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2013年11月 5日 (火)

我が家もアメリカひじき

まさか自分が「アメリカひじき」を食べることになるとは思わなかった。

野坂昭如の短編『アメリカひじき』に、アメリカ軍の落下傘がたまたま近所に落ちて、見てみると生活用品や食料の箱で、それを町のみんなで分け合ったという話がある。

箱の中には、砂糖やチョコレートなど当時の日本人にとっては宝のようなものが詰まっており、それに紛れて、縮れた黒い糸くずのようなものも入っていた、とある。

アメリカ産のひじきだと思い込んだ主人公の母が、煮てみると煮汁が赤く染まったので、アメリカ産のは灰汁が強いんだと何度も水を取り替えて、塩で味付けして食べたそうだ。

その味わいは、もの凄く不味かった、と。

後に、このアメリカひじきたるものが、紅茶葉だったと分かったそうだ。

出涸らしを食べてしまった、というわけ!

そりゃあ、不味いでしょ、と思わず笑ってしまう大好きな話だ。

その話はさて置き、今度は非常識の話。

私が子供をもつことになるずっと前のある晩のこと。

私は親戚の家に、夜の10時半に電話をかけた。

確かに遅い時間だ。

電話をかけるのを少しためらったが、急ぎの用だったし、謝れば良いかな、という甘い気持ちだった。

「もしもし。こんばんは。アンヌですけど、遅い時間にごめんなさい。今大丈夫ですか?」

一応気を使ったつもりが、相手は無言。

一呼吸おいてから、挨拶があるのかと思えば、「何時だと思ってるの?」から始まる、私がどれだけ非常識かの長いお説教が始まった。

まぁ、確かに遅い時間に電話をかけた私が悪かった。

それにしても、夜中の12時でもないし、と腑に落ちない気持ちも正直あった。

ところが、私自身がいざ子持ちになると、夜の10時半はおろか、9時、もっというと、8時半でさえ電話をかけてこられると、ムッとしないではいられなくなった。

子供を寝かしつけようと必死に戦っている、戦場のような時間帯に電話をかけてくるなんて、なんたること。

非常識にも程がある!

私もかつての親戚さながら、お説教したい気持ちになるのは、恐らく小さな子供をかかえる親なら、共感してもらえるだろう。

有り難い筈の宅配便の「ピンポーン」でさえ、お断りしたいくらい。

やっと寝付いた矢先のピンポーンは、子供にとっての目覚まし時計のごとく。

また1から寝かしつけのやり直しをさせられるはめになるのだから、落胆する。

せっかく掴んだ蜘蛛の糸を途中で切られるようなものだ。

入り口に「呼び出しベルは鳴らさないでください」と張り紙をしたこともあった。

というわけで、夜の電話は非常識と思う部類の人間に、手のひらをかえしたように変わった私。

携帯電話のメールの着信音でさえ、あーあ、今送らないで欲しかった。。。と呟く時もある私。

それくらい、ウチの子は寝付きが悪い。

先日も、中々寝ないウチの子に添い寝をして、しめしめ、もう少しで寝てくれる、とホッとし始めた途端、ブルブルとメールの着信音が鳴った。

バイブレーションとはいえ、この時間帯のブルブルは爆音だ。

この時も、「子よ、どうか目を覚まさないで!」という願いと、

「まったくけしからん!非常識だ!」という腹立たしさと、重たい眠たさが混ざった複雑な気持ちで携帯をチェックした。

親友からだ。

お互い仕事と子育てで慌ただしく、なかなか会えない、別名「スポ根アイドル」。

非常識と思ったけれど、やっぱり大切な親友だしと、頑張って返事を打った。

「元気?来月こそは会えるかな?私も時間調整してみるね。

夏にフランス行った時のお土産、チョコレートと紅茶だけど、なかなか渡せなかったから食べちゃったよ、ごめんね」。

我が子を起こさないように急いで打ち終えて寝てしまいたかったから、「チョコレートは食べて、紅茶の方はウチで飲んでしまおうと思って、缶開けちゃったよ」などと長文にはせず、できるだけ略文で送った。

しかし、どうやら略しすぎたようだ。

翌日、驚いたメールが返信されてきた。

「えええ!!食べちゃったの?紅茶も?ウケるぅ~!」と。

私は「そうですとも。貴重なアメリカひじきですから。」と返事しておいたのだ。

(by Anne)

