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2008年6月

2008年6月26日 (木)

シネメモ2008年初夏/その1

『881 歌え!パパイヤ』(8月9日よりユーロスペースにて公開予定)。試写状に魅了されて、なんだか分からぬまま観に行ったシンガポール映画。試写状は、赤や黄色の色使いで、めちゃめちゃ明るくて楽しい雰囲気を漂わせ、すごいパワーがもらえそうな、とにかく元気になる、そんな作品なんじゃないか、と思ったからだ。まるで東南アジア版ピンクレディー、といった2人の女の子のポートレイトのまわりには、「ウワッ!すごいっ!」、「ガーリー・パワー炸裂」の「トロピカル・エンタテイメント・ムービー」、「衣装200着!」、「ド肝を抜く歌と踊り」、などというワクワクする言葉が、それこそ炸裂している。おまけになんとシンガポール国民の10人に1人が観たという、2007年シンガポールNo1の大ヒット作品だとういう。観てみたら、本当だ。本当にその通り。スターを夢見る2人の美少女が、様々な困難を乗り越えつつ、成功するまでのシンデレラストーリー。ユーモアあふれる会話や心に滲みるシーンもあって、なかなか観応えがある物語になっていると思うのだけど、それ以上に、もう、なによりも、2人の歌と踊りと衣装と化粧と、表情がすごいのだ。一旦、彼女達が歌いだしたら、もうそこは、ボロ家だろうと、路上だろうと、まるでムーランルージュのフレンチカンカンのような華やかさに包まれる。いや、もっとパワフル。いや、なんだか観たこともない姿に、息をのんで、もう、うっとり。気がつけばエンディングロールが流れているのだ。あと、面白いのは、シンガポールの他民族性が反映されているところ。知らなかったのだが、この小さな国はマレー語を国語とし、英語(といってもシングリッシュという北京語と英語が混ざったもの)を公用語としているそうだが、(って聞いても、どうなちゃっているの、って感じだけど)、この映画の中で頻繁に飛び交う方言のような福健語(ふっけんご)が映画で使われるのは、この作品が初めてだという。それだけでも、アジアの交差点であるシンガポールのコスモポリタンなパワーが、グワッと押し寄せ、私は大興奮なのである。(by Anne)


881 歌え!パパイヤ
『881 歌え!パパイヤ』/監督:ロイストン・タン、配給・宣伝/マジック・アワー+チャンネルアジア。8月9日よりユーロスペースにて公開予定。www.881movie.com

2008年6月20日 (金)

呼気検査に思うこと/その2

(つづき)。従妹が呼気検査のとあるエピソードを話てくれたのは随分前になる。当時は、彼女の中でもとびきりのお気に入りエピソードだったのだろうと思うくらい、同じ話を何度も聞かせてくれたのだが、月日が絶つにつれ、その話もたまにしか耳にしなくなり、あげくの果てには最近めっきり聞かなくなったのだ。それと同時に私の単細胞な記憶装置からもさっさと姿を消し、今ではその残骸のようなものしか残っていないのだ。だから、ここで一昨日前のブログの『つづき』を書こうにも、十分な要素がそろっていないため、大ざっぱな話しかできない。それでは困ると思って、昨日従妹に確認を取ろうと思ったのだけど、時間が無かった。とほほ。だから、やっぱり大ざっぱな話だけになってしまう。
ある晩、従妹の友人が車でとあるパーティーに出かけた。お酒を飲まないつもりで出かけたのだが、ついつい飲んでしまった。飲んでしまったからには運転して帰るわけにはいかない。それなら、車は翌朝取りに来るとして、その晩は一杯だけとは言わず、好きなだけ飲むことにしたそうだ。深夜近くなって、彼はタクシーを拾って帰宅した。少し酔ってはいたものの、泥酔というわけではなく、翌朝の出社前に車をピックアップする余裕をみた目覚ましセットをした。そして翌朝、早朝。目覚ましが鳴ると同時に起きた。睡眠は十分取った。二日酔いの毛もない。彼は大崎の会社に行く前にパーティーがあった麻布へ向かい、高い駐車代を渋々払い、車を会社へと走らせた。途中でちょっとした渋滞にハマった。なにかと思えば、検問らしい。仕方ない、さっさと検査して、早いとこ会社に行かないと。そう思った矢先に警察がウィンドウをコンコンと叩いた…。
従妹のその友達は呼気検査の結果、なんと前の晩のお酒で酒気帯び運転で捕まったのだという。一晩寝て、しかも二日酔いでもなく、それで捕まるなんて。では私達は一体いつお酒を飲めばいいのか?運転する3日前から禁酒、とか?そんなことだから、納得がいかない、と言って従妹は警察へ乗り込んでしまった。「友人にこのようなことがあったので、私はお酒をのんだらどのくらいの時間を空けなくてはいけないのかチェックさせてください!」しかし、警察ではみんな首を横に振って、それはできないと言う。おまけに「分からなければ、飲まないことです」なのだそうだ。(by Anne)

