、「あなたのブログよ!」と母。思想家というか、作家だった自分の父の書物を、彼の死ぬ間際まで読もうとしなかった彼女は、これもまた作家である自分の夫の作品は徹底的に読破したのを除いては、手紙以外の家族の文章を読むのは気持ちが悪いようなのだ。それに加えて、風の噂で私が母の事をブログに書き散らしていると聞いたらしく、きっと悪口か馬鹿にしているかのどちらかだろうと決めつけて、さらに読む気を失ったのだろうと思う。周りがどんなに「読んだら?」と勧めても、断固として読まなかったのだ。しかし、「ついに、読んだわよ!」と言う。どんな感想が返ってくるのかと思えば、「2月8日のあの文、あれ、違うわよ!本当はもっと面白かったんだから!」と指摘した。うっかりしていた。そうだ、母はやっぱり「私が主人公」なのだ。2月8日付けのブログは『変わらぬ母』と題して、母のオマヌケ振りを綴ったものだったが、不満らしい。本当はもっと面白いお母さんなのに、十分私が描ききれていないとでも言いたそうなのだ。どうやら最後のくだりがダメらしい。彼女いわく、本当は、家に帰るまで写真屋の腕が落ちたと思い込んでいたそうだ。家に帰って、私に「あそこの写真屋、腕が落ちたんだわ」と言って証明写真を見せた。「以前はもっと綺麗に撮ってくれてたのに、これじゃまるでオバハンよ!」と怒っている。「あのね、写真屋の腕が落ちたんじゃなくさ、ママが年を取ったんだよ」、と私は言ったそうな。私にそう言われるまでずっと自分が年を取ったことに気付かなかった、おめでたい母。「そこが、面白いんじゃない!いいわね。書き直して頂戴。」私は、2月8日の文にはタッチしないものの、こうして母のリクエストに答えている、善き娘。おまけにブログは、母の悪口でもなく、母を馬鹿にするでもなく、彼女の希望通り、いかに母が面白いかを書いてきたつもりだ。書き直しを命ずるより先にお礼を言ってもらいたい。(by Anne)

フォトマトン
証明写真なんて、所詮気に入るようには撮れていないもの。まるでダチョウのような自分の顔にげんなりする私。

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2008年5月14日 (水)

