ウタマロの色気自慢
昨日、タンスの整理をしていたら、寝間着を入れている引き出しの奥から、ゲランの石鹸が出てきた。レースの下着やネグリジェの引き出しに匂い袋や上等の石鹸を入れておくと、肌に着けた時に良い香りがして気持ちがいいという母のマネで、私も入れておいてたようだ。ゲランの石鹸が出て来ると、私は懐かしさで胸がいっぱいになった。20年程前。私がまだ、15歳位の子供だった頃。パリのウチに頻繁に出入りしていたダニエルからプレゼントされたものだった。いつもシックな身なりで現れる長身の彼は、ウチに来る度、片手には葉巻、もう片手にはバラの花束で、非常にエレガントな立ち振る舞いで、私に挨拶のキスをしてくれていた。継父の友人、ダニエル・ポムルール。フランス現代美術を代表する彫刻家であり、ロメールやガレルの映画にも登場していた役者でもある。私が、最初に覚えたワインの銘柄がポムロールだったのも、彼の名前と似ていたからだし、40歳位年の離れた男性を素敵だと思ったのは、彼が最初で最後だ。当然、15歳という子供の私がフランス一と言われる香水ブランドの石鹸を手にする喜びは、ダニエルからの贈り物とあって何倍にも膨らんだ。20年もの間、何度引っ越しをしようとも、大切にタンスの奥に閉まっておいていたのも分かる。彼は私の事を「ウタマロ」と呼んだ。と、いうか、そう呼んでいたと思う。まだフランス語が大して出来ない頃だったし、彼が何を言っているのか、固有名詞でさえ分からなくて、想像で解釈していただけだったから。彼のバラの花束は、いつも母が受け取っていた。私は大人達がやり取りしている居間を、離れた所から眺め、ダニエルは友人の奥さんにあんな花束をプレゼントするなんて、と、女性を、女性としてリスペクトする紳士的な態度に、私は密かに心打たれていた。母は、「またダニエルが素敵な花束を持ってきてくれたわ」と、誇らしげに言っていた。数年後、ダニエルの体調が思わしくないという話を知った頃、ノルマンディーに行く車の中で母と彼の思い出話をした。アルコールが好きだったことや、素晴らしい作品が国境を股がって散在していること、彫刻に使ったイタリアの大理石の事、ダニエルのスープのレシピの事、そして、あのバラの花束の事。「ほら、ダニエルっていつも花束持ってきてくれてたじゃない」と、母が切り出した。「あー、あれね」。私は母がまた色気自慢を始めるのだろうと思い、急にぐったりした声で返事した。「彼って、いつも花束を私に差し出しながら『これ、ウタマロに』って言ってたのよ。私に、って言うのがテレくさくて、そう言ってるんだわ、おかしな人ね、ってずっと思ってたのよ。」母は運転しながら、急にケタケタ笑い出した。「だけどね、どうやら、本当は、本人が言ってるように、あなたに、だったみたいね。ほら、あなたが歌磨呂の描く女の人に似てるって言うんで、あなたのこと『ウタマロ』って呼んでいたじゃない?」ああ、やっぱり私は「ウタマロ」と呼ばれていたんだ。「40も年の離れた小娘に、立派なバラの花束を直接渡すのが、きっとテレくさかったのよ。私、ずっと、私にくれてるんだと思ってたわ。いやぁ、ねぇ。」また母はケタケタ笑い出した。そんな事を今更母から告げられても、テレくさいのはこっちの方だ。嬉しい気持ちをよそに、私は「ふーん」と気のない返事をして窓の外に視線をずらした。そんな事を昨日、ダニエルからの石鹸が出てきた時に思い出して、懐かしがっていた。が、ん?まてよ?そもそも私が歌磨呂が描く女性に似てるって事自体、おかしくないか?他に似ていると言われる絵画はあるのに、なんでまた歌磨呂なんだろう?「ウタマロ」って、一体誰の事だ?ひょっとして、母のことではあるまいな?母に花束を渡すのがテレくさくて、日本美人の代名詞を使ったのかもしれないぞ。もしくは日本女性を賛美してのことか?うーん、芸術家の考えることは、ムツカシイですから。ダニエルが亡くなった今、真実を知る由もない。(by Anne)

20年ほど前にダニエルからプレゼントされたゲランの石鹸。気付けば、ジェラニウムと、書いてある。大好きなアロマだった。
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