Img_1925

我が家の「アメリカひじき」ならぬリプトンのオレンジ・ティー。

紅茶派か、コーヒー派かに別れがちだが、私は紅茶派。

日本ではなかなか入手できないこの貴重なリプトンのオレンジ・ティーは、私の朝食の定番です。

ちなみに、亡き父に影響されて、妹はラプソン・スーション派。午後の紅茶とされますが、朝から500ミリリットル飲んでます。

でも、親戚は、香りのついた紅茶は邪道だと、ダージリング贔屓です。

亡き祖父も、ダージリングでないと紅茶じゃないと断言していました。

2010年2月11日 (木)

干し芋大好き!

サツマイモにはあまり興味がなかった私。オーガニック食材のデリバリをたのむようになってから、時々野菜セットにサツマイモが入っていることがあり、その度にどう調理しようか悩んでいた。悩んだ甲斐あってか、今やサツマイモ狂と自称できる程、やたらと食するようになったのだ。お鍋やカレーやさつま汁に入れるのは当然のこと、和風ラタトゥイユやマッシュ、そしてりんごと合わせてきんとんにしたり。ウチの子まで巻き込んで、「サツマイモさえあれば」の手抜き離乳食を与えている。そもそも昨年の妊娠中、一日干し芋を2個分ぐらい頬張っていたから、ウチの子の将来は芋兄ちゃんかもしれない。
このサツマイモ好きに拍車がかかったのは、高知の「東山」(現地では「ほしか」と呼ぶらしい)のせいだ。菩提寺の和尚様が、毎年里便りと言って送って下さる、『美味しんぼ』的に言うならば、「究極の」干し芋だ。高知県の山奥で、普通の金時でない高知産品種を干したり湯がいたり寒風に晒したりして作るらしいが、まるでキャラメルのようなお味だ。ほんの少し炙ってみると、それはもう、バナナケーキのような美味しさで、口にする度に私は天地がひっくりかえるような感動を覚えるのだった。
今年も、この嬉しい里便りが届いた。昨年は2人分食べていたからあっという間になくなってしまったが、今年は、大切に、大切に、頂いている。
(by Anne)

東山
手前が少し炙ったもの。奥がそのままの東山。

2010年2月 9日 (火)

小さなケーキ

ウチの子のお友達、N君の1歳のお誕生日パーティーに招かれた。
N君のママの手作りケーキに、私が感動!
かわいい小さなショートケーキだ。
聞けば、ホットケーキを何枚も重ねて、水切りしたヨーグルトを塗って、イチゴとキウィを散らしただけ、とのこと。これなら忙しくても作れそうだし、お砂糖も微量なので子供達にも安心だ。
ケーキを出されたN君は、というと、ろうそくの火にうっとり。
いくつになったら消せるかな。
(by Anne)


小さなケーキ

2008年7月30日 (水)

