2008年7月30日 (水)

下田珍道中/その2

(つづき)エッ!?石ころ?いや、フジツボだ!驚愕とは、まさにその時の私。食事中、フジツボは頭から離れなかった。なんでフジツボなの?正面でお刺身をがっついてる大分漁師町出身のトムも、「ウチの田舎だって食べないゼ」と言っている。もしかして、ここはヤミ鍋ならぬヤミ味噌汁を食わすところなのかしら?観光客用の味噌汁なんて、適当なものをぶち込んでおけば良い、ということかしら?と、メチャメチャ、ナンセンスな想像をしてしまう。あまりに気になったのでお会計の際に、聞いてみた。失礼のないように。「フジツボなんて初めてでした」。すると、そう言われたことに驚いた様子で、「あ、そうですか!この辺じゃ、私の子供の頃なんか、こればっかです。これが一番良いダシがでるんです」と説明してくれ、一枚のA4コピーをくれた。先ほど口にしたフジツボ入り味噌汁の説明が書いてある。「お椀の中に磯がある」とあり、十種類以上もの貝などが紹介されている。本当に地元の味なんだ。またしても驚愕。確かに味は美味しかった。お店を出るとスーパーに立寄り、CAVAを買った。小屋に戻って飲みながら、レッカーって言うのか知らないが、ウチの車をなんとかしてくれる人を待った。しかし待てど暮らせど、なんとかしてくれる人は来ない。眠気と戦う努力をしない私は、その時ばかりは薄情で、一人サッサッと寝てしまった。なんとかしてくれる人は翌朝の6時になってようやく来たらしい。車は東京へ運ばれて行った。それでも一日下田に残ってビーチを楽しみたかったので、タクシーで海へ行った。夕方になるとまた、タクシーをビーチに呼んだ。その足で温泉へ。温泉からもタクシーで下田の駅へ。東京へはレンタカーをせず、電車で帰ることにしたからだ。乗車券を買い、荷物の整理をしていると、食べかけのパンを小屋のソファーに置き忘れてきたことに気付いた。またしばらくは閉めっぱなしの真夏の小屋に、食べかけのパン。蟻がウヨウヨ寄ってくるのが想像できた。慌ててタクシーで取りに戻った。下田駅から小屋まで、小屋から下田駅まで。食べかけのパンのために往復5千円。「やんなっちゃうわね」と一息ついて、いよいよ電車に乗ろうとした、その時。私は腰を折り曲げて叫んだ!「私、スニーカー、小屋に忘れて来ちゃった!」。他のみんなは私を睨んだ。冷ややかに「また5000円」と書かれた目を見れば、「もちろん戻らないわよ」と返事をするしかないだろう。帰りの踊り子号の中で私はまだ驚愕のフジツボを思い出し、その余韻は家に帰るまで尾を引いていた。エメラルドグリーンの海を思えば、これしきの珍道中なんてどうってことない。けれど、フジツボ味噌汁だけはどうってことないで終わらせたくない。皆様にも是非味わって頂きたいものだ。(by Anne)


緑のレース2
金目鯛もお刺身も、そして目玉のフジツボ味噌汁も、全部写真にとったのに、なぜか消えている。珍道中らしくて良いけれど、実に地元っぽくて美味しくて、良いお食事処だったので、また是非行きたい。お刺身は、切り方もとってもきれいでした。。。


| | トラックバック (0)

2008年7月29日 (火)

下田珍道中/その1

海の日の頃を狙って下田の海に泳ぎに行くのは恒例となっている。泳ぎにというよりは、浮きに、といったほうが適切だろう。とはいえ、夏期の休日といえば軽井沢で木こりばかりしている私達にとって、張り切って下田で海坊主もどきをしても、生っ白い肌じゃ格好もつかないのが口惜しいところだけれど、日本とは思えないエメラルドグリ−ンの海を目の前にすると、なんだかいろんなことがどうでも良くなってくる。東京からは少し距離があるが、その美しさと開放感のためだったら、4時間ぐらいの運転もたいしたことはなく、毎年飽きもせずに遊びに行っている。とはいえ、下田を熟知しているとは言いがたい。毎回同じ行動パターンを繰り返しているだけだから。
朝早く東京を発ち、10時ぐらいに親戚の小屋に到着。それから、毎回同じビーチへ向かい、パラソルを立てて一寝入り。暑さで目が覚めて、海に入り、しばらく波乗りをすると、丁度ランチタイム。近くの洋風海の家でクラブサンドやカレーを食べて、またビーチへ。人が少なくなる夕方までのんびり過ごした後、いつもの温泉へ向かう。その後は、いつもの定食屋で夕食。二泊する時はいつものお寿司屋さんにも顔を出す。そしてスーパーでワインを買って小屋に戻り、みんなで飲んで、おやすみなさいだ。未だかつてこのスケジュールに狂いが生じたことはない。
ところが、先日は最初っから変だった。3人で行く筈が4人になり、それが5人になったことから始まった。そこまでは、よくあること。しかし1人が、前乗りするかもしれない、レンタカーをするかもしれないと言い出して、出発当日になっても一体何人がウチの車に乗るのか分からなかった。結局、レンタカーを手配するにはトゥーレイト。ギリギリになって予定通り5人車に乗っての出発となった。食に対する拘りは到底譲れはしない私たちだが、その晩に限って、先を急ぐためにファミレスで済ませたのも今となっては珍行動だ。それでも東名を下りて、小田厚から西湘バイパスを抜けるまではスムーズだった。しかし真鶴に着いた頃、いきなり車がピーピー騒ぎだし、STOPしろという。具合が悪いらしい。その後もちょっと動かすとピーピー言う。高速が通っていないド田舎で、深夜営業のガソリンスタンドを見つけるまで相当時間がかかった。やっと見つけたと思ったら、石油代高騰のしわ寄せで深夜は無人営業となっていた。車を点検してもらえない。仕方なく、休ませては動かし、ピーピー言われては休ませと、騙し騙しでなんとか下田に辿り着けた。予定到着時刻を遥かに過ぎた、深夜2時。眠い。とにかく車のことは明日考えよう、とスカーレット・オハラさながらその日は寝たのだった。翌日は、嬉しいことに快晴だった。一刻も早くビーチへ行こうと、車の点検は後回しにした。朝食は下田駅前のマック。仕事で忙しい時、マックのバーガーを齧るという主人を白い目で見ていた私も、いつの間にか最近は「じゃ、マック行こう!」と提案するようになった。100円コーヒーが驚くほど美味しい。すると目の前を東京のご近所さんが通った。なんでまたこんなところに!大騒ぎで挨拶をした後、別のビーチに急ぐ彼らに手を振って、私たちも海へ繰り出した。車は相変わらずピーピー言っていたけど、やがて気にならなくなった。海は透き通ったエメラルドグリーンに輝いていた。私たちはパラソルの下に半分体を入れて、ジャンクフードとジャンクマガジンを広げ、ジャンクな会話を楽しみ、飽きた頃、波乗りをした。ランチタイムになるといつもの洋風海の家でクラブサンドやパスタをたのんだ。けれどメチャメチャ待たされた。おまけに出てきたコーラとペリエは炭酸が抜けきっていた。メチャメチャ不機嫌になりそうなところを私らしからずグッと我慢して、大人しくビーチに戻った。何度も何度も波乗りをして遊んだ後、いつもの温泉に向かった。温泉はメチャメチャ混んでいた。食事をしようといつもの定食屋へ行くと、メチャメチャ混んでいた。あきらめていつものお寿司屋さんに行ったら、そこもメチャメチャ混んでいた。どこもかしこもメチャメチャ三昧。もはや今夜は断食か。そう思った頃、一軒の御食事処から5人ぞろぞろ出てきたのを発見。一目散にその暖簾に突っ込んだ。「入れますかぁ?」「ああ、今片付けるね」。困った様子もなく入れてくれる。混んでない。ひょっとして評判の悪い店なのかしら?でも断食よりはマシ。注文の後、目の前に金目鯛の煮付けが置かれると、その大きさに驚いた。二人前はあるだろう。とりあえず付け合わせのお味噌汁をすすろうとして、お箸でそっとかき回したその時。ゴロゴロッと何かが見えた。つづく。(by Anne)

