無料ブログはココログ

« 2010年1月 | トップページ | 2010年4月 »

2010年2月

2010年2月18日 (木)

金儲け住宅

昨年の夏から急遽東京暮らしをスタートさせた妹の話だ。
いきなり東京での就職が決まった妹は、ものすごい勢いでパリのアパルトマンを片付けると、スーツケースとリュックサックそれぞれひとつずつ担いで飛行機に乗った。
東京に到着するなり、まずは住まいを決めないと、と不動産屋巡りを開始したわけだが、長年パリで生活したせいか、日本びいきの外国人的な趣味を持っていて、なんでも住まいは日本家屋、障子は譲ったとしてもせめて畳がないと住みたくないと言い張っていたのだった。ところが、日本なのに、そんな物件を見つけるのは意外と安易ではなかった。本人曰くけっこう苦労したそうだが、幸い最終的に、ウチの近所に『お気に召す』部屋が見つかり、契約書に即サインをしたのだった。
鍵をもらうと、四方八方から中古家具や電化製品をかき集め、自分好みに和室を装飾した妹は、ご満悦。
この引っ越し大騒動も、まあまあスムーズで、よござんした、と私は横目で眺め、またいつもの育児生活に戻った。
そんな矢先に妹が、額の汗をぬぐいながらウチに入ってきた。鼻息が荒い。「あーもー、むかつく!あーもー、どうしよう!」などと騒いでいるので、訳をきいてみた。
管理会社のおじさんが家にやってきて、大家さんがアパートの改装工事をしたいので、数日間となりの空き部屋に移ってくれ、というそうなのだ。
当然、妹は怒った。しばしの移動に、ではない。改装工事に、だ。あれほど内装にこだわってやっとこさ見つけた物件なのだから、怒るのもよくわかる。しかし、管理会社のおじさんには、妹の怒りの訳を理解できない様子。
「和室が洋室になるんですよ。しかも契約期間中はいままで通りの家賃でけっこうですので。どうです?いいでしょ」。
まるで、こんな美味しい話はないでしょう、と言わんばかりの態度だったそうだ。
妹は「そんな洋室なんて、ケッコウ、コケコッコー!」とののしりたくなる気持ちをグッとこらえて、そんなおかしな話はない、契約違反だ、和室だからわざわざここを選んだのに、洋室になったらいくら同じ家賃だと言われても住む訳にはいかない、また新しい物件を探さなくてはいけない、そもそも日本の建築を薄っぺらい洋室デザインが壊すなんてとんでもない、などなど、捲し立てた。面倒くさいぐらい理屈っぽい妹らしい。戦ったのだ。今妹に出てかれちゃ、管理会社は困る。おじさんは、焦った様子で交渉を試みた。
「ではいったい、いくらだったら改装後ここにすんでも良いと?」
妹はのけぞった。そして腕を組んで、「そりゃ、ただで、ですよ!」と言い放った。
おじさんの顔は、見る見るうちに赤くなり、怒りが爆発したかのように怒鳴った。
「そんなの、無茶ですよ!」
真剣そのものだ。
おじさんの口から飛び散った唾をよけながら、妹は吹き出しそうになった。
まったくユーモアの欠片もない人ね!それぐらい改装された洋室に住みたくないってことなのに!
しかし呆れるのは心の中でだけにしておいた。

その場は、後日また連絡するということで、おじさんは引き上げた。
それでも興奮状態が尾を引いた妹は、気持ちを宥めるためにウチにやってきたわけだったのだ。

そんな件を話して、解決法を主人と妹で練ってる最中に電話が鳴った。妹の携帯にだ。妹は番号を確認すると、私達に「管理会社」と目配せして、タバコを左手、携帯を右手に外に出て行った。
随分と時間が経ってから、冷たいタバコのにおいを纏って妹は戻って来た。笑いを堪えている。
「商談成立!やったー!」とバンザイしてる。
「隣の広いアパート、あっちは改装しないんだって。そこ、同じ家賃で借りることになった。ヒヒヒ!」
なんでも、時間を置いたら管理会社のおじさんはすっかり機嫌が良くなっていて、電話に出ると「あなたの言い分も良く分かるんですよ」から始まり、二人で日本の建築史とバブル以降おかしくなった不動産業について長々語りあったそうなのだ。
実のところ、おじさんは日々心の内で嘆いていた。
「僕だって、昔ながらの建物を残しておきたいんです」。
(by Anne)

和室

2010年2月11日 (木)

干し芋大好き!