下田珍道中/その2

(つづき)エッ!?石ころ?いや、フジツボだ!驚愕とは、まさにその時の私。食事中、フジツボは頭から離れなかった。なんでフジツボなの?正面でお刺身をがっついてる大分漁師町出身のトムも、「ウチの田舎だって食べないゼ」と言っている。もしかして、ここはヤミ鍋ならぬヤミ味噌汁を食わすところなのかしら?観光客用の味噌汁なんて、適当なものをぶち込んでおけば良い、ということかしら?と、メチャメチャ、ナンセンスな想像をしてしまう。あまりに気になったのでお会計の際に、聞いてみた。失礼のないように。「フジツボなんて初めてでした」。すると、そう言われたことに驚いた様子で、「あ、そうですか!この辺じゃ、私の子供の頃なんか、こればっかです。これが一番良いダシがでるんです」と説明してくれ、一枚のA4コピーをくれた。先ほど口にしたフジツボ入り味噌汁の説明が書いてある。「お椀の中に磯がある」とあり、十種類以上もの貝などが紹介されている。本当に地元の味なんだ。またしても驚愕。確かに味は美味しかった。お店を出るとスーパーに立寄り、CAVAを買った。小屋に戻って飲みながら、レッカーって言うのか知らないが、ウチの車をなんとかしてくれる人を待った。しかし待てど暮らせど、なんとかしてくれる人は来ない。眠気と戦う努力をしない私は、その時ばかりは薄情で、一人サッサッと寝てしまった。なんとかしてくれる人は翌朝の6時になってようやく来たらしい。車は東京へ運ばれて行った。それでも一日下田に残ってビーチを楽しみたかったので、タクシーで海へ行った。夕方になるとまた、タクシーをビーチに呼んだ。その足で温泉へ。温泉からもタクシーで下田の駅へ。東京へはレンタカーをせず、電車で帰ることにしたからだ。乗車券を買い、荷物の整理をしていると、食べかけのパンを小屋のソファーに置き忘れてきたことに気付いた。またしばらくは閉めっぱなしの真夏の小屋に、食べかけのパン。蟻がウヨウヨ寄ってくるのが想像できた。慌ててタクシーで取りに戻った。下田駅から小屋まで、小屋から下田駅まで。食べかけのパンのために往復5千円。「やんなっちゃうわね」と一息ついて、いよいよ電車に乗ろうとした、その時。私は腰を折り曲げて叫んだ!「私、スニーカー、小屋に忘れて来ちゃった!」。他のみんなは私を睨んだ。冷ややかに「また5000円」と書かれた目を見れば、「もちろん戻らないわよ」と返事をするしかないだろう。帰りの踊り子号の中で私はまだ驚愕のフジツボを思い出し、その余韻は家に帰るまで尾を引いていた。エメラルドグリーンの海を思えば、これしきの珍道中なんてどうってことない。けれど、フジツボ味噌汁だけはどうってことないで終わらせたくない。皆様にも是非味わって頂きたいものだ。(by Anne)


緑のレース2
金目鯛もお刺身も、そして目玉のフジツボ味噌汁も、全部写真にとったのに、なぜか消えている。珍道中らしくて良いけれど、実に地元っぽくて美味しくて、良いお食事処だったので、また是非行きたい。お刺身は、切り方もとってもきれいでした。。。


2008年7月29日 (火)