緑のレース1
折角撮った下田の写真も、なぜか全て削除されていた。今回のこの旅は、もう、なにもかも、メチャメチャ。写真がないと殺風景なので、緑をお見せいたします。


| | トラックバック (0)

2008年6月 5日 (木)

レスカリエ

古くからの知り合いがビストロをオープンした。『Bistrot L'Escalier (ビストロ レスカリエ)』。階段と言う名前のこのお店は、名前のとおり、自由が丘の駅から徒歩5分くらいのところの、木造の階段を上った2階にある。入るとかわいらしいオブジェやポスターなどが飾られていて、全体的に茶色とレモン色のトーンで纏められたアットホームのお店。ドアや窓や照明をみても、オーナーシェフのさりげないけど徹底した好みが分かる。昔から、なんかセンス良い人だな、と思っていたから然程驚きはしなかった。しかしもっと驚いたのは料理の方だ。以前、彼に会う度に、「オレなんて」を呟いていたし、料理自慢は聞いた事も無いし、経歴はどうやら一流らしいのだがまったく謙虚だし、で、本当に失礼な話だが、プロの料理人というより、趣味の料理人というイメージがあった。いやいや、お見それしました。本当に美味しい!それに本当に私好みのフランス家庭料理を作ってくれる。それに量もしっかりある。ちょくちょく足を運んでしまいそうだ。私が頂いたメニューは以下。(by Anne)

リエット
先付け的な感じでブタのリエットが。これがほんのり生姜風味で美味しい。

野菜のテリーヌ
前菜に野菜のテリーヌ。ここの人気メニューで、まるでお花畑のようなプレート。さっぱりとしたテリーヌの脇に、半熟卵と生ハムが添えてある。ソースのお味もとっておきで、小さな宝が詰ってるよう。

ブフブーギニョン
メインにはブフ・ブーギニョン。ビストロ料理の定番、牛肉の赤ワイン煮だ。これは私の十八番なので、シェフの腕前を拝見しようと頼んだ。うーん。やっぱりワタシの作るのとは違う!丁寧で洗練された味。付け合わせには、ピュレーとインゲンやエリンギなど。バランスとれてて嬉しい一品。

ヌガーグラッセ
そしてデザート!これには参りました。手作りヌガーアイス。軽くて、カラメルコーティングされたナッツは歯ごたえが良く、本当に美味しい!奥はキャラメルプリン。
他のプレートも是非トライしたい。
http://www.bistrot-lescalier.com/


| | トラックバック (0)

2008年5月27日 (火)

暑い!怠い!冷やし中華だ!

冷やし中華はわりと多くの人に好かれる夏のメニューだが、とりわけウチの主人の好物だ。真冬でも食べたいと言い出しかねない程だ。体を冷やす食べ物だから、夏にしか出さない。マクロビオティック的には、トッピングのハムや卵を抜かせば、陰性の食べ物で、体の熱を外に出し、体を冷やすと言われるもの。同時にこうした食べ物は、バリバリ仕事をしたり集中していた体が陽性に傾き過ぎてカチカチになっているのを、緩める作用がある。だから、ウチの主人は仕事から帰って来るとビールの代わりに、冷やし中華が食べたくなるのだと思う。疲れて帰ってくればくるほど、冷やし中華、冷やしうどん、青菜のおひたし、冷や奴、アイスクリーム、などなどしか喉を通らないらしく、バランスの取れた食生活を崇めるワタシも流石に玄米を彼の喉に押し込もうとはしない。そんな時は「あら、そう、じゃあ、冷やし中華食べる?」と聞くのだ。先日、今年になって初めて、そう聞いた。その時の嬉しそうな顔ったらなかった。しかし、通常の冷やし中華を作るとなると、皆さんは何をトッピングされますか?ワタシはどうしても、ハムに含まれる発色剤のような添加物が気になるので避けたくなる。無添加のハムは高いし、卵も海老も、とにかく動物性のものは省きたい、でもタンパク質は必要、という時の冷やし中華を作りました。トッピングには、胡瓜、貝割れ大根、自家製もやしのナムル、無添加紅生姜、それにタンパク質にはグルテンミート(もしくはコーフー)のスライスをのせただけ。グルテンの代わりに油揚げをグリルしてスライスしたものをのせる時もある。う〜ん、ヘルシーだわ〜。(by Anne)

冷やし中華ベジ
麺はオーガニックデリバリや自然食品店で購入。麺に卵などの動物性のものが入っていることもあるが、それはここでは気にしないことに。

| | トラックバック (0)

2008年5月23日 (金)

ジャミラカレー/その2

(つづき)ジャミラは見て呉れだけでなく、性格も大人びていた。言葉のできない私をことあるごとに誘い出すような、面倒見の良さもあったし、お洒落でクレオパトラのように美しい彼女には沢山のボーイフレンドがいただけでなく、10歳も年上の彼氏とも対等に話ている様子だった。チヤホヤされて多少我が侭なところはあったけれどチャーミングで、まるで御姫様のような彼女は、お姫様にふさわしく、お掃除とお料理が、いくつになっても苦手だった。高校生にもなれば、私はパスタやサラダくらいはできるようになっていたが、ジャミラの方はてんでダメだった。18歳になってもパスタのゆで方も知らないと知った時だけが、唯一彼女が幼く見えた時だった。
私達が20歳になった頃の事だ。ジャミラはすでに実家を離れて広いアパルトマンに新しい彼氏と住んでいた。「私のところでディナーをするから、もし良かったら来て」という誘いを受けて、私は華やかな彼女に会うのを常々楽しみにしていたから、当然「行く」と答えた。招待客は10人程。一体誰が10人分のディナーを作るんだろう?と疑問に思った。ヌヌとか呼ばれていたお手伝いさんかな?前に招待された時は元カレが料理をしていたから、今回も新しい彼が用意するのかもしれない。しかし、テーブルに大きなお皿を運んで来たジャミラは、「これ、私が作ったの」と誇らしそうに言った。黄色いカレーだった。鳥の胸肉とバナナだけがゴロゴロと浮かんでいるカレー。私はこのカレーを忘れはしない。あまりの美味しさに一晩中、美味しかった、美味しかった、とオウムのように繰り替えたことも。唯一料理だけは、彼女に対して優越感を保っていた私の、最後の砦が崩されたことも。
そのカレーを、先日私はスーパーで思い出し、女友達に食べさせようと材料を買った。料理に慣れていなかったジャミラが作ったものだ。少なくともレシピは簡単な筈。鶏肉をぶつ切りにし、バナナもぶつ切りにし、ゆっくり炒めて甘さを出した玉ねぎに混ぜて、ココナツミルクとカレー粉、クミン、コリアンダー、生姜、ニンニク、塩、胡椒などを混ぜ合わせれば良いだろうと。一時間くらいで簡単に出来た。最後にドバッと白いすりごまを入れてみたらコクが出た。玄米と共にテーブルに出すと、女友達たちは、バナナの味の意外さに驚き、美味しいと言っておかわりをしてくれたのだった。
ところで、このジャミラカレー、ジャミラが作ったからそう呼んでいる。ジャマイカンカレーではありません。ジャミラは、「これ、私が作ったの」と誇らしそうに言ったあと、「キューバカレーよ」と付け加えたのだった。(by Anne)

シフォンケーキ
友達の『趣味の良いチンドン屋』も招いた。彼女が持ってきてくれたケーキは、新しい大丸の一階にある、キース・マンハッタンで買って来たそうな。見た目も可愛いけど、味も美味しい。後日、彼女から自宅でジャミラカレーを作ってみたとのメールが来た。ところが、「ココナツミルクが無かったから、豆乳で作ってみた。でも、バナナも無かったんでただの豆乳チキンカレーになったよ。しかもカレー粉も小さじ1杯分しか無かったので、ウコン、クミン、シナモン、生姜、ニンニクをガバーっと入れて、ジャガイモと一緒に煮込んだ」とある。結構美味しくできたらしく、「私って天才!」と自画自賛していた。でも、それじゃジャミラカレーじゃない。。。

| | トラックバック (0)

2008年5月22日 (木)