世界の中心で、母が叫ぶ/その1

母の電話を切った後、私はソファーでため息をついた。あーあ。相変わらずだなぁ。もしかして母は、世界は自分が中心に回ってると思い込んでるのかもしれないと、本当に心配になる。「主人公はこの私」なんていう風に。あーあ。おめでたい人だなぁ。ふと、私は昨年の結婚式を思い出した。
昨年、友達の『趣味の良いチンドン屋』が豪華絢爛な披露宴をグランドハイアットで開催した時のこと。新婦の母である『マダム・ジーザス』がスピーチをする番になった。彼女が起立し、マイクを持った瞬間、私はヒヤッとした。マダム・ジーザスにマイクを持たせたら何を口走るか分からない。日頃から自分の娘に対して、冗談とはいえ、憎たらしいだのなんだのと憎まれ口をたたいているのしか聞いたことがないし、芸術家という思想の自由人だから披露宴とはいえタブーを気にしないだろうし、これはもう、マイクを通してブタだのゴリラだのセンスがないだの、もの凄い言葉が聞こえてくるに違いない、と私は思った。横にいる主人を不安げに見ると、彼もまた心配そうに私を見た。ところが、マダム・ジーザスの少女のように透き通った声が発したのは、その声のイメージにぴったりな言葉だった。自分の娘の名前を挙げて、「ほんとうによかったわね」なのだ。その後は「よくこんな素敵な人をみつけたわね」、「あなたはしっかりしていて偉い」、「末永く幸せに」、などなど。こっちも照れてしまいそうなくらい、娘と新郎を褒めて、祝福の言葉を述べたのだった。普通、親ならそうするだろう。あの、マダム・ジーザスさえもそうしたのだ。しかし私の母は違う。「人でなし」ならぬ「親でなし」な母親を持った気持ちに私はなった。
というのも、『趣味の良いチンドン屋』に先攻して私の方のプチ披露宴を行なったのだが、その時の母のスピーチは凄かったからだ。普通なら「アンヌ、ほんとうによかったわね」と始まる筈が、「私は〜」と自己紹介に代わり、それから自分がいかに面白いお母さんかという話を長々として、プチ披露宴の主人公の座を乗っ取った母は、いよいよ最後のくだりで、「よくこんな素敵な人をみつけたわね」と新郎を褒める代わりに「私が使える人手が増えて良かった」と言って締めくくったのだった。確かにウチの家族はみんなかなりキツいブラックユーモアを飛ばす質だし、自由な形の披露宴だったからこそのスピーチだが、ギョッとした人もいたんじゃないか気になった。しかしそれ以上に、いわゆる「祝福の言葉」というものの無さに、クソ真面目な私は項垂れたのだった。それから数日後、母はパリに帰った。妹はまだウチに居候していた。妹が私のパソコンを使おうとした時、母からのメールに気付いて、「ママからメール来てるよ」と私に知らせた。私は、あれだ!と分かった。母はパリに戻るやいなや、私に電話をしてきて、「あのスピーチ、もっとちゃんと準備しておけば良かったって、後悔しちゃった。だから書き直してあなたに送っとくわ」と言ったてた。だから、書き直したスピーチをメールしてきたに違いない。流石の母も、きっと「祝福の言葉」を述べなかったことを後悔して、正統派のスピーチに書き換えたのだろう。やっぱり母も人の親だわ。私はホッとして、「どれどれ」と台所から顔を出し、妹とパソコンに近づいて読もうとした。が、すぐにまた台所に引っ込んだ。何を私は考えてたんだ、正統派なスピーチなんて、あの母が書くわけがないじゃないか。後悔したのは「祝福の言葉」を述べなかった事にではなくて、思う存分「面白いお母さん」を演出できなかったことに決まってるではないか。当然、メールしてきたのは披露宴でのスピーチをブラッシュアップしたやつに違いない。「どうしたの?読まないの?」と声をかける妹に、「どうせ同じような内容だろうから」と、そのままセッセと夕食の支度を進めることにした。つづく。(by Anne)

タピオカデザート
母は日本に来ると、日本で食べる中華が良いと言って、滞在中は中華三昧になることがある。とりわけ『銀座アスター』にはよく足を運ぶらしく、デザートにこのタピオカを食べるのが楽しみなのだそうだ。

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2008年5月 8日 (木)

嫌酒家への果たし状

GW中、東京から友達が挙って軽井沢に来ていたので、夕食後ちょっと会いましょう、ということになった。昔からみんなが集まるカフェバーに20時半頃行くと、すでにみんな集まっていた。カフェオレだとか紅茶だとか飲んでいる。カフェというよりバーのイメージが強い私は、というより、ワインが好きな私は、躊躇せず白ワインを頼んだ。するとほんの少し、「ったく、KY(今ハヤリの空気読めない)なんだから」という視線が向けられている気がした。そういえば、友達のうちのひとりは、お酒を飲む人の事を軽蔑する傾向にあることを思い出した。嫌煙家というのは聞いたことはあるが、改めて嫌酒家が存在することに驚いた。しかも私の目の前に。よくぞ私と一緒に何度もディナーができたなあ、と関心する。ワインを嗜むことの罪悪感を、逆立ちしても抱けない私は、「フン!」とムキになって、ちょっと挑発してみようと、果たし状を送るべく、こう言った。「この間、従姉と2人でマグナムボトル1本空けちゃった!」。この発言をワインスクールの旧クラスメイト達に言ったとしても、暖簾に腕押し。ひとりワイン1本ぐらいあっという間に飲んでしまう彼らは、「それがどうした?」レベルの無関心な返事しか返せないだろう。マグナムボトルとは通常のワインボトル2本分だから。ところが、嫌酒家はまるでアル中の廃人を見るような目で私を見て、「ヤバイよ、それ」と言った。どうやらショックを受けたようだった。しめしめ。私は、勝利の旗を掲げたいと思った。しめしめ。おまけに飲んだのは、『Ch. Mouton Baronne Philippe 1981』。昔のch. d'Armailhacだ。超美味しかったんだから!
実はこれ、ウツボを食べる時に従姉と開けて、空けたワインだった。土佐の珍味だから、土佐のお酒をと思い、ウチの倉庫をひっかきまわしてみたが断念した。和尚様が以前に送ってくださった、司牡丹の『深尾』がまだあると思ったのに。そこで、結婚祝いで人から頂いたこのマグナムボトルを出したわけだ。ボルドーワインと八つ目鰻は合うそうだ。ウツボもイケるだろう。そう思って。でも実のところ、ウツボは日本酒が一番合うだろうし、白ワインだったらソーヴィニョン・ブラン系のものが合うだろうという結論に達した。そしてワインは食後にゆっくり楽しんだのだった。それにしても、この『Ch. Mouton Baronne Philippe 1981』、グラスに注いだ途端に、はっきりとした、カシスリキュールの香りが食卓に充満した!81年なのに元気ハツラツ。それでも味わいはまろやかで、舌がビロードに包まれるよう。ああ、そうだ、カシスとは、こんな香りだったわね、と再確認したのである。(by Anne)