下田珍道中/その1

海の日の頃を狙って下田の海に泳ぎに行くのは恒例となっている。泳ぎにというよりは、浮きに、といったほうが適切だろう。とはいえ、夏期の休日といえば軽井沢で木こりばかりしている私達にとって、張り切って下田で海坊主もどきをしても、生っ白い肌じゃ格好もつかないのが口惜しいところだけれど、日本とは思えないエメラルドグリ−ンの海を目の前にすると、なんだかいろんなことがどうでも良くなってくる。東京からは少し距離があるが、その美しさと開放感のためだったら、4時間ぐらいの運転もたいしたことはなく、毎年飽きもせずに遊びに行っている。とはいえ、下田を熟知しているとは言いがたい。毎回同じ行動パターンを繰り返しているだけだから。
朝早く東京を発ち、10時ぐらいに親戚の小屋に到着。それから、毎回同じビーチへ向かい、パラソルを立てて一寝入り。暑さで目が覚めて、海に入り、しばらく波乗りをすると、丁度ランチタイム。近くの洋風海の家でクラブサンドやカレーを食べて、またビーチへ。人が少なくなる夕方までのんびり過ごした後、いつもの温泉へ向かう。その後は、いつもの定食屋で夕食。二泊する時はいつものお寿司屋さんにも顔を出す。そしてスーパーでワインを買って小屋に戻り、みんなで飲んで、おやすみなさいだ。未だかつてこのスケジュールに狂いが生じたことはない。
ところが、先日は最初っから変だった。3人で行く筈が4人になり、それが5人になったことから始まった。そこまでは、よくあること。しかし1人が、前乗りするかもしれない、レンタカーをするかもしれないと言い出して、出発当日になっても一体何人がウチの車に乗るのか分からなかった。結局、レンタカーを手配するにはトゥーレイト。ギリギリになって予定通り5人車に乗っての出発となった。食に対する拘りは到底譲れはしない私たちだが、その晩に限って、先を急ぐためにファミレスで済ませたのも今となっては珍行動だ。それでも東名を下りて、小田厚から西湘バイパスを抜けるまではスムーズだった。しかし真鶴に着いた頃、いきなり車がピーピー騒ぎだし、STOPしろという。具合が悪いらしい。その後もちょっと動かすとピーピー言う。高速が通っていないド田舎で、深夜営業のガソリンスタンドを見つけるまで相当時間がかかった。やっと見つけたと思ったら、石油代高騰のしわ寄せで深夜は無人営業となっていた。車を点検してもらえない。仕方なく、休ませては動かし、ピーピー言われては休ませと、騙し騙しでなんとか下田に辿り着けた。予定到着時刻を遥かに過ぎた、深夜2時。眠い。とにかく車のことは明日考えよう、とスカーレット・オハラさながらその日は寝たのだった。翌日は、嬉しいことに快晴だった。一刻も早くビーチへ行こうと、車の点検は後回しにした。朝食は下田駅前のマック。仕事で忙しい時、マックのバーガーを齧るという主人を白い目で見ていた私も、いつの間にか最近は「じゃ、マック行こう!」と提案するようになった。100円コーヒーが驚くほど美味しい。すると目の前を東京のご近所さんが通った。なんでまたこんなところに!大騒ぎで挨拶をした後、別のビーチに急ぐ彼らに手を振って、私たちも海へ繰り出した。車は相変わらずピーピー言っていたけど、やがて気にならなくなった。海は透き通ったエメラルドグリーンに輝いていた。私たちはパラソルの下に半分体を入れて、ジャンクフードとジャンクマガジンを広げ、ジャンクな会話を楽しみ、飽きた頃、波乗りをした。ランチタイムになるといつもの洋風海の家でクラブサンドやパスタをたのんだ。けれどメチャメチャ待たされた。おまけに出てきたコーラとペリエは炭酸が抜けきっていた。メチャメチャ不機嫌になりそうなところを私らしからずグッと我慢して、大人しくビーチに戻った。何度も何度も波乗りをして遊んだ後、いつもの温泉に向かった。温泉はメチャメチャ混んでいた。食事をしようといつもの定食屋へ行くと、メチャメチャ混んでいた。あきらめていつものお寿司屋さんに行ったら、そこもメチャメチャ混んでいた。どこもかしこもメチャメチャ三昧。もはや今夜は断食か。そう思った頃、一軒の御食事処から5人ぞろぞろ出てきたのを発見。一目散にその暖簾に突っ込んだ。「入れますかぁ?」「ああ、今片付けるね」。困った様子もなく入れてくれる。混んでない。ひょっとして評判の悪い店なのかしら?でも断食よりはマシ。注文の後、目の前に金目鯛の煮付けが置かれると、その大きさに驚いた。二人前はあるだろう。とりあえず付け合わせのお味噌汁をすすろうとして、お箸でそっとかき回したその時。ゴロゴロッと何かが見えた。つづく。(by Anne)

緑のレース1
折角撮った下田の写真も、なぜか全て削除されていた。今回のこの旅は、もう、なにもかも、メチャメチャ。写真がないと殺風景なので、緑をお見せいたします。


2008年6月 5日 (木)

レスカリエ

古くからの知り合いがビストロをオープンした。『Bistrot L'Escalier (ビストロ レスカリエ)』。階段と言う名前のこのお店は、名前のとおり、自由が丘の駅から徒歩5分くらいのところの、木造の階段を上った2階にある。入るとかわいらしいオブジェやポスターなどが飾られていて、全体的に茶色とレモン色のトーンで纏められたアットホームのお店。ドアや窓や照明をみても、オーナーシェフのさりげないけど徹底した好みが分かる。昔から、なんかセンス良い人だな、と思っていたから然程驚きはしなかった。しかしもっと驚いたのは料理の方だ。以前、彼に会う度に、「オレなんて」を呟いていたし、料理自慢は聞いた事も無いし、経歴はどうやら一流らしいのだがまったく謙虚だし、で、本当に失礼な話だが、プロの料理人というより、趣味の料理人というイメージがあった。いやいや、お見それしました。本当に美味しい!それに本当に私好みのフランス家庭料理を作ってくれる。それに量もしっかりある。ちょくちょく足を運んでしまいそうだ。私が頂いたメニューは以下。(by Anne)

リエット
先付け的な感じでブタのリエットが。これがほんのり生姜風味で美味しい。

野菜のテリーヌ
前菜に野菜のテリーヌ。ここの人気メニューで、まるでお花畑のようなプレート。さっぱりとしたテリーヌの脇に、半熟卵と生ハムが添えてある。ソースのお味もとっておきで、小さな宝が詰ってるよう。

