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2007年10月23日 (火)

魚の味/その1

小津安次郎の遺作に『秋刀魚の味』という作品がある。彼の作品のベースともなる、お決まりの物語。娘がお嫁に行く話だ。ところが秋刀魚はどこにも出てこない。むしろ『ウィスキーの味』とした方が分かりやすいくらい、登場人物はウィスキーばかり飲んでいる。(現に、フランスでは『酒の味』というタイトルが付けられているわけだけど。)ラストシーンで、笠智衆が、娘の結婚式の帰りにバーでウィスキーを飲む。バーのママが、「どちらのお帰り?お葬式?」と聞くと「まあ、そんなもんだよ」と答える。娘を嫁にやった彼が飲むウィスキーの味は、人生のほろ苦さを感じる味だったに違いない。まるで腸のほろ苦さを楽しむ秋刀魚の味のように。しかし小津自信は、タイトルに深い意味を持たせて付けた訳ではなかったそうだ。「なんとなく」で付けたのだという。それにしても、秋刀魚の味のように、単純に美味しいと思うのが難しい魚の味ってある。魚の味って、本当に難しい。
話は逸れて、ラタトゥイユの話。パリで私がお友達をディナーに招いた時の事。夏だったので、南仏風夏野菜の煮物、要するにラタトゥイユを作ろうと思った。けれど、いつものレシピじゃつまんない。イタリアのアンティパスティ風にしよう、と思ってバルサミコ酢をジャバジャバ入れてみた。冷やして、お皿に盛り、そのままテーブルに出しておいた。ピンポーン、と鳴って、お友達が別のお友達を連れてやってきた。当時の若者にしては珍しく、金髪の髪をピシッと分けて、ジャケットを着ている。一目で良いとこのボッちゃんと分かる、上品で控えめだけど自信のある笑顔。どうぞどうぞと、リビングに通した。みんなが揃うと前菜からスタート。ボッちゃんはピシッと背筋を延ばして着席し、丁寧にナイフとフォークを使っている。内輪のラフな雰囲気にはそぐわない位、丁寧に。私はラタトィユを盛ったお皿を手に取って、「どうぞ回して。自由に取ってね」と隣の人に渡した。「イタリア風にしてみたの」。自信満々に言った。それぞれが自分のお皿に盛り、一口、食べ始めた。みんな一瞬、フォークを持つ手が止まった。ボッちゃん以外は。みんなのフォークを持つ手が止まる程、びっくりする味かしら?きっとびっくりする程美味しい味なんだわ。私も一口食べてみた。私のフォークを持つ手も止まった。ドキッとした、というよりギョッとした。口がひん曲がる程、酸っぱい!とても食べれない!味見をしておけば良かった!私は叫んだ。「やだー!失敗しちゃった!大失敗!ごめんなさい!どうか残して!こんなの食べれないわ〜!」。みんなは、まずいとこそ言わないが、苦笑いを見せて、銘々皿の上のラタトィユを端に追いやった。しかし、ボッちゃんは、にっこり笑って「そんなことないですよ、こんな美味しいラタトゥイユは初めてです」と言う。私が、「まさかまさか。気を使わないで、残してね」とお願いしても、「美味しい」と言い続ける。結局彼は、自分のお皿に盛った分をペロリと食べて、おかわりまでしてしまった。ブルジョワのマナーとは、こういうことなんだ、とその時知った。決して悪く言わない。招いてくれた人を、決して不快にさせない礼儀。でも私は、みんなが帰った後も、ボッちゃんの胃が心配でしかたがなかった。酸にやられてはいないだろうかと。礼儀はどうでもいいから、招待する側としてはむしろ残してくれたほうが心地よい眠りにつけたかも知れない。
そんなボッちゃんを、この夏、ヴィッキーが魚を食べている時に思い出した。つづく。(by Anne)

秋刀魚の味
小津安次郎監督の『秋刀魚の味』のワンシーン。岩下志麻がお嫁に行くシーン。ううう。この写真を見るだけでも、泣けてくる。『極道の妻たち』からは想像できない、純粋なお嬢さん役が観れる。小津安次郎DVDBOX第1集の付録より。5作品6枚組で、23,500円。販売・発売元:松竹株式会社ビデオ事業部

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