ダルマイヤック81
旧Ch. d'Armailhacの『Ch. Mouton Baronne Philippe 1981』。ボルドー格付けは5級。ウチの結婚祝いに頂いたものだから、主人も少し飲んだが、あとは全部酒豪の従姉と私で飲み干した。酒豪とはいえ、従姉は最後、同じ話を3回繰り返していた。

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2008年5月 7日 (水)

初ガツオならぬ初ウツボ

高知にある菩提寺の和尚様は、ときどき「里便りです」と、土佐の名物を送って下さる。一ヶ月前、母が東京に滞在していた時には、藁で炙った沢山の鰹のタタキが届き、親戚一同で感動しながら食した。それからしばらくして、母がパリに帰ったころ、和尚様からメールが。土佐にはウツボのタタキという、知る人ぞ知る名物がある、是非食べてみては如何だろうか、興味があれば送る、といった内容だった。「ウツボねぇ…」と、考えていた矢先に和尚様からの電話。「明々後日そちらに届くようにしましたから」とおっしゃる。珍味にトライするのはとても楽しい。私は嬉しくなって、クール宅急便が届くのを待ち構えていた。ウツボのタタキって、一体どんなものなのだろう?柔らかいのかな、固いのかな、美味しいのかな?ウツボの顔を想像すると、若干ゾゾッとするが、和尚様が「生前の姿は想像しないで」とおっしゃったので、余計な事は考えないよう努め、珍味のお出ましを待つことにした。いよいよ翌日ウツボが届くといったその晩のこと。私は夢を見た。
台所に立っていると、ピンポーンとベルが鳴る。「ウツボだわ!」とドアを開いて箱を受け取る。台所で開けてみる。なんだ、白身のお魚の切り身みたい。生前のグロテスクなイメージと全然違う。ホッとした。お刺身のように丁寧に薄く切る。一口食べてみる。淡白な味わいだ。結構美味しいものなのね。全部切り終えて、いざお皿に並べようとしたら、大波がやってきた。そしてウツボの切り身を全部流してしまった。大変だ!折角和尚様が送って下さったのに!私はウツボの切り身を拾いに、海女さんのように、海底へ潜っていった…。
目が覚めると汗びっしょりになっていた。翌日、ウツボが届くと、夢だったことを再確認して安堵した。いざ開けてみると、夢で見た姿とそっくりで驚いた。ほんの少し切って食べてみると、やっぱり淡白ですっきりした味わい。デジャビューだった。夢の印象と少し違ったのは、お魚というより鶏肉に近いような感じを受けたことと、ぴったりとくっついているコラーゲンだ。活力が湧く気がしてきた。するとピロピロピロと携帯が鳴った。見ると従姉からだ。「アンちゃん、今晩何してる?」とある。一緒に食事に出かけようかというつもりなのだろう。タイミングがメチャメチャ良いではないか!「ウツボ食べるからウチにおいで」と返事したら、大喜びでやってきた。ウツボを味わうのはスムーズだったが、なにせ食べ慣れないから色々な食べ物と比較したり、似せてみたりして、頭の中の食べ物メモリーにインプットさせた。かすかに後を引く独特の臭みに、そのうちハマるかもしれない。なによりも土佐便りを里便りと言って、いろいろと送って下さる和尚様の心配りにジーンとするのである。(by Anne)

ウツボのタタキ
玉ねぎと、ニンニクと、ネギと、ショウガ、と共に、添付されていた絶品のポン酢醤油で、頂いた。余った分は、翌日竜田揚げにしてみた。甘酢味噌でも美味しそう。

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2008年5月 3日 (土)

2008.05.03.

