金儲け住宅
昨年の夏から急遽東京暮らしをスタートさせた妹の話だ。
いきなり東京での就職が決まった妹は、ものすごい勢いでパリのアパルトマンを片付けると、スーツケースとリュックサックそれぞれひとつずつ担いで飛行機に乗った。
東京に到着するなり、まずは住まいを決めないと、と不動産屋巡りを開始したわけだが、長年パリで生活したせいか、日本びいきの外国人的な趣味を持っていて、なんでも住まいは日本家屋、障子は譲ったとしてもせめて畳がないと住みたくないと言い張っていたのだった。ところが、日本なのに、そんな物件を見つけるのは意外と安易ではなかった。本人曰くけっこう苦労したそうだが、幸い最終的に、ウチの近所に『お気に召す』部屋が見つかり、契約書に即サインをしたのだった。
鍵をもらうと、四方八方から中古家具や電化製品をかき集め、自分好みに和室を装飾した妹は、ご満悦。
この引っ越し大騒動も、まあまあスムーズで、よござんした、と私は横目で眺め、またいつもの育児生活に戻った。
そんな矢先に妹が、額の汗をぬぐいながらウチに入ってきた。鼻息が荒い。「あーもー、むかつく!あーもー、どうしよう!」などと騒いでいるので、訳をきいてみた。
管理会社のおじさんが家にやってきて、大家さんがアパートの改装工事をしたいので、数日間となりの空き部屋に移ってくれ、というそうなのだ。
当然、妹は怒った。しばしの移動に、ではない。改装工事に、だ。あれほど内装にこだわってやっとこさ見つけた物件なのだから、怒るのもよくわかる。しかし、管理会社のおじさんには、妹の怒りの訳を理解できない様子。
「和室が洋室になるんですよ。しかも契約期間中はいままで通りの家賃でけっこうですので。どうです?いいでしょ」。
まるで、こんな美味しい話はないでしょう、と言わんばかりの態度だったそうだ。
妹は「そんな洋室なんて、ケッコウ、コケコッコー!」とののしりたくなる気持ちをグッとこらえて、そんなおかしな話はない、契約違反だ、和室だからわざわざここを選んだのに、洋室になったらいくら同じ家賃だと言われても住む訳にはいかない、また新しい物件を探さなくてはいけない、そもそも日本の建築を薄っぺらい洋室デザインが壊すなんてとんでもない、などなど、捲し立てた。面倒くさいぐらい理屈っぽい妹らしい。戦ったのだ。今妹に出てかれちゃ、管理会社は困る。おじさんは、焦った様子で交渉を試みた。
「ではいったい、いくらだったら改装後ここにすんでも良いと?」
妹はのけぞった。そして腕を組んで、「そりゃ、ただで、ですよ!」と言い放った。
おじさんの顔は、見る見るうちに赤くなり、怒りが爆発したかのように怒鳴った。
「そんなの、無茶ですよ!」
真剣そのものだ。
おじさんの口から飛び散った唾をよけながら、妹は吹き出しそうになった。
まったくユーモアの欠片もない人ね!それぐらい改装された洋室に住みたくないってことなのに!
しかし呆れるのは心の中でだけにしておいた。
その場は、後日また連絡するということで、おじさんは引き上げた。
それでも興奮状態が尾を引いた妹は、気持ちを宥めるためにウチにやってきたわけだったのだ。
そんな件を話して、解決法を主人と妹で練ってる最中に電話が鳴った。妹の携帯にだ。妹は番号を確認すると、私達に「管理会社」と目配せして、タバコを左手、携帯を右手に外に出て行った。
随分と時間が経ってから、冷たいタバコのにおいを纏って妹は戻って来た。笑いを堪えている。
「商談成立!やったー!」とバンザイしてる。
「隣の広いアパート、あっちは改装しないんだって。そこ、同じ家賃で借りることになった。ヒヒヒ!」
なんでも、時間を置いたら管理会社のおじさんはすっかり機嫌が良くなっていて、電話に出ると「あなたの言い分も良く分かるんですよ」から始まり、二人で日本の建築史とバブル以降おかしくなった不動産業について長々語りあったそうなのだ。
実のところ、おじさんは日々心の内で嘆いていた。
「僕だって、昔ながらの建物を残しておきたいんです」。
(by Anne)