ブフブーギニョン
メインにはブフ・ブーギニョン。ビストロ料理の定番、牛肉の赤ワイン煮だ。これは私の十八番なので、シェフの腕前を拝見しようと頼んだ。うーん。やっぱりワタシの作るのとは違う!丁寧で洗練された味。付け合わせには、ピュレーとインゲンやエリンギなど。バランスとれてて嬉しい一品。

ヌガーグラッセ
そしてデザート!これには参りました。手作りヌガーアイス。軽くて、カラメルコーティングされたナッツは歯ごたえが良く、本当に美味しい!奥はキャラメルプリン。
他のプレートも是非トライしたい。
http://www.bistrot-lescalier.com/


2008年5月27日 (火)

暑い!怠い!冷やし中華だ!

冷やし中華はわりと多くの人に好かれる夏のメニューだが、とりわけウチの主人の好物だ。真冬でも食べたいと言い出しかねない程だ。体を冷やす食べ物だから、夏にしか出さない。マクロビオティック的には、トッピングのハムや卵を抜かせば、陰性の食べ物で、体の熱を外に出し、体を冷やすと言われるもの。同時にこうした食べ物は、バリバリ仕事をしたり集中していた体が陽性に傾き過ぎてカチカチになっているのを、緩める作用がある。だから、ウチの主人は仕事から帰って来るとビールの代わりに、冷やし中華が食べたくなるのだと思う。疲れて帰ってくればくるほど、冷やし中華、冷やしうどん、青菜のおひたし、冷や奴、アイスクリーム、などなどしか喉を通らないらしく、バランスの取れた食生活を崇めるワタシも流石に玄米を彼の喉に押し込もうとはしない。そんな時は「あら、そう、じゃあ、冷やし中華食べる?」と聞くのだ。先日、今年になって初めて、そう聞いた。その時の嬉しそうな顔ったらなかった。しかし、通常の冷やし中華を作るとなると、皆さんは何をトッピングされますか?ワタシはどうしても、ハムに含まれる発色剤のような添加物が気になるので避けたくなる。無添加のハムは高いし、卵も海老も、とにかく動物性のものは省きたい、でもタンパク質は必要、という時の冷やし中華を作りました。トッピングには、胡瓜、貝割れ大根、自家製もやしのナムル、無添加紅生姜、それにタンパク質にはグルテンミート(もしくはコーフー)のスライスをのせただけ。グルテンの代わりに油揚げをグリルしてスライスしたものをのせる時もある。う〜ん、ヘルシーだわ〜。(by Anne)

冷やし中華ベジ
麺はオーガニックデリバリや自然食品店で購入。麺に卵などの動物性のものが入っていることもあるが、それはここでは気にしないことに。

2008年5月23日 (金)

ジャミラカレー/その2

(つづき)ジャミラは見て呉れだけでなく、性格も大人びていた。言葉のできない私をことあるごとに誘い出すような、面倒見の良さもあったし、お洒落でクレオパトラのように美しい彼女には沢山のボーイフレンドがいただけでなく、10歳も年上の彼氏とも対等に話ている様子だった。チヤホヤされて多少我が侭なところはあったけれどチャーミングで、まるで御姫様のような彼女は、お姫様にふさわしく、お掃除とお料理が、いくつになっても苦手だった。高校生にもなれば、私はパスタやサラダくらいはできるようになっていたが、ジャミラの方はてんでダメだった。18歳になってもパスタのゆで方も知らないと知った時だけが、唯一彼女が幼く見えた時だった。
私達が20歳になった頃の事だ。ジャミラはすでに実家を離れて広いアパルトマンに新しい彼氏と住んでいた。「私のところでディナーをするから、もし良かったら来て」という誘いを受けて、私は華やかな彼女に会うのを常々楽しみにしていたから、当然「行く」と答えた。招待客は10人程。一体誰が10人分のディナーを作るんだろう?と疑問に思った。ヌヌとか呼ばれていたお手伝いさんかな?前に招待された時は元カレが料理をしていたから、今回も新しい彼が用意するのかもしれない。しかし、テーブルに大きなお皿を運んで来たジャミラは、「これ、私が作ったの」と誇らしそうに言った。黄色いカレーだった。鳥の胸肉とバナナだけがゴロゴロと浮かんでいるカレー。私はこのカレーを忘れはしない。あまりの美味しさに一晩中、美味しかった、美味しかった、とオウムのように繰り替えたことも。唯一料理だけは、彼女に対して優越感を保っていた私の、最後の砦が崩されたことも。
そのカレーを、先日私はスーパーで思い出し、女友達に食べさせようと材料を買った。料理に慣れていなかったジャミラが作ったものだ。少なくともレシピは簡単な筈。鶏肉をぶつ切りにし、バナナもぶつ切りにし、ゆっくり炒めて甘さを出した玉ねぎに混ぜて、ココナツミルクとカレー粉、クミン、コリアンダー、生姜、ニンニク、塩、胡椒などを混ぜ合わせれば良いだろうと。一時間くらいで簡単に出来た。最後にドバッと白いすりごまを入れてみたらコクが出た。玄米と共にテーブルに出すと、女友達たちは、バナナの味の意外さに驚き、美味しいと言っておかわりをしてくれたのだった。
ところで、このジャミラカレー、ジャミラが作ったからそう呼んでいる。ジャマイカンカレーではありません。ジャミラは、「これ、私が作ったの」と誇らしそうに言ったあと、「キューバカレーよ」と付け加えたのだった。(by Anne)

