無料ブログはココログ

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月

2007年9月30日 (日)

キノコ狩り/2

(つづき)本当だ。セップだ。セップだ。母は、一番疑っていただけに、一番喜んで、一番沢山食べたようだった。その晩は、当時ベストセラーになった本の話で盛り上がった。キャトリーヌ・ミイェの『la vie sexuelle de Catherine Millet』という本。特に露骨な性的描写は賛否両論で、昔『チャタレイ婦人の恋人』でロレンスが巻き起こしたスキャンダルに相当するとも言われたし、そこまで高い水準の文学ではないとも言われた。母もどんな作品なのか、ひとつ読んでみようと思ったらしく、買ってあったその本を、その晩ベットで広げてみた。案の状、性的描写は露骨だったそうだが、ショックを受けるでもなく、ましてや興奮することもなく、どんどん読み進んだ。儘父が隣で鼾をかきはじめた深夜になっても、まだ読んでいたそうだが、それからしばらくして静かに眠りに入った。しかし明け方、目が覚めた。急に吐き気を催したからだ。母は起き上がって、洗面所に駆け込んだ。出すものを出し終わった母は、「私も年をとったわねぇ。あんな性的描写、昔だったらなんて事なかったのに」とつぶやいたそうだ。本の内容に気分が悪くなったと思ったそうなのだ。しかし、実はそういう事でもなかったらしい。朝になって、儘父にその話をすると、「それはキノコのせいだよ」と言う。彼も少々気分が悪くなったそうだが、大量のボルドーワインを飲んで、酔いという好都合な殺菌作用が働いたお陰で朝まで気持ちよく眠れたと笑った。後になって、ジャンが持って来てくれたキノコは正真正銘のセップだったが、やや痛んでいたものも含まれていたのかもしれない、という結論に達した。沢山ほおばった母が、菌にやられたという訳だ。
キノコを採集しながらそんなことを思い出していると、「やあ」と地元の業者さんがやってきた。倒れた木を片付けるために来てくれたのだが、グットタイミングだわ、とキノコてんこ盛りのボウルを差し出した。念のためチェックしてもらおう。倒れた木はそっちのけで、「これ、りこぼうですか?」と聞いてみた。すると、「こりゃー、違うな。アミタケだ」。ドキッとした。うろ覚えを頼りに食べてしまうところだった。あぶない。あぶない。けれど、「食えるよ」という次の一言に大喜び。ゆっぴー!りこぼうみたいな絶妙な味を、また!と期待してみた。しかし、業者さんは何の断りもなく、ポイポイとそのキノコをボウルから取り出し庭に捨てている。「こんなのは食えねえ。腐っちまってる。気持ち悪るくてしゃあねぇわな。」結局ボウルに残ったのは、ほんの少しだけ。業者さんが帰った後、念には念を、とキノコの図鑑を取り出してチェックしてみた。確かにアミタケっぽい。残ったキノコを見つめながら、またノルマンディーのキノコの事を思い出し、どうしても、台所に持って行く勇気が出なくなっていた。いくら食えると言われても、やはり私のうろ覚え&にわか仕込みの知識では自信を持って主人に腕はふるえない。りこぼうでないなら、リスクを追うまでもないかも。ふと、河豚の胆に通ずるものを感じた。(by Anne)

アミタケ
お庭で取れた、りこぼうと間違えたアミタケと、ミツバ。業者さんのチェックが入り、これっぽっちに。でもよく見ると、あまり顔色が良くない部分もあって、食べる勇気が出ない。

2007年9月29日 (土)

2007.09.29

saboridayは、私は眠り姫。
午前10時に電話が鳴っても
知りません。
(by Anne)

電話
静かに!

2007年9月28日 (金)

