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2008年2月

2008年2月23日 (土)

2008.02.23

saboridayはヘアースパで。
オイルマッサージに、クレンジングに、トリートメント。
ミストの蒸気に包まれて、極楽気分。
(by Anne)

大島椿
Salon d'hotes de luxes(表参道駅からすぐ。tel: 03-5778-1850)でヘアのスパをした。私が長年愛用している大島椿のオイルやシャンプー等でケアしてくれる。良質なものをそのまま使ったヘアケア製品は安心だし、効果抜群だし、マッサージは気持ちが良いしで、良い事ばかりでした。大島椿がなくなったら、私は生きてゆけないっっっ、と大げさだけど思ってしまうのよね。

2008年2月21日 (木)

2月のシネメモ/その2

(つづき)。後者は旧東ドイツのベルリンを舞台にした、国家保安省の大将の物語。共産主義体制に抵抗する脚本家を長期に渡って盗聴するが、次第に彼と恋人との深い恋愛関係に心奪われてゆくといった展開だ。大将は自分の立場と葛藤しながら、結果的に勇気ある行動を取ることになる。『マンデラの名もなき看守』の方は、アパルトヘイト政策の南アフリカ共和国を舞台に、投獄中のネルソン・マンデラを監視した男の物語。黒人を下等な人間とみなし、黒人囚人に対し冷酷な対応をしていたが、マンデラと関わるにつれ、次第に彼の思想に感銘を受けるようになる。どちらの作品も、同じ時代の政治の話だということも然ることながら、自分の「標的」と関わりを持つ事で、自分の人生に大きな変化が訪れるといった感動の物語だ。そして最後、どちらの主人公もドラマティックな態度がないところが、また良いのだ。正しいと思い込んでいることが、必ずしも本当に正しいことではないこともある。過ちはだれにでもあるけれど、大切なことは何が過ちなのかを知ることなのだとつくづく感じた。ちなみに大将役のウルリッヒ・ミューエは昨年、胃がんのため死去したそうだ。アカデミー賞外国語映画賞を受賞したばかりだというのに、残念だ。
あと、もう1つ。これまたDVDで観た『マリー・アントワネット』(ソフィア・コッポラ監督)。あの、「パンが無ければお菓子を食べれば良い」と「名言」を放った人物のポートレイトと言うべき作品。彼女を1人の女性、というより、女の子として捉えた監督の視点は、彼女に対して批判的な所が全くない。観ていて、私たち(とくに女性は、かな?)はむしろ、オーストリアから裸でフランスに嫁いだこの孤独な王妃に、共感してしまうのだ。しかしフランスでは賛否両論で、しかも然程流行らなかったというのも分かる。と、いうのも、ルイ16世とマリー・アントワネットをギロチンにかけたフランス革命があってこそ、共和制ができ、今のフランス共和国があるわけで、もしこの王妃を肯定するとなると共和制に反対する極右の意見に同調することになるからだろう。ま、極論を言えば、ってことだけど。でも、監督はフランス人じゃないから、このイッちゃってる、ある種アナーキーな王妃を、もっと自由な視点で描けたんだと思う。宮殿を抜け出してパリのオペラ座で踊りまくるシーンにはロック。色とりどりの靴を並べて、どれにしようかなと選ぶシーンの脇にはコンバース。時代が違っても女の子は女の子。監督の普遍的な視点が、そうだ、私は好きなんだ。ところで、マリー・アントワネットの終期は「オーストリア女め!」と民衆に罵られたが、最近人気が落ちたサルコジ大統領も「ハンガリー男め!」とそのうち言われちゃったりしないかな?彼のオリジンがフランス人でないところが、唯一のチャーム・ポイントだと、私は思っているのに。(by Anne)
マカロン
やっぱり好き。ラデュレのマカロン。『マリー・アントワネット』の中にもマカロンはたくさん登場した。美味しそうだった。


2008年2月20日 (水)