イタリアンに入ってメニューを見たが、
シェフにおまかせしたいsaboriday。
(by Anne)

前菜


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2008年5月 1日 (木)

甥も、芋も/その2

(つづき)要するにそのお母様の言っている事が分からないのだ。電話に出ると、いつものようにお天気の話や、健康の話から始まり、自分の娘が盲腸の手術をした時の話になった。話によると、彼女は入院中の退屈しのぎにお医者様との「火遊び」を楽しんだそうだ。挙げ句のはてにプロポーズまでされたという。しかし、入院中はまるで白馬の王子様に見えたお医者様も、退院とともにノッペラボウのただの人となり、彼女の熱はすっかり冷めたそうなのだ。そのお医者様には気の毒な話だが、以来、彼女は「入院中の火遊びのススメ」を唱えているらしい。「けっこういいわよ、だって退院したらすっかり熱も冷めるんだもの、本気になんかなりゃしないから、リスクないでしょ」と人差し指を立てて話す彼女の姿が思い浮かぶ。そこまでの話は100%理解した。電話を通して、私達は2人でケタケタ笑った。次に、友人のお母様はこう付け加えた。「あとオイモね、アレがダメだったのよ」と。私はびっくりして、「え?そうなんですか、知らなかった!」と答え、彼女は「ええ、そうよ」と平然と相槌を打った。「へえ、どうしてかしら?繊維がいけないのかしら?」と質問する私に、今度は「繊維?」と不思議そうに聞いて来た。「ええ、お芋が盲腸に良くないんだったら、繊維のせいかしら、と思って」。私がそう言うと、電話の向こうはシーンとしていた。私は変な事を言ったかしらと、「え?」と思わず声を出した。電話の向こうからも「え?」と聞こえてくる。「え?」、「え?」、「え?」、…。しばらくしてお母様は気がついて下さったらしく、「ああ、オイよ、甥、お芋じゃなくて、ね」と私を理解させて、「私の甥もね、盲腸でね、入院したことがあったのよ」と、オイモアレダメではなくきちんと説明して下さった。私はそれを聞いて一人で可笑しくなって笑いが止まらなくなったのをよそに、お母様はなお入院話を続けた。「そうそう、私もね、胆石で手術したときはね、…」と。その話は何度も聞いたから、ちゃんと聞かないでもいいや、と密かに思った。それよりさっきの甥っ子さんの話で思い出し笑いをしないようにしなきゃだわ、などと考えていたら、お母様が「あとオイモね、アレがダメだったのよ」と、またおっしゃる。「えー!?胆石でも入院されたんですか?」と私は思わず大声を出した。電話の向こうから「え?」と聞こえてくる。「あら?私が胆石やったの、知ってるでしょ?お見舞いにも来てくれたじゃない?」とお母様。「え?それは知ってますけど、まさか甥っ子さんも、とは知りませんでした」と私。「え?」、「え?」、「え?」、…。しばらくして、「あら、いやあね、今度はお芋の話よ。なんだかお芋を食べた時にはね、特に背中が痛くなってね。胆石に良くなかったみたいなのよ」と、またしてもオイモアレダメではなくきちんと説明して下さった。
甥も、お芋。あ〜、ややこしや〜、ややこしや〜。
最近、少しなだぎ武のファンになった私はつぶやいた。(by Anne)
(注意:本当の話だけど、登場人物はフィクションです。)

霧の交差点
碓氷峠を超えた向こうの交差点。深い濃霧に包まれて、信号が、赤なのか、黄色なのか、青なのか、分からない。あ〜、ややこしや〜、ややこしや〜!