キノコ狩り/1

9月に入ると軽井沢は東京を置き去りにして、そそくさと秋らしく粧し込む。今回も、最高気温22度と、少なくともトレーナーを着ていないといられないくらいになっていて、ビルの間で汗を脱ぐっているだろう外回りのサラリーマンを、木々に囲まれた庭を点検しながら気の毒に思った。点検というのは、この前の大きな台風で倒れた木を業者さんに片付けてもらうためだ。庭も風に吹き飛ばされた枝だらけで、荒れ放題。少なくとも小枝くらいは自分たちで片付けようと拾っていたら、キノコがここにもあそこにも顔を出している。白いのもあれば、灰色のもあれば、茶色いのもある。中にはオレンジがかったのもあった。そういえば、子供の頃キノコ狩りを祖母としたな。バケーション好きだったウチの親は、9月になってもまだ軽井沢に残りたがって、私も幼稚園をサボらされたことをやや不安に思いながら留まった記憶がある。夏を共に過ごした友達たちは、みんなお盆を過ぎると東京へ帰ってしまったので、9月ともなれば私は遊び相手がいなかった。退屈しのぎに祖母が、辺りの森や林へ連れてってくれたのだと思う。まだ、たくさんの別荘が建つ前の話だ。記憶に残っているキノコの名前は「りこぼう」。どう祖母が調理したかはしらない。好物はカマンベールチーズとオリーブという生意気な味覚を持った子供だっただけに、トロリとして肉厚な食感で、ナメコにはない独特の風味を味わうのが、寂しい9月の唯一の楽しみだった。大人になってしばらくは、9月の軽井沢に行かなかった。そうしているうちに昔キノコがあった森や林には、瞬く間に別荘が建ち、中には都会の豪邸みたいにキンピカな家もあるのを見ると、「昔は良かった」などとババくさいため息をついてしまうのだ。ところが、そんなため息は無用だった。今回行ってみると、ウチの庭にキノコが生えているではないか!なんだ、なんだ。私は台所からボウルを持ってきて、そっと枝を取り除きながら、うろ覚えの「りこぼう」らしきキノコを次から次へと採集した。確か、裏がスポンジみたいになってるやつだったよね。
庭に生えたキノコには、案外食べれるものがあると知ったのは、フランスのノルマンディーでのことだ。近くに住むジャンをディナーに招待したら、大きなキノコを抱えて来た。「見てくれ。セップだよ。庭に生えていたんだ。みんなで食べよう」と。セップとは、フランスで食べる、わりと高級なキノコだ。けれど、みんな手放しでは喜べない。毒キノコじゃないわよね?母は調理する前に何度もジャンとキノコを見つめた。ジャンは何度も「大丈夫」と言った。ところがいざ食べてみると、びっくりするくらい美味しかった。つづく。(by Anne)
キノコ図鑑
古いキノコ図鑑。毒キノコから食用まで、様々なキノコがあるのには驚き。文もけっこう面白い。中には、お酒と一緒に食べると下してしまうというものもあるそうだ。著者いわく、左利きには悲しいキノコだと。お酒を嗜む人を「左利き」というなんて、ちょっと素敵、と思った。けれど、この言葉は熱燗を注いだおちょこを左手ですする、日本酒でないと通用しないかも。ワインは利き手で飲む筈だから、私は右手で。「私、左利きなんです」って、しゃれた事を言ってみたくても無理だわ。残念!


2007年9月22日 (土)

2007.09.22

saboridayに着物を着た。
もちろん、
脱ぎっぱなしでおやすみなさい。
(by Anne)

着物脱ぎ捨て

2007年9月21日 (金)

気になるACA

Aseptic、Clinical、Asexual。英語で言うとこういった形容詞が放つイメージが、どうもこのごろ気に入らない。英語ができないのにこんなことを言えるのは、フランス語が全く同じ形容詞を使うからで、ここに書くんだったらフランス語より英語の方がわかりやすいかな、と思ったから。それに、日本語で言おうとすると、なかなか難しくて、無菌の、診療所的な、無性の、って直訳してみてもなんのこっちゃになるから。でももう少しがんばって説明してみると、こうなる。aseptic、clinical、asexualとは、きれいに殺菌されチリひとつない、冷たい病院のような雰囲気で、まったくもってセクシーじゃない、っていう感じかな。この『Aseptic、Clinical、Asexual』を、私は勝手に略して『ACA』。ACAだな〜って思って残念なのは、最近エコロジー&玄米菜食をイメージしたカフェや御飯屋の内装。もちろん例外もたくさんあって、一概にそうだとは言いきれないけれど。そういったお店こそ暖かみを大切にしている筈なのに、なんで年期の入ったソファーではなく、手作りのテーブルではないのかな、と思ったり、健康的イコール清潔感にとらわれ過ぎて内装が病院っぽくなっているような気がしたり。環境と健康を意識することは大事だし興味あるからそういったお店が好きで入るのに、ACAなところにがっかりするのである。前振りが長くなったが、好きなんだけどACAだな〜って思ったのはお店のみならず、例えば映画もある。萩上直子監督の『めがね』が公開されたので観に行きたい。んだけど、前回の『カモメ食堂』で、ACAだな〜って思った事が喉に閊えている。前作は私の中でうまく心の引き出しに片付けられない作品だった。好きという引き出しに入れるか、嫌いという引き出しか。気になる所があるけど良い映画っていう引き出し、なんて適当な所にはしまいたくないし。北欧家具が並ぶ内装や登場人物のスタイルは、センスが徹底していて素敵だ。料理に対する登場人物の考えには共感する所もたくさんあった。物語が淡々と進み、ほのぼのとした幸せを掴む展開なんかは、緩さの面白さがあって日本らしい。おまけに、小林聡美さんだ。かわいいし、このくらいハイレベルな演技でないと、こういう映画は良さが出てこないと思った。なんだけど、ACAが気になる。ま、監督はセクシーな映画を作るつもりなんて微塵もなかっただろうから、ACA、ACA、言ってる私が御門違いなだけなのかも知れない。『めがね』も小林聡美さんで、市川実日子さんも出演してるし、食事のシーンも多そうだし、やっぱり楽しみだな。(by Anne)