2月のシネメモ/その1

どうしてももう一度映画館で『ラスト・コーション』が観たくなって、「趣味の良いチンドン屋」と「マダム・ジーザス」に声をかけてシャンテ・シネへ出かけた。まもなく80歳になろうとするけどそうはとても見えないエネルギッシュなマダム・ジーザスに、私はこう言った。「この映画を観たら、もう一度恋愛したくなりますよ」と。一笑に付されたが、私は映画を見終わった後の彼女のリアクションを楽しみにしていた。照明が消えて、いざ本編が始まると、それからエンディングロールが流れるまでの時間はあっという間。2度観ても感動して、しばらくの間2人のリアクションを聞くよりも先に、「もう、ホント、うっとりしちゃうのよねー。なんて切ない話なのかしらー」と1人で映画の余韻に浸っていた。少しして私が落ち着きを取り戻すと、彼女達のリアクションが気になった。食事に行く恵比寿までの地下鉄の中で、私は彼女達を覗き込み、「どうだった?」と聞いた。マダム・ジーザスは私が「もう一度恋愛したくなるって言ってたけど、やっぱりアンヌって少女みたいね」と少しバカにして、本人は全くその気にならなかった風に答えた。しかし、その80歳になろうとしている女性が地下鉄の中で、この映画の名シーンであるラブ・シーンを事細かにコメントし始めたのだ。しかも張りのある透き通った、美しい声を張り上げて、大声で。さすがの「趣味の良いチンドン屋」も私も慌てて、どう言葉を慎むように伝えればいいのか戸惑った。マダム・ジーザスはそんな私達の慌てようには全く気付かず、「やっぱり中国の男って素敵ねー」と遠くを見るように、地下鉄の広告が貼ってある方に目をやった。大連育ちのマダム・ジーザス。「もう一度恋愛したくなりますよ」を一笑に付したのも当然かもしれない。恋愛ぽっちとは言いたくないが、もっとスケールの大きな色々な思いが彼女の心の中に蘇ったのだろうから。
ところで『マンデラの名もなき看守』(ビレ・アウグスト監督)の試写会に行った。先達て『善き人のためのソナタ』(フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督)をDVDで観たばかりだったから、まるで兄弟のような作品だなあ、と思った。つづく。(by Anne)

マンダラの名もなき看守
『マンデラの名もなき看守』。ビレ・アウグスト監督。ネルソン・マンデラの生き方に感銘した看守の物語。5月シネカノン有楽町1丁目、シネマGAGA!にて公開予定。

2008年2月15日 (金)

切り干しフィーヴァー

相も変わらず切り干し大根熱は冷めておらず、スーパーやデリバリカタログで見かける度についつい2袋は買ってしまう私。私があまりに好きだから、友達の「趣味の良いチンドン屋」は、鹿児島産の珍しい切り干し大根をプレゼントしてくれた。鼻を近づけるとお日様の良い香り。「うーん、良い香り!私、この香り、気が狂う程好きなの」と言って笑うと、私がどれほどこの食材が好きかを理解してくれたようで、「そんなに!」と彼女は驚いていた。その切り干し大根はスパゲッティーのような変わった形をしていて、東京では多分手に入らないので、未だに大切に戸棚に閉まってある。しかし、食べなきゃ意味ない。あんまり大切に閉まっておくと真っ茶色になってしまうだろう。と、思ったが、今日は戸棚を開かずにデリバリで注文した山口県祝島産の『寒干し大根』で煮物を作ってみた。こちらは分厚く短く切ってあるもの。通常私たちがスーパーで目にする細い千切りのものとは違って、歯ごたえがある。本当は梅酢とお醤油で和えるサラダ風の食べ方が一番好きなのだが、作り過ぎて少し飽きたので、なんとか美味しい煮物にできないかと考えた。切り干し大根が十分甘いのに、鰹ダシや味醂やお砂糖とかで、くたんくたんに甘く煮た切り干し大根は正直、苦手だ。なので、胡麻油で炒めた後、お水とお醤油だけで調理してみた。最後に、世界一美味しいと言われるカンボジア産の黒胡椒を多めにかけたのが良かったのかも。私好みの味になって、ゆっぴー!
レシピ:切り干し大根50g、油揚げ1枚(細く千切り)、竹輪麩1本(輪切り)、胡麻油、水(ひたひた位)、質の良い醤油大さじ2位、黒胡椒(カンボジア産ならなお良い)。炒めて、水を加えて、少し柔らかくなったらお醤油を回し入れて、煮詰めるだけ。最後に胡椒をふりかけて。(by Anne)