2008年6月18日 (水)

呼気検査に思うこと/その1

数日前に『趣味の良いチンドン屋』からメールが届いた。久しぶり、良かったら明日ディナーしないか、プレゼントもあるし、という内容なのだが、絵文字は炸裂しているし、言葉はハイパーで、明らかに様子がおかしいのだ。最後に「今グレープジュース買ったつもりが赤ワイン煮でなーかよっぱらってい!」とある。葡萄ジュースかと思ったらワインだったということなのか、なんなのか、とにかく酔っぱらってるんだな、ということは分かった。何を飲んだのか尋ねてみると、『世界のKitchenから マセドニアグレープ』というジュースだと言うので、私は呆れてしまった。スペインのサングリアをモデルに、果物をワインで煮込んで作った、アルコール飲料ではなく、ノンアルコール飲料だそうで、それを飲んで酔っぱらったというのだ。日々酔っぱらいのような発言が絶えない彼女なのだが、実はアルコールアレルギーと言えるほどお酒に弱く、たまに注文するカシスソーダでさえ、「カシス少なめでお願いしますね」と念を押す程なのだ。普通のカシスソーダでは、笑い上戸になって手に負えなくなるからだ。本当に微量でも酔っぱらってしまうのは知っていたが、ジュースでもとは驚きだ。そんな魔法のドリンクを飲んでみないわけには行かないと思った私は、高級スーパーマーケットでしか手に入りそうもない、『世界のKitchenから マセドニアグレープ』とやらを、「じゃあ、今度会う時私にも買ってきてくれる?」とお願いしたのだった。千円ぐらいするジュースだろう。私はお札を封筒に入れて、当日『趣味の良いチンドン屋』に会った。「そうそう、あれ、買ってきてくれた?」早速催促した。すると、「持ってきたわよ、これー」と出されたのは、なんと小さなペットボトル。高級スーパーマーケットどころか、コンビニでも自動販売機でも買える。用意したきた千円札が入った封筒のことはすっかり忘れて、そのちいさなペットボトルを舐めるように観察した。確かに『ノンアルコール、果汁30%』と書いてある。そういえば、アルコール度1%未満なら、酒税法で酒類と分類されないんだった。ワイン煮というジュースであるからには0,02%ぐらいは入っているのかもしれない。その微々たる量に反応した『趣味の良いチンドン屋』と、ワイングラス2杯ではまだ素面も同然の私とでは、どちらが危険な運転をするだろう?勿論飲んだら絶対運転しないが、想像してみると明らかに、前者だろう。運転免許書を更新する際に、アルコール反応検査のようなものを義務づけて、各自がどれだけの量のアルコールに対して反応するか知るべきだと思う。そういえば警察が酒気帯び運転取り締まりの際に行う呼気検査について、納得がいかないと以前従妹と話たことがあるのを思い出した。つづく。(by Anne)

マセドニアグレープ
『世界のKitchenから』シリーズは結構好き。この葡萄ジュースは、まだ大切に冷蔵庫の中でとっておいてある。一体どんな味なのかしら?

2008年6月14日 (土)

2008.06.14.