ジャミラカレー/その1

ジャマイカンカレーのことではありません。先日、外に食べに出かけてばかりいないで、たまにはウチで食べましょうということになり、女友達3人を招待した。招待したは良いが、ようやく肌寒い日々から抜け出した日で、衣替えの方は半分済ませてはいたものの、日々の食事は体が温まるものばかりをまだ作っていたからこうも突然暑くなると、メニューが思い浮かばない。シチューのようなものは作る気になれないし、グリルしたとしてもお肉は暑苦しい。お魚にするか、どうしよう。通常お客様をしても、メニューぐらいパッと浮かぶのだが、珍しく何を作ろうか迷った。とりあえず、スーパーに出かけていき、野菜のコーナーで人参やジャガイモやブロッコリーとにらめっこしてみた。しかしなかなかアイディアが浮かばない。なにか、もっと、夏の予感がするような、バカンスっぽいメニューはないだろうか。南国を思わせるような、…。私はエメラルドグリーンの海に囲まれた南の島を思い浮かべた。ココヤシの木やバナナの木が風でゆらゆら揺れる。あ!そうだ、ジャミラだ!ジャミラカレーを作ろう!16年くらい前に食べたカレーの記憶を、我ながらよく思い出した、と関心した。それはジャミラという友達が作ったカレーだった。
フランスに移住してすぐ、私は現地の中学校へ通わされたのだが、まず最初に、クラスメイトが非常に大人びていたのに圧倒された。中学生なのに大人の女性のようにお化粧をして、アクセサリーをつけて、当時流行っていたボレロやブーツをお洒落に着こなしているのだ。彼女達と並ぶと、私はまるで幼稚園児。自分の稚拙さを恥じて、こんなに素敵なクラスメイトでは、かりに言葉の壁が無くなったとしても友達にはなれないだろうと、彼女達に憧れながらも思った。1週間後、母は母の友人の家に私を連れ出した。「あなたと同じ年の女の子がいるから、紹介するわ」と母に言われて。いくらなんでも学校のクラスメイトみたいに大人っぽくはないだろう。お友達になれるかもしれないと期待した。母はアパルトマンのベルを鳴らした。中から、ハーイと聞こえる。私と同い年の女の子だろうか?どきどきした。ドアが開くと、金髪の長くて真っ直ぐな髪の毛をかきあげ、大きなピアスが光る耳をチラリと見せた背の高い女性が現れた。そして「あら、こんにちは」と平然と挨拶をしたので、私は母の友達、要するに私と同じ年の娘を持つ女性が出て来たのだ、と思った。しかし母は「こんにちはジャミラ」と言った。母の友達ではなかった。この女性が私と同じ年?目を疑った。クラスメイトの誰よりも大人びている。とても14歳に見えない。もしそうだとしたら、私はあまりに幼すぎる。日本に居る時はそれなりにマセていただけに、傷ついた。どうか、なにかの間違いでありますように。どうか、1歳でも2歳でも彼女の方が年上でありますように。そう願ってみたが、ジャミラの干支は猪。生まれ月は9月。私と全く同じ、14歳半だった。つづく。(by Anne)

ジャミラカレー

土鍋に入れて

| | トラックバック (0)

2008年5月 7日 (水)

初ガツオならぬ初ウツボ

高知にある菩提寺の和尚様は、ときどき「里便りです」と、土佐の名物を送って下さる。一ヶ月前、母が東京に滞在していた時には、藁で炙った沢山の鰹のタタキが届き、親戚一同で感動しながら食した。それからしばらくして、母がパリに帰ったころ、和尚様からメールが。土佐にはウツボのタタキという、知る人ぞ知る名物がある、是非食べてみては如何だろうか、興味があれば送る、といった内容だった。「ウツボねぇ…」と、考えていた矢先に和尚様からの電話。「明々後日そちらに届くようにしましたから」とおっしゃる。珍味にトライするのはとても楽しい。私は嬉しくなって、クール宅急便が届くのを待ち構えていた。ウツボのタタキって、一体どんなものなのだろう?柔らかいのかな、固いのかな、美味しいのかな?ウツボの顔を想像すると、若干ゾゾッとするが、和尚様が「生前の姿は想像しないで」とおっしゃったので、余計な事は考えないよう努め、珍味のお出ましを待つことにした。いよいよ翌日ウツボが届くといったその晩のこと。私は夢を見た。
台所に立っていると、ピンポーンとベルが鳴る。「ウツボだわ!」とドアを開いて箱を受け取る。台所で開けてみる。なんだ、白身のお魚の切り身みたい。生前のグロテスクなイメージと全然違う。ホッとした。お刺身のように丁寧に薄く切る。一口食べてみる。淡白な味わいだ。結構美味しいものなのね。全部切り終えて、いざお皿に並べようとしたら、大波がやってきた。そしてウツボの切り身を全部流してしまった。大変だ!折角和尚様が送って下さったのに!私はウツボの切り身を拾いに、海女さんのように、海底へ潜っていった…。
目が覚めると汗びっしょりになっていた。翌日、ウツボが届くと、夢だったことを再確認して安堵した。いざ開けてみると、夢で見た姿とそっくりで驚いた。ほんの少し切って食べてみると、やっぱり淡白ですっきりした味わい。デジャビューだった。夢の印象と少し違ったのは、お魚というより鶏肉に近いような感じを受けたことと、ぴったりとくっついているコラーゲンだ。活力が湧く気がしてきた。するとピロピロピロと携帯が鳴った。見ると従姉からだ。「アンちゃん、今晩何してる?」とある。一緒に食事に出かけようかというつもりなのだろう。タイミングがメチャメチャ良いではないか!「ウツボ食べるからウチにおいで」と返事したら、大喜びでやってきた。ウツボを味わうのはスムーズだったが、なにせ食べ慣れないから色々な食べ物と比較したり、似せてみたりして、頭の中の食べ物メモリーにインプットさせた。かすかに後を引く独特の臭みに、そのうちハマるかもしれない。なによりも土佐便りを里便りと言って、いろいろと送って下さる和尚様の心配りにジーンとするのである。(by Anne)

ウツボのタタキ
玉ねぎと、ニンニクと、ネギと、ショウガ、と共に、添付されていた絶品のポン酢醤油で、頂いた。余った分は、翌日竜田揚げにしてみた。甘酢味噌でも美味しそう。

| | トラックバック (0)

2008年3月12日 (水)

私の耳はダンボの耳/その1

『耳をダンボにして』という表現は普通に通用するのだろうか?これって私特有の表現だろうか?とにかく、良く言えば上品な、と言って肯定したい、福耳とはほど遠い私の耳が、ダンボの耳のように大きくなる時がある。1人で外でお茶をしている時など、ふと隣の人の会話が耳に入ってきてしまうのは、きっと私だけでないと思う。盗聴するつもりは勿論ないが、会話がなんとなく耳に入って来くると、人はいったいどんな意見や考えをもっているのだろうかという興味本位から、ついつい耳を峙ててしまうこともある。盗み聞き。と言ってしまうと、とっても悪いことをしているような気がする。反省するべきなのか悩むところだ。
先日午前中に少しヘコむ事があったので、気分転換のつもりでランチに元気の出る鰻を食べに行った。まったくもってやる気のない鰻屋に。いつも暖簾をくぐって入ると面倒くさそうな顔をされる所だ。満席の時も、待てとは言わず帰らすし、明らかに満席でない時も満席だと言って断わるし。座っているお客さんの方から相席を勧められて、やっと入れてもらえるといった、商売っけのない地味な店だ。しかし私はここの鰻じゃないと食べられない、と言うくらい気に入っている。鰻の好みの話を昔友達として、それぞれ違うものなんだと知って驚いたことがあった。私は、といえば、周りがカリッと上手い具合に焦げていて、後の部分はふっくらジューシーの鰻に、タレが最小限の量かかっていて、そして上から山椒を山盛りかけて、舌が少々しびれるくらいで頂くのが好みだ。
長い間待って、丁度、私が鰻に箸を付けようとした時。ガラガラと戸が開き、50代ぐらいの、恐らく主婦と思われる3人がお喋りしながら入ってきた。案の状、お店のおかみさんは「今、いっぱいで…」と断ろうとしている。私の後ろに居た客は今帰ったばかり。4人掛けのテーブル席は食器を片付ければ座れる筈だ。1人がそのテーブルを指すと、おかみさんは渋々案内した。1人が、また先ほどの話の続きをするかのように、「でもさぁ、ほら、あの人は鰻好きじゃないから…」と言った。すると他の2人が頷こうとする間もなく、おかみさんは、しめた、と思ったのか、「鰻がお好きでない方がいらっしゃるなら、うちでは…」と断ろうとした。慌てて別の1人が「いえいえ、今は来ない他の人の話をしてたんです」と説明して、3人組はやっとこさ席に着けたのだった。つづく。(by Anne)

鰻
商売っけのないおかみさんと3人組に気を取られていた私は、写真を撮るのをすっかり忘れていた。食べかけの鰻。相変わらず私好み。早く続きが食べたいあまりに、写真が変でも撮り直さないことにした。ご勘弁を。

| | トラックバック (0)

2008年3月 5日 (水)

これがムーランだ!