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2008年4月30日 (水)

甥も、芋も/その1

案外日常生活では、明確な説明をしないでも、アレだとか、ソレだとか言って、通じ合うケースが多い。見ず知らずの相手では、そんな曖昧な言葉選びでは通じづらいだろうけれど、家族内、仲間内、同業者同士、とかならアレソレレベルのやり取りで恐ろしい位理解しあえちゃうこともある。例えばそれは忘れもしない、とあるショーのオーディション帰りのこと。オーディションを終えて、私はモデルのAちゃんと駅まで歩いていた。すると正面からモデルのBちゃんがこちらに向かって歩いて来る。夕方、一人で、ブックを抱えて、ミニスカートにヒール姿。オーディション姿だ。私達が行ってきたばかりのオーディションに行くんだと、分かる。近づいてくるとお互い手を振った。「ひさしぶりー!」、「元気ー?」。そして次に、Bちゃんは「どんな感じ?」と私たちに聞き、私は「でも全然大丈夫ー!」と答えた。Bちゃんは「オッケー」と納得して、そのままオーディション会場へ向かった。数分後、私はふと、Aちゃんに「『全然大丈夫ー』で通じ合ってるのもスゴイよね…」と囁いた。
このやり取りを聞いて、きっと多くの人は、こう解釈するだろう。
「どんな感じ?」。これはつまり、オーディションが、厳しい感じなのか、リラックスした感じなのか、いろいろと要求されるのか、それともサックリと終わるのか、など状況を知りたい、と。「でも全然大丈夫ー!」。これはつまり、少し固い雰囲気で、少し要求されるけど、心配するほどではない、と。
ところが、私たちの間で理解しあった内容は、以下の通りだったのだ。
「どんな感じ?」、「でも全然大丈夫ー!」。つまり、「モデルがいっぱい来ていて、混んでる?」、「けっこう混んでるけど、展開は早いから、そんなに待たないですぐ順番が回ってくるよ」、ということなのだ。この暗号のような秘密めいたやり取りをしたことに、オーディションの結果はどうであれ、私は少し浮かれて家路についた。
同業者や親しい間がらなら、どんな言葉でも通じ合える。この日を境にそう確信してきたが、先日の電話でその確信は崩れ去った。友人のお母様からの電話だ。たまに思い出したように電話を下さり、むしろ私の方がご機嫌伺いの電話をしないといけない立場なのに、とやや恐縮しながらも、ありがたく思って暫しの会話を楽しむのだが、今回はチンプンカンプンだった。つづく。(by Anne)

霧の碓氷峠
四月末、真夜中の碓氷峠。重厚な霧が私たちの車に覆いかぶさって来る。時速30キロ以下で走る車の、微かな赤いライトの後ろを、そろりそろり走る。何度も通った道だけに、記憶を頼り、なんとか峠のカーブをかわした。この道が初めてだったら、まさに五里霧中だろう。辺りの様子は全く分からない。オーディション帰りのモデルの会話が全く分からない、といったように。

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2008年4月 9日 (水)

待合室

身内が手術中。
大したことはないとはいえ、
ちょっと心配。

待合室1
まだかなー。。。

待合室2
まだかなー。。。

待合室3
もうそろそろかなー。。。
(by Anne)

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2008年4月 5日 (土)

2008.04.05

気ままに車を走らせsaboriday。
気付けば、懐かしい浜辺。
気付けば、父の命日。
あんなに大きく見えた灯台を
再現してみようとレンズをのぞく。
(by Anne)

灯台へ

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2008年4月 4日 (金)