ネジに、トンカチに、ドライバー。
いくら手伝ってと言われても、
私はソファーで傍観者。
だってsaboriday。
(by Anne)

道具

2008年6月13日 (金)

恐怖のフランス人形/その2

(つづき)彼女は帰国子女だったというより、フランス育ちのハーフ。自分は太っていると最近気にしているようだが、とにかくフランス人形そっくりの顔立ちで、見入ってしまう程だ。日本語は書けもするけれど、漢字はダメ。ひらがな、カタカナ止まり。「そのカタカナでさえも…」と話始めた。洋服のセレクトショップを三店舗も経営する彼女は、セールの頃になると、ショーウィンドーに「T-shirt、50%off」、「スカート、30%off」、「ワンピース、40%off」などと書くそうだ。けれどカタカナもあまり上手に書けないと言う。「ワンピースって書いたつもりなのに、ワソピースになってるみたいで…」。少し恥ずかしそうだ。「もっと酷い時は、ワンピースでもなくて、ワソピースでもなくて、クソピースって」。幸い、その近辺の人々は寛大らしい。クソピースを見ても、「ああ、またあのガイジンさんね」と思ってくれるらしいのだ。しかし、暖かく迎え入れてくれる事ばかりではない。『ぽっちゃりフランス人形』が長年のフランス生活の後に日本に移り住んで間もない頃。ハチ公前での約束に遅れそうだった彼女は、時計も携帯も持っていなかった。渋谷のスクランブル交差点で、一向に青にならない信号を見つめていると気持ちはどんどん焦り始めた。どのくらい遅れているのかさえも検討がつかない。随分待たせていたらどうしよう…。ふと気がつくと、右隣に赤ちゃんを抱いた女性が立っていた。赤ちゃんを抱く左腕には、キラリと腕時計が光ってる。『ぽっちゃりフランス人形』は、「そうだ、彼女に聞こう」と思い、身を乗り出して「すみません、お時間、ありますか?」と尋ねた。しかもフランス語なまりで。赤ちゃんを抱いた女性は、目をカッと開いて、ギュッと自分の子供を抱きしめ、瞬く間に逃げて行ってしまったそうだ。何かの勧誘か、誘拐か。『ぽっちゃりフランス人形』がとてつもなく恐ろしい人物に見えたのだろう。以後、繊細な彼女はトラウマを抱えることになってしまった。日本人には自分はモンスターに映るらしい、と日々恐れている。(by Anne)

2008年6月12日 (木)

恐怖のフランス人形/その1

私の周りには帰国子女だった人が多いせいか、年中ヘンテコな日本語を耳にする。そういう私も帰国子女の部類。日本語がヘンテコなのはそのせいです、と質悪く開き直っている。ヘンテコとは、アクセントだったり、言葉の選び方だったり、ウロ覚えの熟語を口に出してみるととんでもなく下品な言葉だったり、そしてそれを発した本人は気付かないままだったり、外国語の表現を日本語にそのまま直訳して意味不明だったり、そのまま直訳したら全く別の意味になって誤解が生じたり、などなど。うっかり放送禁止用語のようなものを使っていないだろうか日々ヒヤヒヤしているのは、多分、私だけでないだろうけれど、私が知る限り、帰国子女だった人の多くは、ゴーイングマイウェイ。あまり細かい事は気にしないタイプが多いようだ。現に友達の『趣味の良いチンドン屋』はとんでもなく下品な言葉を発した話は2008年2月5日付けのブログに書いたが、後日彼女からのメールで「あれじゃ、どんな爆弾発言をしたのかさっぱり分からないじゃない!」とクレームが来た。気にするどころか、公表しろと。相も変わらず今も会うとヘンテコ日本語を連呼して、マインドコントロールじゃないけど、私の日本語をさらに狂わせている。彼女ほどエキセントリックではないが、妹のメモリアルな発言は「道で落っこちる」だった。友達だか誰だったかに会って、「さっき、道で落っこっちゃってさ」と言ったそうだ。その友達だか誰だったかは、目をパチクリ。妹の日本語の間違いをそれとなく訂正しようという気持ちも込めて、「何を?」と聞いてきたそうだ。心の中では、「落っこっちゃって」じゃなくて「落っことしちゃった」って言うんだよ、と呟いたのだろう。妹は、「いや、いや、そうじゃなくて、私が」と返すと、相手はほんの一瞬黙って、また口を開いた。「何か大きな穴があったの?」と。「いや、いや、そうじゃなくて、ほら、擦りむいちゃった」と、妹はかさぶたになりかけている傷口を見せて、やっと理解してもらったそうだ。道で転んじゃったのね、と。フランス語を直訳すると、tomber(落ちる)という動詞を使うからこんなことになるのだった。
先日友達の『ぽっちゃりフランス人形』に会った時も、ヘンテコな日本語話に花が咲いた。つづく。(by Anne)