昨日話した手動のこし器、ムーランとはこのことだ。はっきり言って、収納にはかなり困ります。(by Anne)
ムーラン


| | トラックバック (0)

2008年3月 4日 (火)

ムーラン、生き残る!

マクロビオティックのお料理教室で、ムーランを使ってカボチャのスープを作った時があった。そのスープの甘くて優しい味わいにうっとりして、即ムーランを購入した。一万円ぐらいだったと思う。ムーランとは、フランスでシェフ達も使っている、手動のこし器。取手をぐるぐる回して、野菜などをすりつぶしながらこす、見た目もローテクな物体だ。購入したことが嬉しくて、すぐにカボチャを買って、スープを作ろうとした。ところが、蒸したカボチャをムーランに入れてこそうとした時。いくらぐるぐる回してもこせないのだ。こせないどころか、噛み合わせの部分がすぐに外れてしまう。これは不良品に違いない。そう思った私は返品するつもりで入っていたケースに閉まった。しばらくの間、玄関に置きっぱなしにしていたら、日本に来た妹がそのムーランを見て叫んだ。「きゃあ!アンヌ!バカだね!ムーランなんて買ったの?」と。聞けば、ムーランはちっとも使えない器具らしい。不良品だから上手くこせなかったのではないと断言された。私はそこで返品するのを断念して、燃えないゴミの日に出すことにしたのだ。しかし、一万円出して買ったムーランを一度も使わず捨てるのには、勇気がいった。またしばらく玄関に置きっぱなしにして、数ヶ月が過ぎた、年末、私はパリの実家でムーランを見た。母と妹も主人も居るところで、私はムーランを指差し、「ムーランなんて買ったの?」と、以前妹に言われた馬鹿にしたような口調で聞いた。直ぐに妹が飛んで来て、「アンヌ、知らないの?これ、すっごい良いんだよ。」数ヶ月前に言っていた事とは違うじゃないか!「マッシュポテトをこれで作ると味が全然違うの」と付け加える。しかし母は一度も使っていないらしい。東京に戻ってきて、主人がムーランの話を思い出し、玄関に置き去りにしているムーランを引っ張り出した。「これ、きっと使えるよ」。そう言って、彼はジャガイモを買いに出かけた。その晩、彼が作ってくれたマッシュポテトは、ビロードのようなテキスチャーの、優しい味だった。ムーラン最高!捨てないで良かった!ちなみに私は器具の組み方を間違えていたようだったのだ。とほほ。(by Anne)

鴨とマッシュ
鴨のローストのグリーン・ペッパー・ソースと主人がムーランで作ったマッシュポテト。しかし、このメニューはマクロビオティックではありえない。

| | トラックバック (0)

2008年2月15日 (金)

切り干しフィーヴァー

相も変わらず切り干し大根熱は冷めておらず、スーパーやデリバリカタログで見かける度についつい2袋は買ってしまう私。私があまりに好きだから、友達の「趣味の良いチンドン屋」は、鹿児島産の珍しい切り干し大根をプレゼントしてくれた。鼻を近づけるとお日様の良い香り。「うーん、良い香り!私、この香り、気が狂う程好きなの」と言って笑うと、私がどれほどこの食材が好きかを理解してくれたようで、「そんなに!」と彼女は驚いていた。その切り干し大根はスパゲッティーのような変わった形をしていて、東京では多分手に入らないので、未だに大切に戸棚に閉まってある。しかし、食べなきゃ意味ない。あんまり大切に閉まっておくと真っ茶色になってしまうだろう。と、思ったが、今日は戸棚を開かずにデリバリで注文した山口県祝島産の『寒干し大根』で煮物を作ってみた。こちらは分厚く短く切ってあるもの。通常私たちがスーパーで目にする細い千切りのものとは違って、歯ごたえがある。本当は梅酢とお醤油で和えるサラダ風の食べ方が一番好きなのだが、作り過ぎて少し飽きたので、なんとか美味しい煮物にできないかと考えた。切り干し大根が十分甘いのに、鰹ダシや味醂やお砂糖とかで、くたんくたんに甘く煮た切り干し大根は正直、苦手だ。なので、胡麻油で炒めた後、お水とお醤油だけで調理してみた。最後に、世界一美味しいと言われるカンボジア産の黒胡椒を多めにかけたのが良かったのかも。私好みの味になって、ゆっぴー!
レシピ:切り干し大根50g、油揚げ1枚(細く千切り)、竹輪麩1本(輪切り)、胡麻油、水(ひたひた位)、質の良い醤油大さじ2位、黒胡椒(カンボジア産ならなお良い)。炒めて、水を加えて、少し柔らかくなったらお醤油を回し入れて、煮詰めるだけ。最後に胡椒をふりかけて。(by Anne)

切り干しの煮物胡椒風味
子供の頃、給食で竹輪麩を食べた時、こんなにぼやけた食感のつまらない食べ物があるものかと驚いた。以来、嫌いな食べ物というよりも、相手にしない食べ物となった。しかし、なぜか数ヶ月前から竹輪麩が大好きになったのだ。あの、ぼやけた感じがたまらない、という具合に。味覚は変わるものだなぁ。

| | トラックバック (0)

2007年12月28日 (金)

官能的なパプリカ/その3

いくら典型的なフランス料理を作っても、作った人が日本人だと、フランス人は日本風の料理だと思い込むと言う話は、母の作った赤ピーマンの話で終わる予定だった。しかし、その後日談ができてしまったので、ここにメモします。
フランスのクリスマス・シーズンは、日本のお正月と同じように、1週間くらいの間、親や親戚や兄弟達と毎日のように食事会をする。今日は両親と、明日の昼は伯父叔母と、あさっての夜は義父母と、といった具合に。毎日、フォアグラやキャヴィアやターキーなどを食べなきゃいけないから、胃も肝臓もくたびれ果てて大晦日の夜を迎える。そして、さらに追い打ちをかけるように、ガブガブとお酒を飲みながら年越しをするので、ついたちの日はみんな泥のように過ごすというわけだ。なので、それに習って、私たちも24日の晩はウチで家族と共にディナーだったが、26日には妹のパートナーのご両親宅で、クリスマスディナーだった。妹のパートナーはフランスとカンボジアのハーフだから、お母さんはフランス人でお父さんはカンボジア人。お家に入ると、東南アジアの家具や装飾品が、フランススタイルの家の中に趣味よく飾ってあった。テーブルに着いて、またもや、お約束のフォアグラをいただき、モエ・シャンドンのプルミエ・クリュの細かい泡を楽しみ、レモンを絞ってスモーク・サーモンをいただき、シャブリ(なのにセレクトが良いせいか華やかな香り)を楽しみ…。うう、苦しい。すでにお腹いっぱい。メインに入る前に暖炉の前でお喋りしながらしばらく休憩していると、キッチンからお母さんのダニーがプレートを持って出て来た。「できたわよ。暖かいうちにどうぞ」。そう言って、プレートをテーブルの上に置いた。カンボジアの食器だ。中のお料理は綺麗なレモンクリーム色の何か。わあ、おいしそう。私は両手を合わせて、「素敵!これは、カンボジア料理ね!」と言った。妹を筆頭に、みんなに大笑いされてしまった。あーあ!私もやってしまった!カンボジア人のお宅でのお料理は、カンボジア風に違いないという先入観が、私の中にもあったのだ!母のピーマン料理を、ジャポネ?と言ったフランス人のグレッグを笑い者にしている場合じゃないのだ。ダニーのレモン色のお料理は、「子羊のレモンソース煮込み」。フランス料理だった。(by Anne)