ACAカラー
ACAを色で例えると、ベージュ。でもベージュは好きな色だし、良く着る。結局、良くも悪くも気になるACAなのだ。

2007年9月18日 (火)

ヒップ・ホップな中国

「やべぇ、やっぱ日本がいい」。トンカツ屋で白いご飯をほおばりながら、ミスターが言った。昨年北京に赴任することになった時は、「やっぱ母を向こうに一人にしておけないからね」と言って祖国に帰れるのを楽しみにしていたのに、今回一時的に東京に戻って来たら「やっぱ日本」。日本に長年住んでいて、日本語がパーフェクトで、日本企業に勤めている彼のマインドには大和魂が宿ってしまったのか、周りの中国人の部下達に「あの人ったら、まだこの国に慣れていないのね」と気の毒がられる程、動作&態度が日本人的なようなのだ。仕事も日本語になるとホッとするというし、白いご飯には顔がほころぶし。「ん?中国にも白いご飯はあるでしょう?」と言うと、香りや食感が違うそうなのだ。「だいたい」とミスターはトンカツを指差して言う。「こんな定食屋みたいなのが全然ないんだよ。だからオリンピックの時もアメリカの選手とかは韓国に宿泊するかもしれないなんて話もあるんだ。」そう聞いても私なんかは、ガセネタでしょ、って東京に住んでいるから思うけど、北京では「まさか」も「まこと」で、奇異な現象が日常茶飯事らしい。例えば、最近の富裕層の傾向だ。中国では、どのくらい自分が裕福かをアピールするのが当たり前。成功者として認知されるためだ。じゃあ、どうアピールするのか。まずはポルシェのカイエンに乗る。次に海外の高級ブランド品を身につける。(これは、日本でもそういった傾向があるけれど、今では渋谷でも銀座でもどこでもヴィトンやグッチがある東京と違って、北京では簡単に手に入らないそうだ。)そしてカメラやビデオなどの新製品に飛びつく。ブランド品や新製品は、海外旅行中にこれでもか!っていう位買うらしい。だから旅行者一人あたりの出費は世界一なのだ。「だってさ、あの人達ってすごいんだよ。」とミスターがまるで同胞じゃないかのように言った。「ビックカメラとかに行くでしょ。買い物の仕方は、まず店員に、一番新しいモデルは、と聞く。次に、一番高いのは、と。それで目星を付けると、3つ下さい、って言うんだ。3つもだよ!信じられる?店員は、え!?って」。店員が、何度も数を確認し、何度も同じものだと伝える様子が目に浮かぶ。要するに、一番高くて、一番新しくて、一番手に入りにくい物、を身につけるのが成功者の証、ということなのだ。成金っぽいな、と思ったけど、そういうことなんだ、と改めて思った。今までずっと共産主義国だったからだ。公的にはみんな平等ってことで階級がなかった。階級があれば、なにもわざわざアピールする必要もなく、成功者は差別化された筈。ミスターの長い北京話の第一幕が終わると、「けっこうヒップホップなんだねぇ」と主人がつぶやいた。ああ、そうか、首や顔や歯にジャラジャラと金銀ダイヤを光らせるヒップホップの彼らもまた、成功者として周りとの差別化をアピールしているんだった。
ミスターの話には散々驚かされたが、一番は彼がくれたお土産だ。これこそ「まさか」も「まこと」のデザイン。こんな驚きは滅多にない、最高の中国土産だと嬉しく思いながら、「かわいいでしょ」と言っているミスターは、やっぱり中国人だと確認した。(by Anne)

beibei
ミスターのお土産。2008年北京オリンピックのマスコットの一つで、ベイベイちゃん。頭に竜宮城を乗せたよう。重たいでしょうにねェ。不思議な物体を乗せた上海のビル郡を思い出して、中国らしいデザインだな、と思った。日本ではなかなか見れないこのデザインを、毎日見ているとだんだん慣れてきた。かわいいかも???でも、あんまりこのデザインに慣れてしまうと中国に旅行に行っても驚きが減るかもしれないと、心配になってきた。やっぱりいちいち驚いて、楽しみたい。

2007年9月17日 (月)

ミケランジェロとイングマール

先日知った!映画界の巨匠の、ミケランジェロ・アントニオーニ監督が7月30日に亡くなったそうだ。94歳だった。さらに同じ日に、同じく巨匠のイングマール・ベルイマン監督も亡くなっている。89歳。私の5本の指に入る、最も好きな、最も尊敬する監督2人。彼らの新作を、もう観ることができないんだと思うと、残念でならない。二十歳ぐらいの頃、小さな映画館に嫌というほど彼らの作品を観に行っていた私の中で、なにか一つの時代が終わったような感じがする。(by Anne)
太陽はひとりぼっち
アラン・ドロンとモニカ・ヴィッチという豪華キャストで、コミュニケーションの難しさを描いたアントニオーニの作品。私の宝物。