Paris/Tokyo間iPhotoリポート

ミケランジェロ・アントニオーニの映画で『欲望(Blow-up)』というのがあった。ロンドンのファッションシーンを舞台にした、サスペンス映画だ。売れっ子カメラマンがある日公園を散歩していると、遠くに素敵な女性がいることに気付く。職業的な衝動から、なにげなく彼女を追うようにシャッターを切る。しかし、その写真を後で現像し、引き延ばすと、そこにはある殺人事件の秘密が隠されていた…。というような話。カメラやビデオが押さえた映像を、ズームしたり、巻き戻して繰り返し見たり、スローモーションで見たりすることで、事件の真相が明らかになる、といったパターンの映画が、66年の『欲望(Blow-up)』を筆頭に以後、特に80〜90年代とても増えたと思う。さっきiPhotoで写真を見ていて、ふとそんな事を思い出した。というのも、私のiPhotoには、私が撮った写真だけでなく、人から送られて来た写真も、なんでもかんでもミックスされていて、きれいにファイル別に保存しない無精が、思わぬ発見につながったのだった。人が送ってきてくれた写真もiPhotoに入れると、自動的にその写真が撮られた日時順に並べられる。例えば、昨年の8月26日に友達が撮った写真が今日送られてきたとしよう。だけど、iPhotoに取り込んだ段階で、私が昨年の8月26日に撮った写真の間に混ざって、自動的に並べられるのだ。おまけに時間によっても順付けられる。先日母が送って来たチビ猫2匹の写真は、みごとに1月30日、私が恵比寿のKIORAで撮った写真の間に入っている。ということは、1月30日、東京で私が美味しいイタリアンで鹿肉をほおばり、デザートワインを試飲していた同じ時間に、パリで母は、私に送るためにセッセと子猫達の写真を撮っていたのだった。(時差があるから、まったく同じタイミングで、という話ではないが)。たかが子猫の写真なのに、「いつなんじどこでだれがなにをしたか」という情報まで伝わってしまうとは!プライバシーの境界線は消えつつあるのかと思うと、恐ろしい。(by Anne)


Paristokyo1
パリで。話し込んでる最中、子猫は作家の背中に潜り込む。

Paristokyo2
その間東京で、私は鹿肉を食べる。

Paristokyo3
スパイシーな赤と共に。

Paristokyo5
食後には甘口ワインを数本ティステイング。

Paristokyo6
どれもイタリアのもので、珍しいものばかり。

Paristokyo7
シチリアのものが印象的だった。

Paristokyo8
パリでは本棚の陰で、子猫2匹がじゃれあう。

Paristokyo10
そして1匹は作家の膝枕で休憩。

Paristokyo11
するともう1匹やってきて、2匹仲良く作家に膝枕。
東京の私に酔いが回ってきた頃…。
(本当は時差があります)

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2008年4月 2日 (水)

春うらら、うわの空/その2

(つづき)。安心したのは、それなりの訳がある。昨年だったか、その一昨年だったかの春、私はそうとうトンチンカンなことをしていたからだ。今となってはsuicaをお財布の中に入れて、それまた鞄の中に入れて、改札を出る時に、ポンと鞄ごと指示されて場所に置けば、「ひらけごま」でスルーできるから、もうあり得ないだろう。しかし、その春はまだ私はパスネットを使っていて、旧定期券のように、改札口の機械に差し込み、反対側から出てくるのをピックアップして外に出ていた。行きは、あそこで乗り換えて、あそこの駅で降りれば丁度良い、とか、帰りは、あと人参を買えば良いだけ、帰ったらまず洗濯物を、だとか考えながら、私は改札口の前まで来ると、鞄の中に手を突っ込み、パスネットをつかんで、機械に差し込む。機械に差し込もうとして、私はハッとするのだ。差し込めない!と。よく見ると、それはウチの鍵なのだ。その頃、それはしょっちゅうだった。そして私は、ああ、まただ、とため息をついて、今度は正真正銘のパスネットを取り出して、しばしまごついたものの、改札口を無事スルーするのである。「なんで鍵を取り出しちゃうんだろう?」「春だからかしら?変だわ〜」、「さてと、人参は買ったから大丈夫」、「洗濯って面倒くさいなあ」などどあれこれ考えながら、駅からの家路を急ぐ。徒歩10分。ちょっとした距離だ。ウチに着くと、買い物袋を地面に置き、鞄の中から鍵を取り出す。鍵を鍵穴に差そうとして、私はハッとするのだ。差し込めない!と。よく見ると、それはパスネットなのだ。私は、げんなりして今度は正真正銘のウチの鍵で、ドアを開けるのだった。私にとってパスネットもウチの鍵も、おんなじもの。要するに、これさえあれば「ひらけごま!」なのだった。残念なことに、この話には主人は理解を示してくれなかった。理解を示してくれなかっただけでなく、変人呼ばわりだった。それだけに、後になってした『タクシーの運転手に「ごちそうさま」』話に、「オレも」と言ってくれたことに安心したのであった。(by Anne)

サクラ/猫
実家に長らく居た猫アスチュが昨年死んじゃった。悲しかった。けれど、実家には新たに二匹の子猫がやってきた。一匹はやんちゃなニニ。もう一匹は御姫さまみたいな、サクラ。こちらは、もちろん!