レモンソース煮込み
ダニーの「子羊のレモンソース煮込み」。カンボジアの器に入っているから、うっかりカンボジア料理が入っているのかと。レシピを聞くと、卵の黄身4つとレモン汁4個分を混ぜて、子羊を煮込んだブイヨンで溶かし、煮詰めてソース状にする。上からセルフィーユを散らす。だそうだ。

コーヒー味のビュッシュ
またもやダニーはお手製のビュッシュ・ド・ノエルを作ってくれた。今回はコーヒー味。飾りのサンタさんは30年以上前から、毎年一度顔を出すのだという。もはやアンチークになりつつあるこのサンタさんの表情は、やや気味悪く、それがなぜかキュートなのだ。

| | トラックバック (0)

2007年12月26日 (水)

寛大な奥さん

先週から主人の妹、要するに義妹がパリに来ている。英語と日本語のバイリンガルだからか、彼女は物事を色々な視点から見れるようで、たまにふと口にする一言に私は意表を突かれることがある。その心地の良い驚きは、義妹が来てから数日、幾度かその心地の良い驚きがあって、しばしば私は可笑しくなったり考えを改めさせられたりしているわけだ。昨日もそんなことがあった。24日のクリスマス・イブは、フランスでは大概家族で過ごすもだから、私たちも親の家で、妹のパートナーの両親を招きいて8人で祝った。牡蠣から始まり、フォアグラのイチジクソース、それにあの「官能的なパプリカ」、鴨の丸焼きに栗のスタッフィング、ポテトのピュレーに蕪のリソレ、デザートにはビュッシュ・ド・ノエルだった。シャンパーニュは奮発してベル・エポック1998、白はシャブリ・グランクリュのグルヌイユ(04)、赤はサン・ロマン(04)とシャトー・カントゥメルル(98)、などだった。翌日の昨日は、その残り物でシンプルにディナーをした。サクッと済ませるつもりだったが、結局色々な話をし始めたら、あっという間に11時半を回っていた。私の手の甲に、「11:30」と大きくマジックで書いてあるのを目にして、ヤバイ、と思った。東京に居る主人から、その日は絶対に7時半に起こしてくれと頼まれていたからだ。危うく忘れるところだった。時差が8時間だから、今モーニングコールをすれば、まだ間に合う。向こうは朝の7時40分頃だろう。私は主人に電話をかけた。「もしもし」。少し眠そうな声だ。本当に起きているのかそうでないのか分からない。「おはよう。7時半過ぎちゃった。時間よ。起きて」。そう声をかけた。主人は、「うん」だとか、「大丈夫」だとか言っている。朝が苦手な彼だけに、私は本当に起きれているかどうか心配になって、しつこい位何度も声をかけた。「起きて」。「起きて」。「起きて」。電話の向こうの声がはっきりしてきた。「起きて、起きて、起きて、起きてね、じゃあね、切るよ、起きてね、じゃあね、おやすみー」。私は電話を切った。義妹が横で大笑いしていた。「なんて寛大な奥さんなの?」と言って。
これだけの話で、本当はここでストップしたいところ。解説を付けると、ユーモアのセンスも何もなくなっちゃって、ダサくなる。だけど、義妹のリアクションはちょっとズレた感じで変わってるから、やっぱり説明しないと訳が分からないかもしれない。私は主人に起きるよう言っておきながら、おやすみと言ったこと。それはこちらはもう寝る時間だからなのだが、時差がある状況をイメージしないで、電話の言葉だけ聞くとちょっと変だ、と義妹は笑ったのだ。散々「起きて」と言っておきながら、「じゃあ、おやすみ」なんて矛盾していると。確かにそうだ。そこで「寛大な奥さん」だと彼女が言ったのは、恐らく、起こしたけど、寝たければ寝てても良いのよ、と言っているようだから、ということなのだろう。義妹のちょっと変わった視点は、またしても私を笑わせてくれたのだった。(by Anne)

ビュッシュ
ダニーのお手製ビュッシュ・ド・ノエル。マロン風味。
ベル・エポック
イヴに飲んだワインの空き瓶たち。

| | トラックバック (0)

2007年11月28日 (水)

柿と白菜、案外仲良し

晩秋を迎える今日このごろ、そろそろ柿のシーズンも終盤に入った。もうこの頃になったらめったに未熟な柿にできわすことはないだろうと思っていたのだが、デリバリで届いた先日の柿は、そういう品種なのかやたら固くて甘みに欠けていた。朝食中に、皮を剥いてフォークで突いて齧っていたが、寝ぼけた頭がだんだん冴えてきたら、なんだかつまらないもの食べているなぁと思い始めた。齧りかけの柿をマジマジと見つめてみると、色は淡いオレンジで、黒の斑点ははっきりとしていて、見るからに固そうだった。だもんで、そのまま食べ続けることをあきらめ、残りをラップに包んで、考えた。どうしよう、この柿。普通にフルーツとして生で食べるのには、ちょっと違う。煮込んでしまおうか?フルーツが熟れ過ぎた場合は良いかもしれないけど、熟してないときはどうかな?しかも柿よね?柿のジャムなんて聞いた事無い。やっぱりもっと確実なアレンジ法にしよう、と思った。渋谷ののれん街の漬け物屋さんに、蕪と柿の浅漬けみたいなものがあったな。あれのマネをすれば、きっとヘタなことにはならないだろう。そこで、ウチの冷蔵庫を開けてみた。しかし蕪はなかった。そこで白菜にした。芯の部分、あの白くて固いところなら、ま、蕪みたいなものでしょ、と。白菜を太めの棒状に切って、ボウルに入れ、塩もみをして水分をきっておく。そこに短冊切りにした柿を混ぜて、お酢(米、林檎、梅、なんでも)と昆布茶少々と、醤油ほんの少々で味をつけてみた。タッパーに入れて、しばらく冷蔵庫で眠らせて。ふーん。柿と白菜、案外合う。他にも、この柿をふつうにグリーンサラダに入れて、フレンチドレッシングで頂いてみたりもしたが、おいしい!ちなみに、熟れてない洋梨は、クレソンだけのサラダに入れて、フレンチドレッシングをかけて食べるべき。ラムチョップと一緒に、友達のリザが出してくれた時は、あまりの美味しさに早速翌日作ろうとスーパーで未熟の洋梨を探してみた。しかし、どの洋梨も素晴らしく熟れて美味しそうだったので断念。次にスーパーに行った時は、幸い熟れていない洋梨を見つけたが、クレソンは無かった。というわけで未だに、そのサラダを作れた試しがない。幻のサラダだ。(by Anne)

柿と白菜
私はタッパ−で少し眠らせたが、漬け物の重石やプレスなどを使っても。


| | トラックバック (0)

2007年10月30日 (火)

