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2009年9月

2009年9月28日 (月)

臍の緒の話

2009年初夏、パリの病院で出産を迎えた時の事。部屋で赤ちゃんと並んでうたた寝をしていた、とある午後。
「ちょっと待って下さい!」
私はハタッと目を覚まし、保母さんを呼び止めた。産科に常任している保母さんだ。赤ちゃんの体力測定のため、別室に連れて行くと、私に声をかけ、私はまどろみながら「はいー」と答えたところだった。しかし、ハタッと目を覚ましたのは、不安がよぎったからだ。まてよ、体力測定ということは、赤ちゃんを裸にするだろう。ということは、もしかしたらその瞬間に臍の緒が取れこともあるかもしれない。そこで取れてしまったら、やばいやばい。ついさっき妹と心配していたばかりだ。「フランスじゃあ、臍の緒なんて取っておかないんだろうね」、「どうするのかな?」、「ゴミ箱にポイなのかな?」、「臍の緒ついてるうちはうっかり人にあずけられないね」…。ウチの子の大事な臍の緒もポイされるかもしれない。やっぱり私も日本人。臍の緒は記念に取っておきたかった。それに、マクロビオティックを教えている幼馴染みが言っていたことも気になっていた。幼馴染みいわく、「危篤状態にある時に本人の臍の緒を煎じて飲むと元気になる」。彼女は自宅出産した後、お風呂場に長い臍の緒をだらりと吊るして干したそうだ。そんな特効薬になるのかは半信半疑だが、愛する我が子の臍の緒がゴミ箱行きとはあまりにも忍びないと思ったのだった。
「ちょっと、ちょっと!」
私はもう一度保母さんを呼び止めた。
保母さんはのんびりと振り向き、西インド諸島出身の独特のアクセントで「なにか?」と言った。
「へ、臍の緒なんですけど、万が一、と、取れたら、捨てないで下さいね」
私は慌てたばかりに弱冠吃った。そうだ、理由も述べないと。しかも、記念にしたいから、という軽いノリの理由だけだと説得力ないかも。フランス人のことだ。深刻な理由でないと、うっかりポイ、だろう。
「命を救うんです!」
私は真面目な顔をしてみせ、幼馴染みが説明してくれた煎じて飲む話をしてみた。
保母さんは目をまんまるくしてこちらをジッと見てるので、日本人って変わってるわねと、きっと一笑に付せられるだろうと思った。しかし目がまんまるなのは生まれつきだったらしい。
「あら、そう。私の里ではココヤシの木の下に埋めるのよ。」
私は拍子抜けした。なんだ、彼女にとっても、ゴミ箱行きのものではなかったんだ。子供が産まれたら、新しくココヤシの木を植えて、その下にその産まれた子の臍の緒を埋めるのだそうだ。ココヤシの木は元気に育つらしい。
それを聞いてホッとした私に、さらに彼女は加えて言った。
「それに、どこだったかしら、モロッコか、アルジェリアか、とにかく北アフリカのどこかの国では、粉にして飲むらしいわよ。」
出産した人の姉妹に不妊症の人がいたら、産まれた子の臍の緒を粉にして飲ませるのだそうだ。するとみごとに妊娠するという。
ふーん。本当かどうかはわからないが、世界中色々なところで臍の緒は何かしらの役割があることは確かなようだ。ともあれ、国際色豊かなパリでの、とりわけ国際色豊かな病院での、極めて国際色豊かな産科での、めったに聞けない話だった。
肝心のウチの子の臍の緒は、というと、何を大騒ぎしたことか。カサカサに乾いて、ぽろりと取れたのは、退院したそのずっと後。なんのことはない。私がおむつを替えた時だった。
(by Anne)

ヤシの木


2009年9月21日 (月)

私の操、椿油

はっきり言って、私は、それはそれは誠実です。浮ついたことなど一度もありません。ええ、ええ、椿油一筋ですの。二十歳の頃から。ひと時も離したことはありません。しっかりと握りしめて、早17年!椿油。これが私の操です。
というわけで、私のこのやっかいな髪を整えるのに、大島椿の油の右に出るものはなく、月に1〜2本のペースで消費している。
出会いは二十歳の夏休み。パリから東京に遊びに来ていた最中に、その頃使っていた南国のオイルを切らしてしまった。パリで買って持って来ていたオイル。当時はそのオイルが一番私の髪質に合うと思っていたし、そのオイルがなければ私のやっかいな髪は酷い状態になると思っていたから、最後の一滴を使い果たした時には顔面蒼白だった。東京のどこでその南国のオイルを手に入れられるだろうか。今のようにネット検索が気軽にできる時代でなかったので、とにかく身近の誰かに尋ねるしかなかった。顔面蒼白の私の目の前には従妹が。「どこで見つかる?」と聞いてみた。従妹は、さあ?、といった表情を浮かべ、しばらく黙り込んだ後、「椿油ぐらいにしといたら?」と、今でも忘れもしない返事を返して来た。「ぐらいにしといたら」とは、要するに、南国のオイルの難点は、香りが強く個性的だったので、好き嫌いがあり、私はその甘ったるい香りが好きだったのだが、従妹にとってはそうではなかったらしい。椿油はほぼ無香。「多分、古い、今にもつぶれそうな薬局にだったらあると思うよ」、と従妹。早速私は、商店街に出かけ、何軒かまわった後、やっと一番繁盛してなさそうな薬局を見付け、入っていった。「すみません、椿油って、ありますか?」。奥からおばあちゃんが出て来た。「えーえっと、椿油ね、椿油。。。、椿油、どこだったかな、あ、ここだ」。おばあちゃんは腰を曲げて、商品棚の一番したの奥を探り、かなり埃をかぶった黄色い箱を私に渡した。私は千円札を差し出し、その埃まみれの黄色い箱を買って帰った。古くから存在するものだろうけれど、少なくとももうあまりポピュラーなものではないのだろう、ということは分かった。
なぜ従妹がそんな商品を知っていたのか不思議だが、とにかく使ってみたら今まで手放せなかった南国のオイルよりはるかに良い。おまけに容器がレトロで素敵だ。一度好きになったらそれはそれは誠実な私。もう、これでなくちゃ、となった。しかし、それから数年は苦労した。パリでは入手できないし、日本から送ってもらうにもやっかいで、今にもつぶれそうな薬局を見つけてもらわないといけなかった。年月が経ち、少しずつ、今すぐにはつぶれないだろう薬局にも、駅前の薬局にも、大繁盛の薬局にも、おしゃれなコスメコーナーにも、黄色い箱を目にするようになった。棚の一番下ではなく、棚のド真ん中に、埃まみれではなくピカピカな状態で。やはり良いものはちゃんと認められるのだ。
今でも棚にならんだ大島椿の黄色いパッケージを見ると、幼なじみがビックスターになったような嬉しさを噛み締める。その度に、私はメガホンを持って、「皆さん!聞いてください!私の古くからの友人です!ええ、ええ、とっても親しいんです!」と、叫びたくなるのだった。(by Anne)

大島椿
大島椿から出ているコスメ3本と椿油。『大島椿/アトピコ』のスキンヘルスケアのシリーズで、左からミストタイプのローション、スプレータイプのオイル、クリーム。一番右は、私の操、椿油。

2009年9月14日 (月)

beforafter

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これが

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これに。
(by Anne)

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