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2008年4月 1日 (火)

春うらら、うわの空/その1

4月らしいお天気に桜が映える今日このごろ、気分が浮かれて、うっかり変なことをしてしまっていませんか?
私は、さっき、うっかり「ごちそうさまでした」と言いそうになったのである。これが、ランチの後だったら、うっかり言いそうになるほうが常識人なのだが、シチュエーションが違えば、変な人と化してしまうだろう。撮影が終わり、私はメイクを落として私服に着替え、スタッフが集まっているテーブルに近寄った。アシスタントの子達はブツ撮りの準備に取りかかって大忙し。私は、準備待ちのスタイリストさんと編集の方とでお茶を飲みながらのんびり休んでいた。ワンちゃんの話で盛り上がりながら、私は薄ら胃のあたりに空腹感を感じて、「そうですよね、ワンちゃん、可愛いですよねー」と相槌を打ちながら、こっそり携帯で時間をチェックした。「お!まだ早い!」思わず口に出して言った。まだ午前11時だった。こんなに早く仕事が終わるのは、嬉しいやら気がひけるやらで、笑っていいのか頭を下げるべきなのか一瞬迷ったが、次の編集の方の言葉で、迷うのはどうでもいいと悟った。「そうなのよ、まだ早いのよー。ごめんなさいね、本当だったら一緒にランチでもしたいところなんですが…」。私は慌てて「いえいえ、大丈夫ですよ、家に帰ります」、と答えた。食いしん坊だということは、恥ずかしげもなく万人にバラしているけれども、ランチを狙っている意地汚い奴だとは、さすがに、狙っているわけではないだけに、思われたくない。私は立ち上がって、コートを羽織り、スタッフの方々に挨拶をして、エレベーターの前に立った。エレベーターが着くと、もう一度、挨拶をしようと、私はスタッフの方を振り返った。そして頭を下げ、大きな声で、「ごちそうさまでした!」と、言いそうになったのである。「お先に失礼します」とちゃんと言えて、エレベーターの中で肩をなで下ろした。
「ごちそうさまでした」をうっかり言いそうになるのは、仕事終わりだでけでない。夜遅く、タクシーで家に帰る時もだ。ウチの前にタクシーが近づくと、「あ、ここで停めて下さい。」と言って、メーターを見る。お財布から必要なお札を出して、運転手さんから釣り銭とレシートを受け取ると、ドアが開く。ドアが開くと、私は荷物を手に持ち、足を片方地面について、腰を浮かせ、「はい、どーも、」と言う。「はい、どーも、ごちそうさまでした」と、うっかり言わなくて本当に良かったと思うのは、タクシーがドアをバタンと閉めて走り去った後だ。今日もちゃんと「ありがとうござういました」と言って降りれたわ、とホッとするのであった。こんな私はやっぱり変なのかと思って、主人に聞いてみた。すると「あ、オレも『ごちそうさま』って言いそうになる」とのこと。どうやら私だけの奇異な言動ではないようだ。おまけに主人は食いしん坊ではない。「ごちそうさまでした」とうっかり言いそうになるのは、食に捕われている証でもなかったようだ。私は二重に安心した。つづく。(by Anne)

サクラ/花
太い幹から直接顔を出し、咲いているソメイヨシノの花。愛らしい。

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2008年3月26日 (水)