切り干しの煮物胡椒風味
子供の頃、給食で竹輪麩を食べた時、こんなにぼやけた食感のつまらない食べ物があるものかと驚いた。以来、嫌いな食べ物というよりも、相手にしない食べ物となった。しかし、なぜか数ヶ月前から竹輪麩が大好きになったのだ。あの、ぼやけた感じがたまらない、という具合に。味覚は変わるものだなぁ。

2008年2月14日 (木)

心気症患者の妄想

昨日、私は青ざめた顔で耳鼻咽喉科のドアを開けた。と、いうのは2週間位前から喉に何か閊えているような違和感を感じていたからだ。一向にその感覚が消えないので、『家庭の医学』で調べてみると、なんと喉頭癌だと書いてある。原因の欄を見ると、お酒、とある。あー!これはワタシだー!私は頭を抱えた。この年で癌になったら余命3ヶ月とかだろう。私は過去を振り返り、思い残す事はあるだろうかと考え始めた。友達に相談すると、「そんな訳ないじゃん」という答えを期待したが裏切られ、「調べてもらった方が良いよ」と言う。やっぱりそうか。意を決していざ耳鼻咽喉科へ。以前にもお世話になったお医者様だ。名前を呼ばれて診察室に入る。優しそうな声で、こちらへおかけ下さい、と言って先生は私を診察用の椅子に座らせた。ああ、そうだった、そうだった。この椅子!私は恐怖で全身に鳥肌がたった。私が腰掛けた椅子は、まるで死刑台の電気椅子のようなのだ。頭も肘も腰も固定されているような感覚になる、恐ろしい椅子。先生は立ったまま、私のとっても近くに寄って来て、真上から私を見下げる。顔は半分大きなマスクで覆われ、ギョロッとした目だけがジッとこちらを見据えている。私のすぐ左手には、色々な形をした器具がたくさん並んでいる。その異様な形と金属の冷たい輝きが目に入ると、いよいよ私の背筋は凍り出した。先生は器具を一本手に取り、私はランプで照らされた。器具は私の口元に近づいた。ハンニバルに殺される!私は叫びたかったが、口を開けていたので小さく唸るだけに留まった。先生の優しい口調は、映画に出て来るシリアル・キラーをなおさら彷彿とさせた。「うーん、カメラで見てみないと分からないなあ」と先生は呟き、チューブのようなものを引っ張り出して「鼻からカメラ入れますね」と言った。「え?今?今すぐ入れるんですか?」私はカメラを入れる心構えをしてこなかったので、硬直した。先生は、そうですよ、と言いながら私の鼻に何か入れようとする。私は慌てて先生の腕を掴み、「ちょっと待って下さい」と血相を変えてお願いした。すると、今までの優しい先生の口調は一瞬にして厳しくなり、「小学生だってやってます」と私を黙らせた。私はそこで、まるで生きる事をあきらめた囚人のような気分になり、先生の言いなりになった。軽く鼻に麻酔をかけた後、カメラが入った。恐怖で放心状態さながらだったので、気がついた時にはもう診察は終わっていた。恐らく痛くなかったのだろう。先生は、カメラで撮った喉の映像を私に見せながら、とても丁寧に説明してくれた。そして「どこにもなにもないですよ。差し上げるようなお薬もありません」と私を見つめた。「そうですか」。私はお礼を言って、診察室を出た。その頃にはもう、癌かもしれない恐怖も、ハンニバルに殺される恐怖も消えていた。耳鼻咽喉科のドアを開け、外に出た。入って来た時とは逆に、真っ赤な顔をして。安心したと同時に羞恥心でいたたまれなかったのだ。前回も、耳の聞こえが悪いからと言って診てもらったが、「なんにもないですよ」だった。今回の喉も「なんにもないですよ」。きっと私のカルテには、「なんにもない」と2回書かれていることだろう。そして、コメントとして「心気症の疑い」と書いてあるかもしれない。幸い先生をハンニバルだと思い込んだことはバレていないが、それにしても恥ずかしい。もう二度とあの耳鼻咽喉科へは行けない。二度ある事は三度ある。また「なんにもないですよ」なんてことになりかねない。もしくは「三度目の正直」で何かあるか。それも怖いけど。(by Anne)