シフォンケーキ
友達の『趣味の良いチンドン屋』も招いた。彼女が持ってきてくれたケーキは、新しい大丸の一階にある、キース・マンハッタンで買って来たそうな。見た目も可愛いけど、味も美味しい。後日、彼女から自宅でジャミラカレーを作ってみたとのメールが来た。ところが、「ココナツミルクが無かったから、豆乳で作ってみた。でも、バナナも無かったんでただの豆乳チキンカレーになったよ。しかもカレー粉も小さじ1杯分しか無かったので、ウコン、クミン、シナモン、生姜、ニンニクをガバーっと入れて、ジャガイモと一緒に煮込んだ」とある。結構美味しくできたらしく、「私って天才!」と自画自賛していた。でも、それじゃジャミラカレーじゃない。。。

2008年5月22日 (木)

ジャミラカレー/その1

ジャマイカンカレーのことではありません。先日、外に食べに出かけてばかりいないで、たまにはウチで食べましょうということになり、女友達3人を招待した。招待したは良いが、ようやく肌寒い日々から抜け出した日で、衣替えの方は半分済ませてはいたものの、日々の食事は体が温まるものばかりをまだ作っていたからこうも突然暑くなると、メニューが思い浮かばない。シチューのようなものは作る気になれないし、グリルしたとしてもお肉は暑苦しい。お魚にするか、どうしよう。通常お客様をしても、メニューぐらいパッと浮かぶのだが、珍しく何を作ろうか迷った。とりあえず、スーパーに出かけていき、野菜のコーナーで人参やジャガイモやブロッコリーとにらめっこしてみた。しかしなかなかアイディアが浮かばない。なにか、もっと、夏の予感がするような、バカンスっぽいメニューはないだろうか。南国を思わせるような、…。私はエメラルドグリーンの海に囲まれた南の島を思い浮かべた。ココヤシの木やバナナの木が風でゆらゆら揺れる。あ!そうだ、ジャミラだ!ジャミラカレーを作ろう!16年くらい前に食べたカレーの記憶を、我ながらよく思い出した、と関心した。それはジャミラという友達が作ったカレーだった。
フランスに移住してすぐ、私は現地の中学校へ通わされたのだが、まず最初に、クラスメイトが非常に大人びていたのに圧倒された。中学生なのに大人の女性のようにお化粧をして、アクセサリーをつけて、当時流行っていたボレロやブーツをお洒落に着こなしているのだ。彼女達と並ぶと、私はまるで幼稚園児。自分の稚拙さを恥じて、こんなに素敵なクラスメイトでは、かりに言葉の壁が無くなったとしても友達にはなれないだろうと、彼女達に憧れながらも思った。1週間後、母は母の友人の家に私を連れ出した。「あなたと同じ年の女の子がいるから、紹介するわ」と母に言われて。いくらなんでも学校のクラスメイトみたいに大人っぽくはないだろう。お友達になれるかもしれないと期待した。母はアパルトマンのベルを鳴らした。中から、ハーイと聞こえる。私と同い年の女の子だろうか?どきどきした。ドアが開くと、金髪の長くて真っ直ぐな髪の毛をかきあげ、大きなピアスが光る耳をチラリと見せた背の高い女性が現れた。そして「あら、こんにちは」と平然と挨拶をしたので、私は母の友達、要するに私と同じ年の娘を持つ女性が出て来たのだ、と思った。しかし母は「こんにちはジャミラ」と言った。母の友達ではなかった。この女性が私と同じ年?目を疑った。クラスメイトの誰よりも大人びている。とても14歳に見えない。もしそうだとしたら、私はあまりに幼すぎる。日本に居る時はそれなりにマセていただけに、傷ついた。どうか、なにかの間違いでありますように。どうか、1歳でも2歳でも彼女の方が年上でありますように。そう願ってみたが、ジャミラの干支は猪。生まれ月は9月。私と全く同じ、14歳半だった。つづく。(by Anne)