ベルイマンを読む
何度も読んだベルイマン作品の参考書。三木宮彦著。フィルムアート社。


2007年9月14日 (金)

幽霊が見たければ

先日受けたマクロビオティックの講義のテーマは、お砂糖と甘み。マクロビオティックでは、動物性の食品は取らない方が良いと勧められる程度で、体質や必要に応じては取ってもかまわないことになっている。厳密に言えば、マクロビストの間でも考え方は区々で、絶対にダメって言ってる人もいるだろうけど、私が通っているお教室の考え方はわりとフレキシブルだ。そもそも宗教じゃないんだから、これもダメ、あれもダメ、って戒律を作るのはおかしいと思う。だけど、唯一、絶対ダメって食品がある。それが白いお砂糖。百害あって一利無しと。甘みに関しては結構注意事項がたくさんあって、サトウキビから作られるものは、たとえ黒砂糖であっても、ダメ。蜂蜜も、大抵の養蜂場では蜂に砂糖水を飲ませているから、ダメ。自然に花から蜜を集めてくる蜂から作った蜂蜜は値段もかなり高いのだそうだ。(それなら食べてOKってことかな?質問し忘れた!)で、なぜ砂糖がダメなのか。歴史的にみて、長い間大多数の人間は砂糖の存在さえ知らないでいたという。今では甘味料としてあらゆる食品に含まれているけれど、それも極最近のこと。20世紀に入ってからだそう。それ以前は、例えばヨーロッパなら伝統的にドライフルーツ、砂糖の入っていないジャム、麦飴を使ってデザートを作っていたそうだし、日本なら自然な甘みを穀物や豆、米飴や甘酒から取っていたわけだ。サトウキビはもともと東南アジアが原産地で、後にインド&アラブ諸国を渡って、中世のヨーロッパに入ってきた。けれど、砂糖が体に与える刺激がとても強かったため、当時は劇薬扱いで、薬局の奥の方に鍵をかけて保管されていたものだったそうだ。そして大航海時代になると、アメリカ大陸の広大な土地がサトウキビ栽培に適していたため、大量生産され、当然お金もうけのため、イギリスを始めとするヨーロッパに大量に輸出して、あのうっとりするようなデザート各種が作られるようになったのだ。それが17世紀から19世紀。そこで私は思った。今みたいに一般的に砂糖が浸透していない時代に、急に人々がこうしたデザートを口にしたら、どんなことが起こっただろう?あの、中世では劇薬とされていたものを突然口にするようになったら?そこで、ふと、ある話を思い出した。幼馴染みの『社長君』が、イギリスでなぜ幽霊話が多いか知ってるか?と教えてくれたことだが、あまりの早口で実はなんとなくしか理解していない。こんな話だったような。昔からイギリスの人々が沢山の幽霊を見たから、幽霊話が多い。ではなぜ、例えばフランス人ではなくイギリス人が、多くの幽霊を見たか?昔、まだ食料品を保存する冷蔵庫なんてない頃、雨量と湿気の多いイギリスでは、食べ物に色々な菌が繁殖していたに違いない。まだロウソクの時代だから、室内の照明が明るいわけでもなく、自分が食べているものをじっくり観察できる状況ではないわけだから、気にもせず沢山の菌を日々口にしていただろう。その菌の内の何種類かが幻覚作用をもたらしたのではないか、それで幽霊を沢山みたのではないか。という説を、砂糖の講義の最中に思い出して、ひょっとしたら、それは菌のせいではなく、砂糖のせいではなかろうか、と考えた。しかもイギリスなんて普通のお食事よりもティータイム重視。17世紀から19世紀の大貴族達は、午後の半分をお砂糖の甘ーいデザートやボンボンを摘んで過ごしていただろう。代々食べ慣れてきたものではない、劇薬とされていた、お砂糖を一気に大量に摂取したわけだ。だから、大貴族たちは、自分たちの城に鎧姿の幽霊を見たに違いない!と、いうことは、例えば完全マクロビ食に徹して20年や30年を過ごした後のある日、いきなり白いお砂糖をバクバク食べたら、もしかしたら幽霊にお目にかかれるかもしれないぞ。でもそこまでして見てみたいかな?いずれにしても霊といものは存在しない、という仮説に基づいての想像だが。(by Anne)

プラムジャム
オーガニック・デリバリからたくさんプラムが届いた。外は深い紫色。中は透き通った緑色。生で食べてもあまり魅力を感じなかったので、ジャムにしてみた。お砂糖は使っていません。甜菜糖と米飴少々、それにレモン汁を切ったプラムにからめて、一時間置いておく。それからグツグツ煮込んでできあがり。紫色の部分と緑色の部分がそれぞれ照り始めた時が見た目には一番奇麗だった。ジャムになる頃にはベタッとした紫色一色。

2007年9月12日 (水)