サツマイモにはあまり興味がなかった私。オーガニック食材のデリバリをたのむようになってから、時々野菜セットにサツマイモが入っていることがあり、その度にどう調理しようか悩んでいた。悩んだ甲斐あってか、今やサツマイモ狂と自称できる程、やたらと食するようになったのだ。お鍋やカレーやさつま汁に入れるのは当然のこと、和風ラタトゥイユやマッシュ、そしてりんごと合わせてきんとんにしたり。ウチの子まで巻き込んで、「サツマイモさえあれば」の手抜き離乳食を与えている。そもそも昨年の妊娠中、一日干し芋を2個分ぐらい頬張っていたから、ウチの子の将来は芋兄ちゃんかもしれない。
このサツマイモ好きに拍車がかかったのは、高知の「東山」(現地では「ほしか」と呼ぶらしい)のせいだ。菩提寺の和尚様が、毎年里便りと言って送って下さる、『美味しんぼ』的に言うならば、「究極の」干し芋だ。高知県の山奥で、普通の金時でない高知産品種を干したり湯がいたり寒風に晒したりして作るらしいが、まるでキャラメルのようなお味だ。ほんの少し炙ってみると、それはもう、バナナケーキのような美味しさで、口にする度に私は天地がひっくりかえるような感動を覚えるのだった。
今年も、この嬉しい里便りが届いた。昨年は2人分食べていたからあっという間になくなってしまったが、今年は、大切に、大切に、頂いている。
(by Anne)

東山
手前が少し炙ったもの。奥がそのままの東山。

2010年2月 9日 (火)

小さなケーキ

ウチの子のお友達、N君の1歳のお誕生日パーティーに招かれた。
N君のママの手作りケーキに、私が感動!
かわいい小さなショートケーキだ。
聞けば、ホットケーキを何枚も重ねて、水切りしたヨーグルトを塗って、イチゴとキウィを散らしただけ、とのこと。これなら忙しくても作れそうだし、お砂糖も微量なので子供達にも安心だ。
ケーキを出されたN君は、というと、ろうそくの火にうっとり。
いくつになったら消せるかな。
(by Anne)


小さなケーキ

2010年2月 2日 (火)

大きな赤ちゃん

赤ちゃんの成長はなんてスピーディーなんだろう!
あんなに小さかったウチの子は、もう8ヶ月!
生後間もない、まだパリに居た頃、色々な先輩ママが「あっという間に大きくなるから、今を楽しんでね」と抱っこのポーズをして私にアドバイスしてくれた。みんな口を揃えて「今を楽しんでね」と、全く同じ台詞を言っていたから、よほどあっという間なんだろうと思ったが、実感がなかった当時の私は半信半疑だった。
それから日本に帰ってきて、ママ友が数人できた。彼女達は、グチもこぼさず、赤ちゃんのお世話を楽々こなし、まるで絵に描いたような素敵なママライフを送っているように見えた。そんな姿を見る度に、私って母親失格なんじゃないか、という思いが頭をよぎる事もあった。産後の疲れが非常に長く続いた私にとって、慣れない赤ちゃんのお世話は、正直、大変だった。毎日ヒーヒー状態。度々ウチの子に「よし、がんばろう!」と声をかけて、主人がいない月曜日から金曜日は、まるで二人三脚しているような日々が続いた。パリで何度と聞いた、「あっという間だから」という言葉を思い出しては、時にはその言葉を疑って、時には励みにして、まるで延々と続くような一日一日を過ごした。
当然すぎて、記すまでもないが、だからといって、悲しい日々なわけでは、勿論ない。
生後6ヶ月までの、まだあまり反応のない赤ちゃんと過ごす日々に、単なる楽しさや幸せよりも、もっと不思議な幸福感を私は感じていた。まるで魂が揺さぶれるような、長く深く静かな、感動的な日々だった。
しかし、6ヶ月を過ぎたころだった。「あっと言う間」というのは本当だった。その頃から、赤ちゃんとの生活に自分が随分と慣れていることに気付き、あっという間に7ヶ月、気付いたら8ヶ月を過ぎていた。時が経つのがどんどん早く感じるようになると同時に、ウチの子はどんどん人間らしくなり、ケタケタ笑い、ウーウーはしゃぎ、ギャアギャア泣き、おすわりから、ハイハイ、つかまり立ち、つたい歩きまでし始めた。こうしてウチの子との生活が現実味を増して、楽しい育児生活にどんどんなってくると、面白いぐらいに、あの、魂が揺さぶれるような、神秘的で感動的な時間がフェードアウトしていったのだ。
先日、すでに着れなくなった小さなロンパースをたたみながら、しみじみ感じた。
もう、小さな赤ちゃんじゃなくなっちゃったね。
元気に成長してくれた喜びをおおいにかみしめながら、ほんの少しだけ帰らぬ日々を惜しんで、悲しくなった。
(by Anne)


小さなベビー服

« 2010年1月 | トップページ | 2010年4月 »