ジャミラカレー

土鍋に入れて

2008年5月 7日 (水)

初ガツオならぬ初ウツボ

高知にある菩提寺の和尚様は、ときどき「里便りです」と、土佐の名物を送って下さる。一ヶ月前、母が東京に滞在していた時には、藁で炙った沢山の鰹のタタキが届き、親戚一同で感動しながら食した。それからしばらくして、母がパリに帰ったころ、和尚様からメールが。土佐にはウツボのタタキという、知る人ぞ知る名物がある、是非食べてみては如何だろうか、興味があれば送る、といった内容だった。「ウツボねぇ…」と、考えていた矢先に和尚様からの電話。「明々後日そちらに届くようにしましたから」とおっしゃる。珍味にトライするのはとても楽しい。私は嬉しくなって、クール宅急便が届くのを待ち構えていた。ウツボのタタキって、一体どんなものなのだろう?柔らかいのかな、固いのかな、美味しいのかな?ウツボの顔を想像すると、若干ゾゾッとするが、和尚様が「生前の姿は想像しないで」とおっしゃったので、余計な事は考えないよう努め、珍味のお出ましを待つことにした。いよいよ翌日ウツボが届くといったその晩のこと。私は夢を見た。
台所に立っていると、ピンポーンとベルが鳴る。「ウツボだわ!」とドアを開いて箱を受け取る。台所で開けてみる。なんだ、白身のお魚の切り身みたい。生前のグロテスクなイメージと全然違う。ホッとした。お刺身のように丁寧に薄く切る。一口食べてみる。淡白な味わいだ。結構美味しいものなのね。全部切り終えて、いざお皿に並べようとしたら、大波がやってきた。そしてウツボの切り身を全部流してしまった。大変だ!折角和尚様が送って下さったのに!私はウツボの切り身を拾いに、海女さんのように、海底へ潜っていった…。
目が覚めると汗びっしょりになっていた。翌日、ウツボが届くと、夢だったことを再確認して安堵した。いざ開けてみると、夢で見た姿とそっくりで驚いた。ほんの少し切って食べてみると、やっぱり淡白ですっきりした味わい。デジャビューだった。夢の印象と少し違ったのは、お魚というより鶏肉に近いような感じを受けたことと、ぴったりとくっついているコラーゲンだ。活力が湧く気がしてきた。するとピロピロピロと携帯が鳴った。見ると従姉からだ。「アンちゃん、今晩何してる?」とある。一緒に食事に出かけようかというつもりなのだろう。タイミングがメチャメチャ良いではないか!「ウツボ食べるからウチにおいで」と返事したら、大喜びでやってきた。ウツボを味わうのはスムーズだったが、なにせ食べ慣れないから色々な食べ物と比較したり、似せてみたりして、頭の中の食べ物メモリーにインプットさせた。かすかに後を引く独特の臭みに、そのうちハマるかもしれない。なによりも土佐便りを里便りと言って、いろいろと送って下さる和尚様の心配りにジーンとするのである。(by Anne)

ウツボのタタキ
玉ねぎと、ニンニクと、ネギと、ショウガ、と共に、添付されていた絶品のポン酢醤油で、頂いた。余った分は、翌日竜田揚げにしてみた。甘酢味噌でも美味しそう。