座布団抜かれる

どうやら私の思考回路を人々は理解できないらしい。私にとってはものすごく辻褄が合っていることも、皆は突拍子もない発想だと思い、ヒドい時はアホ扱いされるのだ。そんな扱いをされても、私はメソメソしません。皆の想像力が欠落していると判断して納得しているのですから。そして分かってくれる人は、私にきっととっておきの座布団を数枚プレゼントしてくれるだろうと、信じて。しかし、残念ながら先日はちょっと違った。
友達の写真が展示されているからと、中目黒のバーへ行った。友達の周りには初対面の人が数人居たけど、みんな社交的で話やすく、知らないうちに長時間話込んでしまった。とはいえ、大した話の内容ではない。干支の話が始まったときのこと。寅年だとか、猪年だとか言ってるうちに、牛年が多いことにみんな気付いた。牛年の1人が、「ほらね、こいつと、こいつと、オレも牛年」と言うと、となりに居た女性に顔を向けた。「モウさん」と呼ばれている、素敵な女性だ。「あと、モウさん。モウさんだから一緒!」と楽しそうに続けた。あだ名なのか、中国系かどこかの名字なのか、分からない。しかし名前の響きが「モウ」と牛の鳴き声に近いから、モウさんも「一緒!」と言って、牛年の仲間になったという流れぐらいは、私も分かった。分かってはいたのだが、ふと、中国系の名前なのかもしれないなー、どんな漢字をかくのかなー、などという考えが頭の片隅に過ったのだろう。私は、「へー!モウさんって、牛って書くんですかー?」と聞いてしまった。スッとぼけも通り越して、座布団抜かれるような恥ずかしい発言をした、と私が気付いたのは、散々みんな驚いて、散々みんなにブーイングされた、そのずっと後だった。(by Anne)

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2008年3月19日 (水)

行儀も無礼/その2

(つづき)鞄に関してのエチケットは、どうも勘違いなんじゃないか。女性が重たいスーツケースを持ち上げて、見るからに辛そうに駅の階段を上り下りしているのに、横を通る良い年の男性は誰一人として手を貸さない。こうしたシーンはヨーロッパから戻って来たての頃、とてもショックを受けた。もはや道行く男性は当てにできないと分かってからの私は、飛行場へは電車は使わず、必ず近くのホテルから出ているリムジンバスに乗るようになった。さらに付け加えるなら、リムジンバスが出ているホテルまでタクシーで行ける距離の所に、何度引っ越しを繰り返しても、住む事にしたくらいだ。米原万里は、こうした日本の男性の行動に対して、こう締めくくった。ヨーロッパの男性は彼ら程長時間仕事をしない。日本の男性は、毎日毎日クタクタになるまで働いて、夜遅く帰宅する。通勤中に、気配りのゆとりが持てる筈はないだろう、と。なるほど、そうかもね。まあ、荷物ぐらい自分で持つからいいわ、と思ったのと同じ頃、余計な荷物を持つ男性が目につくようになった。デート中の男性だ。この時ばかりは気を利かせて、彼女の荷物を持ってあげているようだ。明らかに彼女の物だと分かるのは、ヴィトンだとか、フェンディだとか、チェーンのついたシャネルだとかのハンドバックを、フリフリやキラキラがたくさん付いたハンドバックを、きっと口紅とお財布と携帯しか入っていないだろう小さな小さなハンドバックを、彼の方が持っているからだ。通りすがりの女性の重たいスーツ・ケースは持たず、かわいい彼女の小さなハンドバックは持ってあげる、とは!そもそもハンドバックは女性にとってアクセサリー同然のお洒落グッズな筈。それを彼が持ってしまっては、せっかくのお洒落コーディネイトも甲斐がない。そのうち、大きなネックレスやイアリングをしていたら、「重たそうだね、僕がつけといてあげるよ」、なんて言っちゃうんだろうか。そんな意地悪な想像をしてしまう。しかし、すれ違うハンドバック君達は、彼女に対して一生懸命なのだろう。やさしくしてあげたい、よく見られたい、ケアしてあげたい、と。そんな健気な気持ちを思うと、意地悪な想像をしている自分が情けなくなる。まあ、いいじゃない、そんなに重大なことじゃないじゃない、と思えるくらいの寛大な大人に、どうかどうか、なれますように。(by Anne)

チューリップ
春だ。開きかけた時のチューリップが、なんとも可憐で好き。花言葉は、「博愛」、「思いやり」。ふと、チューリップ柄を帯に描いて、キュッと締めて、花言葉を胆に命じたいと思った。

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2008年3月15日 (土)

2008.03.15

主人は仕事。
私は友達とカフェでsaboriday。
ほんの少し、罪悪感。
(by Anne)

un cafe

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