マイコサクラ失踪事件/その1
娘2人はとうの昔に家を出て、居候していた若い学生も一人暮らしを始め、とうとう飼っていた猫のアスチュも昨年天国へ行ってしまった。そんな私の実家は、なにか寂しいというよりも物足りない、と母は思ったらしく「やっぱり猫をまた飼うことにしたの」と電話口で言った。今年の春のことだ。近所のお宅で猫3匹生まれたという知らせを受けて、そのうちの1匹が欲しかった黒猫だというから、母は飛んで行ったそうだ。ところが、そのお目当ての黒猫はとっくに貰い手がついていたらしい。だったら、と言って、母は2匹連れて帰ってしまった。黒猫がダメなら2匹という発想は普通なかなかしないものだが、母の場合は大いにありうるのだ。ああ、やっぱりまた2つだわ、と家路についたという母の話を聞いて、私は、やっぱりね、だった。なにせ、買い物にでかければ、なんでもかんでも同じものを2つ買う癖があるのだから。(2007年8月10日付けのブログ『私のビョーキ』参照)
やってきた2匹の猫は、ニニとサクラ。妹のニニはやんちゃで姉のサクラはお姫様の様だという。(2008年4月2日付けのブログ『春うらら、うわの空/その2』の写真参照)
ところが、途中からサクラの名前を母は変えてしまった。マイコにしたという。「だってフランスっ人たら、みんなサクラのラをLで発音しないでRで発音するんだもの。喉をゴロゴロ鳴らして『SAKOURA』なんてなんだか汚らしくて」。そして、ニニは人懐っこくていつも自分の後を付いてきて、かわいくってかわいくってしょうがない、と言い、サクラならぬマイコは人間嫌いで、抱っこされようとしないお澄ましで、あまりかわいくないとでも言いたそうだ。そう電話口で聞くと、サクラならぬマイコを不憫に思った。主人に十分かわいがられないで、さらに名前まで勝手に変えられて。お姫様キャラならプライドも高い筈。ふてくされて余計人間嫌いにならないと良いな、と密かに私は願った。
8月に入り、フランスがヴァカンス一色になっただろう頃を見計らって、パリの実家ではなく、ノルマンディーの家に電話を入れた。一回ブルルと鳴っただけで、母は出た。やはり休暇を取っていたようだ。暑中見舞いというより、私は用があって電話をしたのだが、母は私だと分かると「ちょっと!昨日、大変だったのよ!」と叫び始めた。私の用件も聞かずに。うっかり母の話に巻き込まれて、肝心の用件を話さず終いになってしまわないように、目の前にあった領収書の裏に用件をメモしてから、「どうしたの?」と聞いた。「昨日、マイコが居なくなっちゃったのよ、心配したわぁー」。マイコ…、ああ、サクラか!マイコサクラね。ややこしいので私はダブルネームで呼びことにした。
その日は、日中、ニニとマイコサクラは庭で遊んでいた。しかし夕方になって気がついてみるとニニしか庭にはいない。どうしたのかしら、と母は思った。「でも、きっとじきに戻ってくるでしょ」と気にせず、夕食の準備を始めた。蛇口をひねる音がすると、ニニが飛んでやってきた。「わぁ、お料理始めるの?」「わぁ、お水がポトポト落ちて面白ーい!」「わぁ、このオレンジ色の長いの、なぁに?」と、横から母の顔をチラチラ見ながら聞いてくる。台所が面白くて仕方がないらしい。「これはね、ニンジンっていうのよ」と母。また娘ができたかのように楽しんでニニに教える。ふと時計を見上げると、もう夜の8時になっていた。夏時間のトリックで、まだまだ夕方のようだった。「それにしても遅いわね、まだ帰ってこないわ…」。母がマイコサクラを心配し始めると、ニニもそわそわし始めた。「ねえ、ねえ、お庭に探しに行ってみない?」ニニはそう言って、ピョンと流し台から飛び降りると、一目散に裏庭のドアの方へ駆けて行った。つづく。(by Anne)

マイコサクラはゆったりしているので写真に撮りやすいそうだ。これはカール・ロイターヴェルスというスエーデン人の作品『結ばれたピストル』で、平和のシンボルとして国連本部にも置かれている物らしいのだが、なぜかマイコサクラは大好きで、いつも握りしめている、と母は言う。
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