UFOが見たければ

この間、UFOを見た。UFOなんて、遠いどこかの国の有名スポットに行かないと見れないと思っていたし、そもそも、そんなもの存在するのか半信半疑だったから、東京で、しかもウチで、こんなことが起こるとは想像もしなかった。ウチの寝室には天窓がある。ブラインドを開けてベットに寝っころがると、お天気の良い夜にはお月様やお星様が見えるのだ。「夜空のキラキラを眺めながら、主人と色々な話をして寝るの。ウチのロマンティック・スポットよ。」なーんて言うと、私の友達たちはみんな天を仰いで、シラケきってしまう。「ごちそうさま」、なんて言われちゃうから、「ちょっと待ってよ、話は終わってないのよ」と慌てて惚気話でないことを付け加える。「UFO見たのよ。そのロマンティック・スポットが、UFOスポットだったのよ。」すると、下らない惚気話を聞かされると思っていた友達たちは、そうじゃないと分かって身を乗り出してきた。これが、最初っからUFOの話をしようとしたら、きっと気が変になったのね、って聞いてもくれなかっただろう。惚気話は案外使い道があると、その時分かった。そうなのだ。その、夜のキラキラが見れる天窓に、UFOが。ある晩、あのパトリス・ジュリアン氏も来る、フレンチ豚料理店で食事をした時のこと。骨董通りの裏にあるこのお店は、雰囲気もお料理もフランス家庭料理店に徹していて、ワインのセレクトもバッチリだし、とにかくとっても気に入っている。こうして書いてるだけでもウキウキするのだが、その日もアンドゥイエット(腸詰め)の大きなお皿が目の前に置かれ、モルゴンを注いでもらった時から心が踊り、心が踊れば友達との会話に拍車がかかり、女三人でモグモグワイワイゲラゲラ、と姦しかった。さすがにお酒を飲まない1人は、姦しくしても分別が残っていたらしく、終電に合わせてそそくさと帰ったが、残った私ともう1人、要するに飲んベエ2人は、終電そっちのけで、デザートメニューを見る代わりにアルコール・リストを見ていた。いや、見もせず、コニャックをたのんだんだった。友達の仕事の話をしていたような気がするが、とにかく話に花が咲いて、調子に乗ってコニャックも3杯位クピクピ飲んだ。それでもあんまり酔っぱらっている感覚はなく、ウキウキした楽しいテンションのままタクシーに乗って家に帰った。夜中の2時ぐらいだったかな。主人を起こさないようにそーっと、真っ暗な寝室のドアを開けた。すると、「あ、不良が帰って来た!」と主人の声。なんだ、起きてる。「楽しかったよー!」と言うと、「どんな話してきたの?」と興味を示された。だから、こーんな話してね、あーんな話してね、それでね、それでね、と言っていたら口を塞がれた。相当大きな声を出していたらしい。やっぱりけっこう酔っぱらってるのかな。最後にコニャック3杯だものね。あー、今日もお星様が見えるなー、キラキラして奇麗だなー…。そんなことを思いながら、ぼんやりと天窓を見ていた。すると、あれ?おかしい。お星様なのに変な動きする。あれ?まさか、まさか!「えー!?えー!?おかしい、おかしい、おかしいよー!こんなことってある?」。大騒ぎだ。主人に「シッー!シッー!」と言われ、声のボリュームを下げようと心掛けながらも、大声で懸命に説明した。UFOではないかと。いくら意識を集中させて目を凝らして見ても、奇妙な動きをする二つのキラキラがある。やっぱりおかしい。やっぱりおかしい。私があんまり言うので、視力に自信のない主人は望遠レンズ付きのカメラを持ってきた。そして私が言ってるそのキラキラに焦点をあてて観察し始めた。しばらくすると、大きなため息とともに主人はカメラを置き、電気をつけ、私の顔を覗き込んだ。「相当飲んだだろう?」と言われて、そうかな、と思いながら「で、UFOは?」と聞いた。「何言っちゃってるの、目がくるくる回ってるよ」。そっか。UFOが見たければ、何も遠くへ行く必要はない。〆にコニャックを3杯飲むと良いのだ。(by Anne)

cognac
35年も熟成されたグランド・シャンパーニュ産コニャックのプルミエ・クリュ。レアもの。まろやかで豊かな香りがポワンポワンとして、一口飲めば、また違った華やかな香りが鼻の奥に広がる。かなり熟成香があって、最後に漢方のような香りが残る。長く、長く、香りを楽しめるのが、コニャックの醍醐味。アルコ−ル度は40度以上。うっかりしていると、UFOを見ます。

marc
こちらも同じく蒸留酒のマール。別名、『UFO酒』です。グラッパとおなじように、原材料は葡萄の絞り滓。でも色は、琥珀色だし、香りもずいぶん違う。良いものはカスタードプリンを焦がしたような、クレーム・ブリュレを思い出すような、美味しーい香りがする。だけど味わいは、とっても辛口で、むしろ苦みを感じることもある。マールの産地としてはブルゴーニュが有名だけど、これはアキテーヌ地方のもの。珍しい。
2本とも、Bar L'Atelierで。