酒の味

ワイン、ワイン、ワイン、ワイン、たまに少しだけビール、という私。しかし昨日は日本酒を飲んだ。先日、ピンポーンとベルが鳴り、出ると黒猫だと言う。ドアを開けると日本酒を差し出された。クール宅急便だ。それは高知県佐川町から、「里便りです」と、ウチの菩提寺の和尚様が届けて下さった司牡丹のお酒。『深尾』という銘柄のものだ。この純米大吟醸原酒は、司牡丹の最高ランクのお酒のさらに最高の部分だけを取って、最高の貯蔵法を施し、一本一本おり引きを行なった、究極のお酒、という代物なのだ。日本酒に関して詳しくはないけれど、冷やして頂くと、洋梨のような香りがポワンと繊細に口の中に広がって、うっかり2〜3合飲んでしまう位、美味しいのだ。和尚様が、このお酒をこうして「里便り」と届けて下さるのには、訳がある。関ヶ原の戦いの勲功ということで、山内一豊から、恐れ多くもウチの先祖が佐川領一万石を預かったそうだ。それが深尾和泉守重良という人で、私の曾×13祖父にあたる。この人のお抱え酒屋が、司牡丹の遠祖にあたるそうで、「深尾」の名を冠してこのお酒を造ったそうなのだ。今回母が、日本に来ているということもあっての黒猫便。先祖を讃えた乾杯の意味も含めて和尚様がこうして末裔に届けて下さるお気遣いは、味わえる喜びも当然伴って、嬉しいばかりだ。うっしっし。ところで、この黒猫便におまけが入っていた。同じく司牡丹の純米大吟醸だが、「槽掛け雫酒」というものも数本!パッケージングで味の善し悪しを、味わう前から推測してしまう悪い癖から、銀色の箱を見るなり、早速「美味しそう」と呟いた。しまった!と思った。先入観が入るとちゃんと味をジャッジできなくなるかもしれない。その日は頂かないで、先入観が消える頃を待つことにした。3日ほど冷蔵庫で眠らせて、昨日、そういえば、と思い出して味わってみた。これはこれは!とろーりとしたビロードのようなティスト。ワインの酸味と渋味に慣れっこになっている私には、まるで、といっても経験はないが、ふわふわの雲の上に横たわるような感じだった?!本当は母宛だったのだけど、私にこっそり「適当に言い訳をして」好きなだけ取って、と和尚様がおっしゃって下さったのを真に受けて、全部頂いてしまおうと本気で思った。母は飲めないから、人に差し上げる分を除いた、全部を。しかし、そうだった。私以上のお酒好きが、日曜日、東京に到着するんだった。儘父の喜ぶ顔を思い浮かべると、独り占めは到底できない。(by Anne)
槽掛け雫酒

| | トラックバック (0)

2007年10月24日 (水)

魚の味/その2

つづき。ケープ・コッドのビッグ・ハウスで、ディナーにチェコ人叔父さんがムツを作ってくれた時の事だ。ヴィッキーとは、私の父の弟の妻で、要するに血の繋がりはない叔母。カナダ人でスラリと背が高く、お転婆だけど相当なお嬢さん育ちだったと思う。3年振りに会って、髪の毛の白髪がやや目立つようになったが、お品の良いお転婆加減は未だ衰えていなかった。ディナー・タイムは必ずみんな揃って食卓につく。大勢で囲むテーブルはとても賑やかになる。彼女の横に座ると滑舌は良いけど目が回る程早口な英語で話しかけられ、話の内容が分かると楽しいけれど、半分しか理解できないと、なんともはっきりしない笑みを浮かべるハメになり、主人に笑われたこともあった。食事当番は日替わりで、作りたい人がつくることになっていたが、大概チェコ人おじさんだった。その晩も彼が担当。しかし魚が上手く焼けるか、温かいうちにサーブできるか、冷めてしまわないか、などを必要以上に心配して、ナーバスだ。第1回目にオーブンで蒸し焼きにしたムツが配られると、チェコ人おじさんは早く食べろと私たちを急かす。ヴィッキーは、きっと芸達者なのだろう。ゆったりとした手つきでナイフとフォークを動かし、ムツを口に入れるが、ものすごい早口でムツの感想を述べている。一体どうやったらそんな器用な動きが出来るのだろう。しかも、食べ物が口に入っているというのに上品に、なんて。「うーん、とても美味しいわ!去年ムツを作ってくれた時よりも腕をあげたんじゃない?」。私もヴィッキーに頷いた。中までしっかり火が通っていて美味しい。しかしチェコ人おじさんは、第2回目のムツの準備で大慌て。聞いてもいない。3分数えて、オーブンからムツを取り出した。今度はもっと上手くいったに違いないと言いながら、みんなに配り、また早く食べろと急かした。しかし今度は生焼けだった。ところが隣でヴィッキーが「うーん、最高だわ!とっても美味しい!さっきのよりももっと上手く焼けたわね」と言った。嘘でしょ?私は心の中で驚いた。ああ、そうだ。これが上流階級の人のマナーなんだわ。酸っぱいラタトィユを食べたボッちゃんみたいに。そうと分かっても、私はおかわりはしなかった。
人に出された料理で、不味く仕上がってしまったものは、最高の味と賞する。こんなマナーがあるみたいなのよ、と母にヴィッキーの話をした。すると母は「あら、そうでもないみたいよ」と私の悟りの価値を下げ、「少なくとも、魚の味に関しては」と付け加えた。日本人はお刺身も焼き魚も好きだけど、生なら生、焼くならしっかり焼く、が良い。そうでないと美味しいと思えない。でも、西洋では、特にフランス料理では魚をお肉みたいに生焼けにするのが上手な焼き方で、フランス人はそれが好きなのだと、母は言う。だからヴィッキーが2回目のムツを絶賛したのは、マナーではなく、案外本音だったのかもよ、と。なるほど。魚の味って難しい。(by Anne)

カナガシラ
ノルマンディーの市場で、赤い魚が目についたから買ってみた。カナガシラという魚なのだそう。母と私は塩焼きにしたい気持ちをグッと堪えて、フランス風にオーブンで蒸し焼きにしてみた。気持ち生焼けにして。淡白な味に最初は物足りなさを感じたが、次第にものすごく美味しいことに気付いた。東京に戻った今も、思い出しては唾を飲んでいる。シャブリ・プルミエ・クリュと共に。

| | トラックバック (0)

2007年10月23日 (火)

魚の味/その1

小津安次郎の遺作に『秋刀魚の味』という作品がある。彼の作品のベースともなる、お決まりの物語。娘がお嫁に行く話だ。ところが秋刀魚はどこにも出てこない。むしろ『ウィスキーの味』とした方が分かりやすいくらい、登場人物はウィスキーばかり飲んでいる。(現に、フランスでは『酒の味』というタイトルが付けられているわけだけど。)ラストシーンで、笠智衆が、娘の結婚式の帰りにバーでウィスキーを飲む。バーのママが、「どちらのお帰り?お葬式?」と聞くと「まあ、そんなもんだよ」と答える。娘を嫁にやった彼が飲むウィスキーの味は、人生のほろ苦さを感じる味だったに違いない。まるで腸のほろ苦さを楽しむ秋刀魚の味のように。しかし小津自信は、タイトルに深い意味を持たせて付けた訳ではなかったそうだ。「なんとなく」で付けたのだという。それにしても、秋刀魚の味のように、単純に美味しいと思うのが難しい魚の味ってある。魚の味って、本当に難しい。
話は逸れて、ラタトゥイユの話。パリで私がお友達をディナーに招いた時の事。夏だったので、南仏風夏野菜の煮物、要するにラタトゥイユを作ろうと思った。けれど、いつものレシピじゃつまんない。イタリアのアンティパスティ風にしよう、と思ってバルサミコ酢をジャバジャバ入れてみた。冷やして、お皿に盛り、そのままテーブルに出しておいた。ピンポーン、と鳴って、お友達が別のお友達を連れてやってきた。当時の若者にしては珍しく、金髪の髪をピシッと分けて、ジャケットを着ている。一目で良いとこのボッちゃんと分かる、上品で控えめだけど自信のある笑顔。どうぞどうぞと、リビングに通した。みんなが揃うと前菜からスタート。ボッちゃんはピシッと背筋を延ばして着席し、丁寧にナイフとフォークを使っている。内輪のラフな雰囲気にはそぐわない位、丁寧に。私はラタトィユを盛ったお皿を手に取って、「どうぞ回して。自由に取ってね」と隣の人に渡した。「イタリア風にしてみたの」。自信満々に言った。それぞれが自分のお皿に盛り、一口、食べ始めた。みんな一瞬、フォークを持つ手が止まった。ボッちゃん以外は。みんなのフォークを持つ手が止まる程、びっくりする味かしら?きっとびっくりする程美味しい味なんだわ。私も一口食べてみた。私のフォークを持つ手も止まった。ドキッとした、というよりギョッとした。口がひん曲がる程、酸っぱい!とても食べれない!味見をしておけば良かった!私は叫んだ。「やだー!失敗しちゃった!大失敗!ごめんなさい!どうか残して!こんなの食べれないわ〜!」。みんなは、まずいとこそ言わないが、苦笑いを見せて、銘々皿の上のラタトィユを端に追いやった。しかし、ボッちゃんは、にっこり笑って「そんなことないですよ、こんな美味しいラタトゥイユは初めてです」と言う。私が、「まさかまさか。気を使わないで、残してね」とお願いしても、「美味しい」と言い続ける。結局彼は、自分のお皿に盛った分をペロリと食べて、おかわりまでしてしまった。ブルジョワのマナーとは、こういうことなんだ、とその時知った。決して悪く言わない。招いてくれた人を、決して不快にさせない礼儀。でも私は、みんなが帰った後も、ボッちゃんの胃が心配でしかたがなかった。酸にやられてはいないだろうかと。礼儀はどうでもいいから、招待する側としてはむしろ残してくれたほうが心地よい眠りにつけたかも知れない。
そんなボッちゃんを、この夏、ヴィッキーが魚を食べている時に思い出した。つづく。(by Anne)