ラデュレ
医者に行くのは気分の良い事ではない。甘いものは好きじゃないけど、本当に美味しい甘い物をほんの少し口にするのは大好きで、良い気分転換になる。耳鼻咽喉科の帰りには、本当はラデュレのマカロンを食べたかった。世界一美味しいマカロン。噂によると、もうじき東京にも入って来るらしい。

2008年2月 8日 (金)

変わらぬ母

この年末年始は二度もパリに行ってきた。親に顔をみせるのが一番の親孝行だと巷では言われていて私もそうだと信じているのだが、やはりウチの親はなんとも思っていない様子。母は仕事で忙しくしていて、私の顔を見る暇もない位だし、儘父は私に「ボンジュール、アンヌ」と上の空で言い、後はズッとジッと本を読んでいるのだから。そんな素っ気ない態度を見て、逆に私は安心するのである。相変わらずだなあ、と。さらに相変わらずだと思ったのは、証明写真が必要だと母が大騒ぎしたことから始まった。「写真撮らなきゃいけないのよ。大変だわぁ」。駅前の証明写真機で撮れば良いだけの話で、何が大変のなか検討がつかないでいると、母は「私、あの機械が大嫌いなのよ」と言う。どうやら操作の仕方も分からないだけでなく、座り方も分からないようなのだ。冷たい私は、「ちゃんと説明が書いてあるから読めば分かるわよ、簡単よ」と説明して、パニクッてないでサッサと撮ってくれば良いのに、と思った。その日の晩、母はケラケラ笑いながら帰宅した。私の顔を見るなり、「これ、見て」と差し出した。帰りの際に駅の機械で撮った証明写真だ。ヒドイ。顔の半分しか写っていない。口から下が切れてしまっている。わざとじゃない限り、あの、単純明快な操作方法が記されている機械で、こうは撮れまい。そう、思うのだが、母は真剣。まずお金を入れる所を苦労して探した。そして真剣に操作方法を読み、「眼鏡を外して」という文が目に入ったので、眼鏡を外した。すると、次の操作方法が読めなくなってしまった。顔を近づけて必死で読み、ようやく撮る準備が整い、やっと椅子に腰掛けた。椅子に腰掛けてみると、低い。正面の顔を当てはめる枠には、額くらいしか入っていない。高さを調節しようとレバーを探してみた。椅子の下を探ってみても、レバーらしきものは無い。仕方なく、母は中腰で写真を撮ることにした。当然、そんな状態で撮る写真は満足いくものではない。3回トライして、とうとう膝がガクガクしてきた母は、諦めた。顔が半分切れてる写真を握って帰宅したのである。
「だから、ヤなのよ、あの機械。」
母は機械のせいにするのが好きだ。「明日、レ・アールの駅前の写真屋さんに行ってくるわ。あそこ上手に撮ってくれるもの」。確かにそうだ。母だけでなく、妹も私も、おまけに見て呉れを全く気にしない主人でさえも、証明写真は気に入るまで方々へ足を運び撮り続ける。そうこうしているうちに、レ・アールの駅前の写真屋さんで撮ってもらうのが一番だと分かったのだった。
翌日、母は、その写真屋さんで撮ってもらった。どんな素敵な証明写真が出来上がっていることだろう、とワクワクしてみただ、見せられた写真は自分の期待を相当裏切る仕上がりだった。母はがっかりした。オーナーが変わったのかしら?10年前に来た時はもっと腕が良かったのに。
「オタク、随分腕が落ちたのね」
そう写真屋さんに言いそうになって、ハッとした。写真屋さんの腕が落ちたのではなく、自分の顔が変わったんだと気付いたからだ。当然10年前とは違うに決まってる。しかしいつまでも若いつもりでいる母を、変わらないなぁ、と私は思った。(by Anne)