2007年9月 9日 (日)

kittenesque【じゃれる】展

お友達のmeiちゃんの展示会に行ってきた。今回のテーマである猫をモティーフにしたピアスやネックレスは勿論、お天気マークや鳥かごのピアス、蝶々やリンゴのピアス、などなどたくさんの夢あるアクセサリーが並んで、まるで絵本の中のよう。一番ユニークだったのは風船で飛んで行ってしまったオジサンと、助けに向かうヘリコプターのシリーズ。「オジサン、ハシゴにつかまって!」といわんばかりの、ハシゴのピアスもあった。どれもこれも楽しくてかわいいので、どれにしようかな状態だった。結局コレ。さくらんぼのピアスを購入。葉っぱの部分は真珠。実の部分は珊瑚。どちらも私の好きな宝石だ。黒猫のイラストは一緒にコラボしている黒沢隆寿さん作。kittenesque【じゃれる】展は、火曜日まで。あと二日。(by Anne)

じゃれる展

information: kittenesque【じゃれる】
2007年 9月6日(木)〜11日(火)
13:00〜20:00(最終日は19:00まで)
NO.12 GALLERY
〒151-0064東京都渋谷区上原2-29-13
TEL:03-3468-2445
HP:http://www.geocities.jp/no12gallery/
奥山芽以(designer)HP: www.mei-5.com

2007年9月 8日 (土)

2007.09.08

saboriday。
なんだか眩しくて目が覚めた。
ええーっ!!
もう、お昼過ぎ!
(by Anne)

12時31分

2007年9月 7日 (金)

ミスからミセスへ

「かわいい映画だったわ」。『ベイブ』で知られるクリス・ヌーナン監督の新作、『ミス・ポター』を観る前から、観賞後の感想はきっとこうだろうと決めつけていただけに意表を突かれた。あの、名作『ピーターラビット』の作者、ベアトリス・ポターの半生を描いた物語だというから、いつも読んでいたピーターラビットの挿絵や物語を思い出すだろうな。私の食器が全てピーターラビットだったから、子供の頃の食卓を思い出すだろうな。きっと懐かしい気持ちになるんだろうな。そう思っていたわけで、ピーターが登場して、繊細なCGアニメーションで読者が想像していたような動作をし始めると、いよいよあの物語の世界へ導かれるんだ、と待ち構えるんだけれど、一向に物語の扉が開かない。作者ベアトリスの生活や育った環境を観ているうちに、むしろどんどん彼女の心の中に導かれていくのだ。それは20世紀初頭のイギリス。まだ厳しいヴィクトリア調の風習が残る上流階級では、女性が仕事を持つなんて許されない。しかし裕福で身分相応の階級の家に嫁ぎ、いわゆる専業主婦になるのが幸せだと教わることに、ベアトリスは疑問を抱いていた。アホ面のボンボンのお嫁さんになって、紅茶を片手にテラスでお喋りなんて考えられない。私にはもっとやりたいことがある。お友達と一緒に物語を作ることだ。お友達とは、幼い頃田舎の湖畔や農家で見た沢山の動物達。この動物達をモデルに、日々絵を描き物語を想像して過ごしていた。いつか発表できることを夢見て。しかし、環境が環境だけに誰の賛同も得られず孤独な思いを抱えていたベアトリスに、突然転機が訪れた。編集者ノーマンとの出会いをきっかけに、彼女は初めて作家として認められるようになり、作家としての喜びを得る事ができ、同時に初めて、恋をしたのだった。しかしそこには、人生のさらなる試練と新たな挑戦が待ち受けていた。彼女は、さなぎが蝶に変態するように、少女から大人の女性になるのだった。もう、ミス・ポターではない。ミセスよ、と。素晴らしい結婚を前に、独立という大きな大地の上に立って。懐かしさに浸るよりも、大人の女性の生き方を、ひとつ学ばせてもらった。そんな作品だった。(by Anne)

ミス・ポター
『ミス・ポター』(監督:クリス・ノーマン、主演:レニー・ゼルウィガー、ユアン・マクレガー、公開:9月!!!、配給:角川映画)。『ピーターラビット』の作者、ベアトリス・ポターの物語。かわいいセンカンド・グッズもいっぱい。ペンが一番気に入ってる。

Porto Reserva
映画『ミス・ポター』の中で、ポター家での食事会が開催されるシーンがある。お客様が来る前に、ベアトリスの母は召使い達に色々と注意事項を説明していた。なかでも印象的だったのは、「あの人がポルトワインを4杯以上飲んだら、私に知らせて」という台詞。ポルトとは、イギリスらしい。植民地開拓の時代、長く厳しい航海に耐えられるためのアルコールが、ポルトワインだ。酒精強化ワインなので日持ちがする。だからアルコール度が高い。4杯も飲んだらかなり酔う筈だ。本来はポルトガルのものだが、世界的に広めたのはイギリス人。このポルトワインは、 Porto Reseva "Ramos Pinto"。ポルトガル産。渋谷のフード・ショウで2940円だが、長期熟成されたものなどは、一万円以上するものもある。これは酒精強化の香りも強いが、濃厚なプラムのジャムのような香りと味わいで、酸味もひっそりとある。キンキンに冷やして飲みたい。