秋刀魚の味
小津安次郎監督の『秋刀魚の味』のワンシーン。岩下志麻がお嫁に行くシーン。ううう。この写真を見るだけでも、泣けてくる。『極道の妻たち』からは想像できない、純粋なお嬢さん役が観れる。小津安次郎DVDBOX第1集の付録より。5作品6枚組で、23,500円。販売・発売元:松竹株式会社ビデオ事業部

| | トラックバック (0)

2007年9月14日 (金)

幽霊が見たければ

先日受けたマクロビオティックの講義のテーマは、お砂糖と甘み。マクロビオティックでは、動物性の食品は取らない方が良いと勧められる程度で、体質や必要に応じては取ってもかまわないことになっている。厳密に言えば、マクロビストの間でも考え方は区々で、絶対にダメって言ってる人もいるだろうけど、私が通っているお教室の考え方はわりとフレキシブルだ。そもそも宗教じゃないんだから、これもダメ、あれもダメ、って戒律を作るのはおかしいと思う。だけど、唯一、絶対ダメって食品がある。それが白いお砂糖。百害あって一利無しと。甘みに関しては結構注意事項がたくさんあって、サトウキビから作られるものは、たとえ黒砂糖であっても、ダメ。蜂蜜も、大抵の養蜂場では蜂に砂糖水を飲ませているから、ダメ。自然に花から蜜を集めてくる蜂から作った蜂蜜は値段もかなり高いのだそうだ。(それなら食べてOKってことかな?質問し忘れた!)で、なぜ砂糖がダメなのか。歴史的にみて、長い間大多数の人間は砂糖の存在さえ知らないでいたという。今では甘味料としてあらゆる食品に含まれているけれど、それも極最近のこと。20世紀に入ってからだそう。それ以前は、例えばヨーロッパなら伝統的にドライフルーツ、砂糖の入っていないジャム、麦飴を使ってデザートを作っていたそうだし、日本なら自然な甘みを穀物や豆、米飴や甘酒から取っていたわけだ。サトウキビはもともと東南アジアが原産地で、後にインド&アラブ諸国を渡って、中世のヨーロッパに入ってきた。けれど、砂糖が体に与える刺激がとても強かったため、当時は劇薬扱いで、薬局の奥の方に鍵をかけて保管されていたものだったそうだ。そして大航海時代になると、アメリカ大陸の広大な土地がサトウキビ栽培に適していたため、大量生産され、当然お金もうけのため、イギリスを始めとするヨーロッパに大量に輸出して、あのうっとりするようなデザート各種が作られるようになったのだ。それが17世紀から19世紀。そこで私は思った。今みたいに一般的に砂糖が浸透していない時代に、急に人々がこうしたデザートを口にしたら、どんなことが起こっただろう?あの、中世では劇薬とされていたものを突然口にするようになったら?そこで、ふと、ある話を思い出した。幼馴染みの『社長君』が、イギリスでなぜ幽霊話が多いか知ってるか?と教えてくれたことだが、あまりの早口で実はなんとなくしか理解していない。こんな話だったような。昔からイギリスの人々が沢山の幽霊を見たから、幽霊話が多い。ではなぜ、例えばフランス人ではなくイギリス人が、多くの幽霊を見たか?昔、まだ食料品を保存する冷蔵庫なんてない頃、雨量と湿気の多いイギリスでは、食べ物に色々な菌が繁殖していたに違いない。まだロウソクの時代だから、室内の照明が明るいわけでもなく、自分が食べているものをじっくり観察できる状況ではないわけだから、気にもせず沢山の菌を日々口にしていただろう。その菌の内の何種類かが幻覚作用をもたらしたのではないか、それで幽霊を沢山みたのではないか。という説を、砂糖の講義の最中に思い出して、ひょっとしたら、それは菌のせいではなく、砂糖のせいではなかろうか、と考えた。しかもイギリスなんて普通のお食事よりもティータイム重視。17世紀から19世紀の大貴族達は、午後の半分をお砂糖の甘ーいデザートやボンボンを摘んで過ごしていただろう。代々食べ慣れてきたものではない、劇薬とされていた、お砂糖を一気に大量に摂取したわけだ。だから、大貴族たちは、自分たちの城に鎧姿の幽霊を見たに違いない!と、いうことは、例えば完全マクロビ食に徹して20年や30年を過ごした後のある日、いきなり白いお砂糖をバクバク食べたら、もしかしたら幽霊にお目にかかれるかもしれないぞ。でもそこまでして見てみたいかな?いずれにしても霊といものは存在しない、という仮説に基づいての想像だが。(by Anne)

プラムジャム
オーガニック・デリバリからたくさんプラムが届いた。外は深い紫色。中は透き通った緑色。生で食べてもあまり魅力を感じなかったので、ジャムにしてみた。お砂糖は使っていません。甜菜糖と米飴少々、それにレモン汁を切ったプラムにからめて、一時間置いておく。それからグツグツ煮込んでできあがり。紫色の部分と緑色の部分がそれぞれ照り始めた時が見た目には一番奇麗だった。ジャムになる頃にはベタッとした紫色一色。

| | トラックバック (0)

2007年8月29日 (水)

茄子のキャビア

夏になると茄子を蒸して、冷蔵庫でキンキンに冷やしたものを、ざく切りトマトと一緒にバジルソースやミョウガダレで頂くことが多い。さっぱりしていて美味しいけれど今回の茄子は、蒸し過ぎたのか、種類が合わなかったのか、ドロドロの出来になってしまった。ドロドロじゃあ、食欲も激減する。そこで、ブルガリア人の知人がこしらえてくれた、「caviar d'aubergine(茄子のキャビア)」にしてみようと、包丁を握った。キャビアとか言ってるけど、ペースト状のもので、ロシア語の「魚の卵」という意味からきた、あの高級食材はこれっぽっちも入っていないし、似てさえもない。包丁で茄子を叩いてペースト状にする。そこにレモン汁とオリーブオイルを入れて、少々のニンニクのすりおろしを加え、塩胡椒で味を整える。これがベイシックな茄子のキャビア。好みで白胡麻のクリームやタバスコを加えても良いし、レモン汁の代わりにバルサミコ酢でも良い。細かく刻んだパセリを散らすと、見た目がきれい。バルト海から地中海まで広く食されている前菜で、国によっても少しずつスタイルが違う。本当は、蒸した茄子を使うのではなくて、焼き茄子を使う。ブルガリア人の知人は、暖炉で焼いた茄子を使っていたが、それは独特の香りと甘みがあって、忘れられない味の一つだ。(by Anne)

茄子のキャビア
食べ方は通常、クラッカーやトーストしたパンにのせて。

| | トラックバック (0)

2007年8月22日 (水)