あじさい
梅雨の癒し、紫陽花。ぐったりと頭をたれて、雨が降れば降る程花盛り。

2008年6月 5日 (木)

レスカリエ

古くからの知り合いがビストロをオープンした。『Bistrot L'Escalier (ビストロ レスカリエ)』。階段と言う名前のこのお店は、名前のとおり、自由が丘の駅から徒歩5分くらいのところの、木造の階段を上った2階にある。入るとかわいらしいオブジェやポスターなどが飾られていて、全体的に茶色とレモン色のトーンで纏められたアットホームのお店。ドアや窓や照明をみても、オーナーシェフのさりげないけど徹底した好みが分かる。昔から、なんかセンス良い人だな、と思っていたから然程驚きはしなかった。しかしもっと驚いたのは料理の方だ。以前、彼に会う度に、「オレなんて」を呟いていたし、料理自慢は聞いた事も無いし、経歴はどうやら一流らしいのだがまったく謙虚だし、で、本当に失礼な話だが、プロの料理人というより、趣味の料理人というイメージがあった。いやいや、お見それしました。本当に美味しい!それに本当に私好みのフランス家庭料理を作ってくれる。それに量もしっかりある。ちょくちょく足を運んでしまいそうだ。私が頂いたメニューは以下。(by Anne)

リエット
先付け的な感じでブタのリエットが。これがほんのり生姜風味で美味しい。

野菜のテリーヌ
前菜に野菜のテリーヌ。ここの人気メニューで、まるでお花畑のようなプレート。さっぱりとしたテリーヌの脇に、半熟卵と生ハムが添えてある。ソースのお味もとっておきで、小さな宝が詰ってるよう。

ブフブーギニョン
メインにはブフ・ブーギニョン。ビストロ料理の定番、牛肉の赤ワイン煮だ。これは私の十八番なので、シェフの腕前を拝見しようと頼んだ。うーん。やっぱりワタシの作るのとは違う!丁寧で洗練された味。付け合わせには、ピュレーとインゲンやエリンギなど。バランスとれてて嬉しい一品。

ヌガーグラッセ
そしてデザート!これには参りました。手作りヌガーアイス。軽くて、カラメルコーティングされたナッツは歯ごたえが良く、本当に美味しい!奥はキャラメルプリン。
他のプレートも是非トライしたい。
http://www.bistrot-lescalier.com/


2008年6月 3日 (火)

なんでもないこと/その2

(つづき)31日『お嬢さん伯母』と一緒にいて、「ああ、こういう気持ちなんだ」と、その話の心理を少し理解したような気になった。
軽井沢に着くと『お嬢さん伯母』は、「ツツジがきれいね。やっぱり来て良かったわ」と呟き、出されたお茶と共にお嬢さんらしからぬ一本をバッグから取り出して一服した。その時にバッグの中から手袋も飛び出した。「ああ、これ、アンヌちゃんの。大事な、大事な。」と言って、なくさないようにと直ぐにバッグの中に閉まったのだった。茶色の革の手袋で、表が白いレースで編んであるものだ。長年彼女が使っていたフランス製のが、とうとう穴だらけになってしまって捨てる事になった年、「東京では見つからない」という理由で私の母にパリで買ってきてと頼んだそうだ。しかし母も何年経っても、その同じような手袋をみつけることが出来なかった。ところが昨年の冬、私がパリに行った時、クリスマスセールで、マフラーやら手袋やらが山積みになっている中に、それらしきものを見つけた。なんてことはない。ただ目に入って、『お嬢さん伯母』が欲しがっていた事を思い出しただけだ。革靴の底が減るほど歩き回って見つけたわけでも、血眼になって山積みを漁ったわけでもなく、たまたま。しかしそれを「お土産です」と持って行ったら、『お嬢さん伯母』は「憧れの手袋」だと言って感激して、繰り返し、繰り返し、お礼を言ってくれた。その後も私の顔を見ては手袋の話になり、その度にお礼を言われた。そんなことで喜んでくれるなら、10個でも20個でも買ってきますよ!手袋が手に入って喜んだ彼女と同じくらい、喜んでもらえた私は嬉しかった。だから軽井沢で手袋が飛び出した時も「大事な、大事な」と言ってくれたのだった。
それから片付けをスタートして、一日中遺品と奮闘した後、「やっぱり手伝ってもらって良かったわ」と『お嬢さん伯母』は私に言った。そして夕食には、昔みんなで行ったことのある中華に連れていった。彼女はチャーシュー麺を頼んだ。出て来ると、「ああ、嬉しい。こういう透き通ったスープの中華麺が食べたかったのよ」とニコニコしている。聞けば、「おばあさんが1人で中華に入ってラーメンを食べるなんて変だ」と思っているらしくそのせいで、未亡人になってからは食べれなかったそうだ。なにをしてあげても喜んでくれる。そんなことなら、いくらでも片付けのお手伝いします。いくらでも軽井沢ご一緒します。いくらでもラーメンを食べにお付き合いします。いくらでも手袋買ってきます。そんなこと、なんでもないことですから。喜んでくれるなら、いくらでも。(by Anne)

