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2008年5月15日 (木)

世界の中心で、母が叫ぶ/その2

(つづき)それから毎日母は、東京に居る妹と私に電話をしてきた。「スピーチ、送ったの、あれ、読んだ?」。呑気に聞いて来る。「まだ読んでない」そう私が答えると、「早く読んでよ、面白く書けたから」と母。次ぎの日もまたその次の日も「あれ、読んだ?」だ。早く感想を聞きたくてヤキモキしているのが見えれば見えるほど、私は心の中で絶対に読んでやるものかと固く誓った。一応母には「まだ。忙しくてね」と言い訳をした。その度に、妹は電話の脇でゲラゲラ笑って、「読んであげなよー」と言っていた。「冗談じゃない!」。メールの受信箱には、未読の青いマークが残り続けた。妹はその青いマークを見続けた。そしてついに、「じゃあ、もう、私が読んであげるから」、と私の許可を得て未読メールをクリック。読み上げた。やはり。思った通りだった。私達の披露宴でスピーチした内容とまったく同じ。もっと「面白いお母さん像」を強化したものに仕上がっていた。一つの原稿としてはいいけれど、披露宴のスピーチとしては私だったら0点をつけるだろう。しかし母にそんな期待をしても無駄なのは100も承知なのだった。
そんなことを先日母からの電話を切った後、ソファーで思い出していた。なぜなら、その電話の向こうでも、「私が主人公」節を叫んでいたからなのだ。「もしもし、アンヌ?」。「あ、ママ?」。「ついに、読んだわよ!」。本人を知らないとまるで怒っているかのような口調に、免疫を受けている私も時々ビビる。何か悪いことしたかしら?思い当たる節がないので、「何?」と聞くと、「あなたのブログよ!」と母。思想家というか、作家だった自分の父の書物を、彼の死ぬ間際まで読もうとしなかった彼女は、これもまた作家である自分の夫の作品は徹底的に読破したのを除いては、手紙以外の家族の文章を読むのは気持ちが悪いようなのだ。それに加えて、風の噂で私が母の事をブログに書き散らしていると聞いたらしく、きっと悪口か馬鹿にしているかのどちらかだろうと決めつけて、さらに読む気を失ったのだろうと思う。周りがどんなに「読んだら?」と勧めても、断固として読まなかったのだ。しかし、「ついに、読んだわよ!」と言う。どんな感想が返ってくるのかと思えば、「2月8日のあの文、あれ、違うわよ!本当はもっと面白かったんだから!」と指摘した。うっかりしていた。そうだ、母はやっぱり「私が主人公」なのだ。2月8日付けのブログは『変わらぬ母』と題して、母のオマヌケ振りを綴ったものだったが、不満らしい。本当はもっと面白いお母さんなのに、十分私が描ききれていないとでも言いたそうなのだ。どうやら最後のくだりがダメらしい。彼女いわく、本当は、家に帰るまで写真屋の腕が落ちたと思い込んでいたそうだ。家に帰って、私に「あそこの写真屋、腕が落ちたんだわ」と言って証明写真を見せた。「以前はもっと綺麗に撮ってくれてたのに、これじゃまるでオバハンよ!」と怒っている。「あのね、写真屋の腕が落ちたんじゃなくさ、ママが年を取ったんだよ」、と私は言ったそうな。私にそう言われるまでずっと自分が年を取ったことに気付かなかった、おめでたい母。「そこが、面白いんじゃない!いいわね。書き直して頂戴。」私は、2月8日の文にはタッチしないものの、こうして母のリクエストに答えている、善き娘。おまけにブログは、母の悪口でもなく、母を馬鹿にするでもなく、彼女の希望通り、いかに母が面白いかを書いてきたつもりだ。書き直しを命ずるより先にお礼を言ってもらいたい。(by Anne)

フォトマトン
証明写真なんて、所詮気に入るようには撮れていないもの。まるでダチョウのような自分の顔にげんなりする私。

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