2007年9月 6日 (木)

チャマのおまじない/4

(つづき)あれ?って思ってると、バイクタクシーの兄ちゃんがクメール語で何か言ってる。どうやら降りろと言ってるようだ。言われるがまま、降りた。兄ちゃんもバイクから降りて、ニコニコしながら何かを言い続け、バイクを押し始めた。バイクが故障したのだろうか。とにかく後からついて歩き始めることにした。気がつくと、私たちの仲間のみんなはとっくに行ってしまったようで、陰も見えない。妹さえも、後ろを振り向いて私たちの様子を伺うことはしなかったようだ。人でなし!とチャマは思っただろう。さっきから、誰も戻って来る様子がないのを悲嘆したり、バイクのガソリンなどをチェックして悪い所を探ってみたりして、ブツブツ言ってる。私は呆然としていたから、チャマの話をふーん、だの、そうだね、だの、どうでも良い返事だけしていたと思う。それにしても、真っ暗だな。この満月がなかったら本当に真っ暗だな。辺りは民家さえない水田で、虫の声とバイクのエンジンとチャマの独り言しか聞こえない。どれだけ歩けば家に辿り着けるのかな。ここまでけっこう距離あったものね。日が沈んだばかりの水田に囲まれているせいか、霧のような蒸気が月光に照らされて、立ち上る様子がミステリアスだ。しばらくすると、その蒸気の向こう側から人影が、一つ、二つ現れ、次第に増えて、10人位の男がこっちに近づいてくるのが分かった。そういえば、ガイドブックに治安が悪いって書いてあったな。この人たちに何かされるのかな。私はウエストポーチをギュッと握りしめてみた。しばらくすると、彼らは、ワイワイとお喋りしながら私たちの横を通り過ぎていった。なんだ。なんでもない。でもこんなところで何かあったら大変そうだな。なにせ、月明かりが頼りの真っ暗闇で、辺りは何もない水田地帯だもの。水田地帯…。さっき日が沈んだばかり…。あ!私は急に慌てた。大変だ!きっと蚊がたくさんいるに違いない。刺されたら大変だ!痕になりやすいんだから、気をつけなきゃ!私は慌ててウエスト・ポーチのジッパーを開け、虫除け用のウエットティッシュを取り出し、腕や足に塗り始めた。あ、そうだ、チャマも使うかな。「ね、ね、虫除けいる?」チャマに聞いてみた。すると一秒も空かさず罵られた。「え!何言ってんの!呑気に、まったく!もう、虫除けじゃなくて、魔除けが欲しいわよ!」と。どうやら、歩き始めてからずーっと、私があーじゃの、こーじゃの考えている間ずーっと、チャマは恐怖に晒されていたようだった。ガイドブックを熟読し、その中の「治安とトラブル」の4ページを暗記し、そしてたくさんの怖い小説を読んで得た、それはそれは恐ろしい妄想の世界が繰り広げられていたのだろう。少々の不安も吹っ飛び、私は笑った。笑ってる私を見て、チャマはさらに腹を立てて言った。「本当に怖いんだから!」。(by Anne)

私の魔除け
それからというもの、私は「魔除け」というものが気になり出した。「魔除け」とは一体どんなものだっけ?
ある日、友達の『趣味の良いチンドンヤ』からアトランタ土産をもらった。真っ赤なクッションにコカ・コーラのボトルが詰め込んである、奇妙な物体だ。「冷蔵庫にぶら下げたりするとカワイイわよ」、と人差し指を立てる彼女に、私は眉をひそめた。そんなの、邪魔くさいだけだわ。使い道に困ってしばらく放置しておいたが、引っ越しと共に良いことを思いついた。魔除けにしよう!なぜなら、『趣味の良いチンドンヤ』はどんな悲劇も笑いにすりかえる達人だからだ。今、ウチの玄関には、この奇妙な物体がぶら下がっている。魔除けとして役に立っているかは分からない。でも、チャマが夜道に握りしめる携帯と同じ作用はあるかもしれない。なんとなく安心だ、という作用。私もとうとう、おまじないにハマッたようだ。

2007年9月 4日 (火)