ツツジの庭


2008年6月 2日 (月)

なんでもないこと/その1

週末久し振りに軽井沢に行った。丁度お庭のツツジが満開でグッドタイミング。去年、セッセ、セッセと、雑草や蔦を取り除いて、枝を剪定した甲斐あって、ツツジは延び延びと枝を張り、沢山のオレンジ色の花を誇らしげに咲かせていた。しかし残念ながら私達はお花見に来たのではない。片付けても片付けても片付けきらない、祖父母や一番上の伯父、要するに故人達の遺品を、今度こそは片付けきろうと決意してやってきたから、のんびりお花見、ましてや団子なんて論外だ。本当のところ、一番決意が必要だったのは、他でもない未亡人となった伯母だった。伯父との沢山思い出が残る軽井沢に来ることさえ辛いだろう。ましてや伯父の遺品を処分するのは、断腸の思いに違いない。伯父が亡くなって10年。やっと彼女は決心したのだ。「アンヌちゃん、軽井沢に行って来ようと思うの」。伯母から電話があったのは1ヶ月前。伯父が亡くなってから決して行きたがらなかった彼女は、「もう決めたの。1人で行って来るから」と電話口で何度も同じことを繰り返した。それは、私に伝えるというより、気持ちが挫けないように自分に言い聞かせようとしている風だった。私は、最初、そっとしておいて欲しいのかなと思い、伯母が1人で行くと言ってるのを、ただフンフン聞いていた。しかし、あの片付けようにも片付けられない遺品の山を目にして、親戚の誰もがたじろいでいるのに、ましてや10年間も封じ込んでいた思い出の数々が蘇れば未亡人の伯母は胸が張り裂ける思いをするに違いない。そして途方に暮れてしまうだろう。そう、思った私は、と言うより、実はそれよりも、このおっとりとした『お嬢さん伯母』が、1人で片付けられるわけはない、と思ったのが先で、「ご一緒しますから」と言って電話を切った。頑なに「悪いから、1人で行く」と言うのを押し切って。主人と日にちを相談し、私の大事なsaboridayを提供して、31日の土曜日を大片付けの日に決めたのだった。
31日は一日中『お嬢さん伯母』と話をしながら片付けた。そして片付けながら話をしている彼女を見ていたら、ふと、昔、事務所のマネージャーさんが言っていたことを思い出した。
随分前の事だと思う。何の話だっただろう?余ったボタンだったか、端切れだったかが置いてある所で話をしていたのだったか、なにか。マネージャーさんが「こういうのを使ってね、うちの子供にお人形さんとか作ってあげるのよ」。私はその時、とても驚いた。「へー!そんな面倒臭いことするんですか!凄いですね!」。すると、なんでもないことよ、といった口調で「だって、何作ってあげても喜んでくれるんだもの」と言う。その答えにはもっと驚いた。その時、色々な思いが過った。子供とは、何作ってあげても喜ぶものなのか。いや、私はそうではなかった。むしろ何をしてもらっても気に入らない。たしか、気難しい子だった筈。それに、なにをしてあげても喜んでくれると、嬉しくなるものなのか。そして多少面倒くさいことでも、してあげたくなって、それが、なんでもないことになるのだろうか。子供を持つとそうなるのかな。母とは凄い。などと思い人間として非常に未熟だった私は、とてもインパクトのあるエピソードとして心に残っていたのだった。つづく。(by Anne)

ツツジ満開


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