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2008年3月19日 (水)

行儀も無礼/その2

(つづき)鞄に関してのエチケットは、どうも勘違いなんじゃないか。女性が重たいスーツケースを持ち上げて、見るからに辛そうに駅の階段を上り下りしているのに、横を通る良い年の男性は誰一人として手を貸さない。こうしたシーンはヨーロッパから戻って来たての頃、とてもショックを受けた。もはや道行く男性は当てにできないと分かってからの私は、飛行場へは電車は使わず、必ず近くのホテルから出ているリムジンバスに乗るようになった。さらに付け加えるなら、リムジンバスが出ているホテルまでタクシーで行ける距離の所に、何度引っ越しを繰り返しても、住む事にしたくらいだ。米原万里は、こうした日本の男性の行動に対して、こう締めくくった。ヨーロッパの男性は彼ら程長時間仕事をしない。日本の男性は、毎日毎日クタクタになるまで働いて、夜遅く帰宅する。通勤中に、気配りのゆとりが持てる筈はないだろう、と。なるほど、そうかもね。まあ、荷物ぐらい自分で持つからいいわ、と思ったのと同じ頃、余計な荷物を持つ男性が目につくようになった。デート中の男性だ。この時ばかりは気を利かせて、彼女の荷物を持ってあげているようだ。明らかに彼女の物だと分かるのは、ヴィトンだとか、フェンディだとか、チェーンのついたシャネルだとかのハンドバックを、フリフリやキラキラがたくさん付いたハンドバックを、きっと口紅とお財布と携帯しか入っていないだろう小さな小さなハンドバックを、彼の方が持っているからだ。通りすがりの女性の重たいスーツ・ケースは持たず、かわいい彼女の小さなハンドバックは持ってあげる、とは!そもそもハンドバックは女性にとってアクセサリー同然のお洒落グッズな筈。それを彼が持ってしまっては、せっかくのお洒落コーディネイトも甲斐がない。そのうち、大きなネックレスやイアリングをしていたら、「重たそうだね、僕がつけといてあげるよ」、なんて言っちゃうんだろうか。そんな意地悪な想像をしてしまう。しかし、すれ違うハンドバック君達は、彼女に対して一生懸命なのだろう。やさしくしてあげたい、よく見られたい、ケアしてあげたい、と。そんな健気な気持ちを思うと、意地悪な想像をしている自分が情けなくなる。まあ、いいじゃない、そんなに重大なことじゃないじゃない、と思えるくらいの寛大な大人に、どうかどうか、なれますように。(by Anne)

チューリップ
春だ。開きかけた時のチューリップが、なんとも可憐で好き。花言葉は、「博愛」、「思いやり」。ふと、チューリップ柄を帯に描いて、キュッと締めて、花言葉を胆に命じたいと思った。

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