チャマのおまじない/3

(つづき)妹、妹のフィアンセ、それから数人の友達も一緒に、とっておきのサンセットを見に行くことになった時の事だ。遺跡の影から臨む夕日と朝日は、とにかく壮大で神秘的。訪れた人々の心に一生残る体験、と断言できるくらい素晴らしい。それだけに、アンコール遺跡の中には、サンセット・ポイントやサンライズ・ポイントがいくつもあって、一般的にはアクセスしやすいプノン・バケン山や、メジャー観光スポットのアンコール・ワットから夕日や朝日を臨む。私とチャマはすでにメインの寺院は観光し終わっていたから、その日は少し遠出をしてバイクで45分位かかるプレ・ループに行こうということになった。ピラミッド式の寺院で、中央祠堂からの眺めの良さでも知られている所だ。日が傾く4時半頃だったかに、プレ・ループの入り口でみんなと待ち合わせて、ロック・クライミングさながら、這いつくばるようにして寺院の頂上をめがけた。一旦頂上に着くと、目の前には広々としたカンボジアの景色が広がり地平線さえ見えるのだ。私たちは日中の日差しを吸収して暖かくなった寺院の石に腰掛けて、日が傾くのを待った。日がゆらゆらと、うす雲ではっきりしない地平線の後ろへ沈んでいき、寺院に刻まれたリリーフが浮き彫りになり、それから赤紫の淡い光が雲に残っているのを見届けた。ふぅ、と、うっとりしてため息をついた頃になって、やっと辺りが暗くなったのに気付いた。さ、もう帰らなきゃね、と思った途端、後ろからパッと大きなスポットライトがついて、寺院のリリーフが照らされた。アンコール遺跡の中はイリュミネーション禁止なのに、変だな、と思って後ろを振り向いた。そこには、大きな満月があった。私たちをジッと見下ろしているかのような貫禄だ。デザート付きのフルコースを食べたような満足感を味わって、私たちは寺院の麓に降りた。真っ暗になってもまだ、数人のバイクタクシーの兄ちゃんがお客を待っていた。長期滞在していた妹達はみんな自分のバイクで来ていたから、チャマと私だけ、バイクタクシーで帰ることになった。カンボジアでは、バイクに3ケツするのは当たり前。5ケツだってよく見かけた。なので、私たちも運転手の後ろに乗って、3ケツした。「じゃ、行くよ!」と仲間の誰かが言って、バイク5〜6台みんな一斉にブンブーンと、走り出した。私たちのバイクタクシーも、後についてブーンとスタートした。最初のカーブをみんな勢いよく回って行く。私たちのバイクタクシーも勢いに乗って、いざ回ろうとした時、いきなりスピードダウンした。つづく。(by Anne)

sun set
夕日にうっとり。

2007年9月 3日 (月)

チャマのおまじない/2

そもそもチャマは、おまじないやお守りを想像しなくてはならない性分なのかも。なぜなら、驚く程の恐がりで、例えば夜、大通り以外を歩く時は携帯を十字架のように握りしめなくては歩けないし、家に帰るとカーテンの後ろやテーブルの下など必ず点検しないとくつろげないわけだから。以前、私は見えもしないお化けが怖くて、寝るのに苦労していた時期があったが、チャマにバカにされた覚えがある。「何言ってるの!お化けなんてどうでもいいわよ。何が怖いって、人よ!人!人間!」と。読書のオーバードーズで、出た副作用だろう。推理小説などを夢中で読んだ後のしばらくの間、家に帰る度に「ああ、読まなければ良かった」と、後悔の波がやってっくるらしいのだ。そして恐怖の熱りが冷めた頃、また読み始める。また怖くなる。熱りが冷める。また読み始める。etc...。そんな堂々巡りだから、おまじないやお守りを、どうしても想像して心の支えにしているのかもしれない。端から見ると「そんな大げさな!」と言いたいところだ。しかし、チャマみたいな人こそ、推理小説を書いたりやホラー映画を作ったりすれば良いと思う。その類いの大概の作家は、病的な位に恐がりだというから。
チャマが本当に恐がりなんだと知ったのは、カンボジアに行った時だった。妹と妹のフィアンセ(結婚しない人が多いフランスでは、何年経ってもフィアンセだ)、そしてフィアンセの家族が仕事のため一時的にカンボシアに滞在していた時、こんなチャンスは滅多にないから、と私と従姉のチャマは即シンガポール航空を予約して、合流することにした。二週間の滞在中のほとんどは、アンコールワットのあるシムリアップにステイしていたから、膨大な広さのアンコール遺跡だけど、ほとんどの寺院を訪れることが出来た。そのお陰で、当然、素晴らしい思い出となっが、滞在中は、色んな発見やサプライズがあって、大騒ぎだった。とりわけ、今でも事あるごとに思い出しては人に話したくなる事件があった。つづく。(by Anne)

アンコール・ワット
とてもありきたりな写真を撮ってしまったが、わかりやすい。アンコール・ワットです。朝夕が、一番美しく見える。

2007年9月 1日 (土)

2007.09.01

エコ魂を忘れて、ケシカランsaboriday。
徒歩8分のスーパーへ、
クーラーきかせた車でお買い物。
(by Anne)

エコバッグ1
このコは持っていきました。

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »