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2007年12月19日 (水)

官能的なパプリカ/その1

先日からパリに来ている。一昨日、実家にまたお客様をした。お客様といえば、あの料理を必ず母は作る。イタリア料理の、パプリカとも呼ばれる肉厚の赤や黄色のピーマンの前菜。オーブンで黒焼きにして、皮をむいて、冷やしてバルサミコ酢とオリーブオイルで頂くやつだ。今は誰もが知っているイタ飯メニューだが、20年前に私が初めてこれを食べた時は心が踊るような感動を覚えた記憶がある。それは、フランスの彫刻家のダニエル・ポムルールの家に招かれた時のこと。大酒飲みで有名な彼が腕の良いコックにもなれることは意外と知られていなかった。彼のアパルトマンに入ると、母が耳打ちした。「ダニエルは料理が上手いから、きっと美味しいわよ」と。さすが。食いしん坊の母だけあって、知る人ぞ知る彼の素顔を知っていたのだ。ダニエルは、私達を迎えると台所へ引っ込んだ。私と母も、何か手伝いが出来ないかと後についた。すると彼は赤と黄色のピーマンと戦っていた。黒く焦げた部分をこうして剥くんだよ、とお手本を見せてくれた。私は手伝うつもりで少し剥いてみたが、コツが分からなかったので、見学側にまわることにした。ダニエルの皮の剥き方は徹底していた。ほんの少しでも茶色い所と、焦げの苦みが残るからと取り除いていった。剥き終わって冷蔵庫で少し冷やした後、ピーマンを縦に細く切り、丁度イカそうめんのようなトロンとした感じになると、白いお皿の上に丁寧に赤と黄色のシマシマに並べ、塩胡椒をふり、バルサミコ酢少々とオリーブオイルを垂らし、そして最後にコリアンダーの実を潰したものをパラパラとかけた。あまりの美味しさに、以後、ウチでは頻繁につくるようになり、お客様の時はお約束の一品となったのだ。そのピーマンの料理が、海老坂武さんが書いた『祖国より一人の友を』(岩波書店)に登場していた。海老坂さんが、初めて自分の家を購入して引っ越しパーティーをした時のことだ。沢山の友人達を招き、彼のお得意料理を披露したそうだが、その中にそのピーマン料理もあったという。それもそのはず。母の親しい友人でもある彼は、何百回とウチにいらしてくれた方だから、嫌というほどピーマン料理を食べさせられたに違いない。母が誇らしげにレシピを教えている姿が目に浮かんだ。その海老坂さんの引っ越しパーティーには、朝吹登水子さんもいらしたそうだ。後日、彼女からお礼状が彼のところに届いた。そこには、「赤ピーマンは生まれて初めてで官能的ともいえるなめらかな味でした」とあったそうだ。官能的。オイルにコーティングされ、キラキラと輝く赤ピーマンの、生肉のようにドロッとした感じを、「官能的」という形容詞で一括りにしてしまえた朝吹さんの言葉のセンスに私は呻き、母はこの件を読んで、「私のピーマンもますます官能的です」と海老坂さんに本の感想と共に手紙を書いたそうだ。私のピーマン、か。もはや、このレシピはダニエル・ポムルールから教わったことは忘却の彼方なのかもしれない。つづく。(by Anne)

祖国より〜
『祖国より一人の友を』。著:海老坂 武、出版社:岩波書店。3000円+税。


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