2007.12.31
フランスでは、大晦日は友達と盛大なパーティーをして盛り上がるもの。家族でまったりは日本の大晦日だ。今回私たちはノルマンディーで、家族でまったり過ごした。前菜に、生牡蠣。

GOSSET
乾杯は、ゴセのグラン・レゼルヴ。木目細かく繊細でも元気な泡が、いつまでも口の中でシュワシュワしていた。


2008年2月 5日 (火)

マリアでなくマザー

「アンヌってホント、ズッコケてるわよねえ〜」。そう私の友達「趣味の良いチンドン屋」は繰り返す。多分、私の幼馴染みはみんな、うん、うん、と頷くだろう。しかし、私はやっと最近になって、もしかして私はズッコケてる人かも知れないと認識するようになった。それでも心の奥では、「趣味の良いチンドン屋」のズッコケレベル程酷くない、と思っている。ある意味、ズッコケの教祖様だ。拝んでも良い。彼女は説得力のある、尤もらしい口調で話する。フランス育ち特有の話方だ。日本語で聞くとたまに偉そうに聞こえるかも知れない。鼻っぱしをへし折ってしまいたくなる人もいるだろうけれども、未だに彼女の高い鼻はつぶれていない。その理由は、話の3分の2は納得できる内容とジョークだから。残りはヘンテコな日本語を使うので、カッとなった人も笑ってしまうのではないか。多分、うろ覚えの言葉を確認もせず、躊躇もせず、堂々といい加減に発音してみるからなのだろう。もっとヒドイのは、フランス人形のように美しい彼女が発するヘンテコな日本語は、必ずと言って良い程下ネタ寄りなのだ。例えば…。
ある日のこと、「趣味の良いチンドン屋」が地方へ営業に行きました。なかなか交渉がスムーズに運ばず、ため息まじりで東京に戻り、別のクライアントと打ち合わせをしました。相手の男性は某有名会社のお偉いさんで、とてもエレガントだったそうです。打ち合わせの内容に彼がとても理解を示してくれるので、気を良くした「趣味の良いチンドン屋」は、地方では難しかったことを打ち明けました。「やはり、難しいこともありますね。地方の人は、…」。エレガントな某有名会社のお偉いさんの表情が、ほんの一瞬、微かに固まったそうでした。
私はその話を聞いて、七変化。青ざめたり、赤くなったり、笑ったり。あーあ、「地方の人は、封建的ですからねえ」と言いたかったのね。(恐らく、この話を読んで「趣味の良いチンドン屋」は、早速メールしてくるだろう。私が、「地方の人は、…」と書いて、センサーしたことに対して、きっと、きっと、「カマトト振るんじゃないわよ!」と言ってくるに違いない。おお、コワイ、コワイ。)そんな彼女のズッコケ爆弾発言に比べたら、1月21日付けのブログで、「マザー・テレサ」なのに「マリア・テレサ」と、ズッコケた事を書いてしまったけど、大した事はない。と、自分を慰めたいのだが、まるで自分の貧困な知識は脳みそでふやけきってしまっている事実は、恥じないわけにはいかない。とほほ。昨日、本屋でマザー・テレサの本を見かけて、ハッと気付いたのであった。(by Anne)

まこ
マザー・テレサの本を見かけて、ハッと気付いて、ガーン!!!しかし次に目に入ったのは、好きで好きでたまらない、まこの本。速攻買った。『まこという名の不思議顔の猫』、中央公論新社、1500円+税。まことは、一度でいいから抱きしめたい猫だ。飼い主のブログを見ると、デザイナーさんだ。いつか会えるかナ。この本を読んでる私に、主人が、「なんだ、ニコニコしてるから料理の本かと思ったよ」と言った。ちなみに1月21日のブログは、マザー・テレサに直しました。
http://scomu.jp/makocat/

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