耳よりな話/その2

もう、思わず今日、言いました。「ホント、バカ暑い!」と。だいたい私は、「超なんとか」、「めちゃくちゃなんとか」、「すっごいなんとか」といったような言い方はするけど、「バカなんとか」っていう言い方はしない。けど、「バカ暑い」と、普段使わない特別な言葉が口を突いて出る訳は、皆さん同感でしょう。それだけ暑い日でした。さて、こんな猛残暑の最中にムッとして食べる気しないでしょう黒豆煮の、デトックス効果を教わりました。黒豆は、アラメ同様に婦人科系全般をお掃除してくれるのだそう。昆布を戻して角切りにし、お鍋に敷く。6時間以上水に浸しておいた黒豆を入れて、戻し汁も黒豆がヒタヒタになるくらいまで入れる。圧力釜ならなお良いけど、普通のお鍋でもOK。塩を少し入れて、強火から弱火におとして、20〜30分煮る。好みで後から、栗やドライフルーツを加えて煮込むと、優しい甘さが加わり、美味しい。お正月の黒豆が甘過ぎて、せっかく作ってもウチじゃほとんど誰も手を付けない。けれど、この黒豆煮なら、少なくとも私は沢山頂ける。生理前に黒豆を食べたり、黒豆の煮汁を飲んだりするとより効果的なんだそう。それはそうと、「バカ」って、「馬鹿」ってなんで馬と鹿なんだっけ?フランス語では、「バカ暑い!」と言いたければ、「vachement chaud(ヴァッシュマン ショー)」って言います。馬でも鹿でもなく牛。「ホント、ウシ暑い!」と。驚いた時も、「オオ!ウシ!(オーラ、ヴァッシュ)」。昔からなんで牛なんだろう、と不思議に思っているが未だに解明せぬまま。「最高!」って喜ぶ時は、「c'est le pied!(セ・ル・ピエ!)」って言います。「足だ!」って。これもなんで足なんだろう?儘父が、ダニエル・ポムルールと一緒に考えた表現だって言って得意になっていたが、本当かどうか…。(by Anne)

栗入り黒豆煮
マクロビのお教室で習った通りに作ってみました。栗が入ってます。余ったら、丸めてコロッケにしても美味しいです。コロッケにするときは、みじん切りにした玉ねぎを少々の塩で炒めて、少しつぶした黒豆に混ぜて作ります。好みで、全粒粉を水でのばして繋ぎにして、すり胡麻も混ぜても。器は、事務所の社長のお下がりで、中国茶を頂くものです。本来の用途とは違うけど、ちょっとしたおつまみをのせたりして、よく使ってます。

| | トラックバック (0)

2007年8月21日 (火)

耳よりな話 /その1

とにもかくにも私は切り干し大根が大好き。煮付けにしたりサラダにしたりしてよく食べている。でも、あの、袋を開けた時の、ボワーンと広がるお日様の香りは、煮付けでもサラダでも抹殺されてしまうからもったいないなあ、と思っていた。そんな頃、先日のマクロビ教室で新しい食べ方を教わった。これなら、お日様のポカポカした香りを存分に楽しめる、ゆっぴーモノ。さらにもっと、ゆっぴー、と喜べるのは、デトックス効果。切り干し大根は、体内に蓄積された油を排出してくれるんで、体のラインが気になる人にオススメ。さらにおやつが必要な人にもってこいだ。チップスやおせんべいをポリポリやる、午後4時頃。代わりに切り干し大根の袋をオープンしてみましょう。水に戻したりもせず、そのまま、袋から取り出して、ポリポリ。噛めば噛むほどジュワーッと甘ーい味わいが口の中に広がります。マクロビ的には夕方に食べると一番効果的なんだそう。私が「なぜですか?」と質問したら、先生の答えはこうだ。「一日のうちで一番陽性のエネルギーが高まっている時刻に、切り干し大根のような陽性の食べ物を食べると、より、その陽性の効果が出るんです。切り干し大根が油を吸い取るエネルギーが、より強まるってことなんですね。」うーん、この説明はちょっと難しいかも。とにかく、朝より、夜より、夕方に食べると良いんだって。(by Anne)

切り干しコレクション
私の切り干し大根コレクション。一言に切り干し大根と言っても、色々ある。チップス代わりに食べるなら、一般的な細切りのものが一番甘く感じられる。

| | トラックバック (0)

2007年8月 1日 (水)

デトックス週間

なにせアメリカはジャンクフードが多い。恐らくマクロビオティック的な考えからしたら、目にする食べ物は全て、角の生えた悪魔に見えることだろう。私は厳格なマクロビストじゃないから、どこへ行っても郷に入っては郷に従えで、ありついたものや出されたものを頂こう思っている。だけど、行き先がアメリカとなると、出発前に少し考えた。玄米とお豆さんだけ持って行こうかしら?と近所のスーパーに行き、食品棚の前で10分ほど大豆とにらめっこして、やめた。まあ、いいや。結局、ケープ・コッドでの食事は、叔母達がベジタリアンだということもあって、お肉やお魚の付け合わせに、沢山の野菜とブラウン・ライスが食卓にならんだのでホッとした。(このブラウン・ライスは、日本の玄米とちょっと違って、大きくてプヨプヨしていて鳩麦みたいだったのよ。)だけど、家の外は違う。勿論、ニューヨークなどの都会ではちゃんとした美味しい食事ができるけど、コンビニやキオスクなどには、スィーツかジャンクフードがずらりと並んでるのだ。夜遅くニューアークの空港に着いた時の事。お腹が空いていたから、何か食べる物を、と辺りを見ると、スターバックスとピザ屋しかない。スターバックスにはマフィン、パウンドケーキ、クッキーが並び、サンドイッチの姿はなかった。ピザの方は、山盛りチーズの油がギッチラギッチラ輝いていたので、とても食べる気がしなかった。仕方なくパウンドケーキを買って食べた。スィーツが食べたかった訳じゃないけど、まあ、美味しい。でも、こんなふうにお腹が空いた時に、すぐにアクセスできる食べ物がスィーツとジャンクフードだったら、特にそれが食べたくなくても口にするだろう。それこそ、食生活に関して厳格な意識を持って居ない限りは。そうこうしているうちに、なんとなくいつもスィーツかジャンクフードを手にするようになり、そうこうしていると、いつの間にかブヨブヨになってるのかもなあ。アメリカは、びっくりする位、本物の、ファット・ピープルが多かった。私は帰国してすぐ、デトックス週間を行なった。なんとなく、体が玄米菜食を求めていたようだったから。(by Anne)

ジャンク1
コンビニにはびっしりとジャンクフード。

ジャンク2
ケープ・コッド行きのバスに乗るため、ボストンの空港近くで一泊。モーテルにつくやいなや、ジャンク・フードでお出迎え。

デトックス食
見た目は貧相で寂しいけど、帰国後こんなものが食べたくなった。小豆玄米御飯に胡麻塩(小豆は腎臓に溜まった、特に魚の毒を排出)、なめことお豆腐のみそ汁(動物性食品の毒消しに良いキノコは、特に鶏肉に作用するそう)、切り干し大根のサラダ(大好きな切り干し大根!体内に蓄積された古油を排出)、アラメと玉ねぎと高野豆腐の煮物(玉ねぎは血液を、アラメは婦人科系全般を、きれいにしてくれる)、それに楽しみでキムチをプラス。キムチの乳酸は腸に良いってきいたことがある。


| | トラックバック (1)

2007年6月14日 (木)

マクロビ、新たな挑戦

来日中の妹に食事を出す。彼女も食いしん坊だから、私のレシピに色々なコメントをしてくるわけだけど、とりわけ私がマクロビオティックの話をすると、彼女特有の表情をする。眉間に皺をよせて、片目を見開いて、もう片目を細くするといった表情。来たぞ、来たぞ、と私は批判される心の準備をして、なあに?と聞く。まるで私が宗教にハマッて頭が可笑しくなってるかのように、「アンヌ、大丈夫?」と聞くのだ。私は一生懸命説明を試みたが、一度や二度で説得できる筈もなく、彼女はプププとバカにするように笑って話にピリオドを打つだけ。それでも私はマクロビ食を彼女に出し続ける。今日も、めげずにマクロビオティックのお料理教室に行ってきた。今日はベーシック1のコースの、実技の方の最終回。メニューは、ペンネのクリームソース、ミネストローネ、蒸した白身魚の豆腐マヨネーズソース、海藻サラダ、それに人参とあんずのクスクスケーキだった。調理時間も長かったけれど、ボリュームも半端じゃなく、2人前位の量ができた。お教室で作るとかなり量が多くなるので、いつもならタッパーに入れて半分は持ってかえるのだけれど、今日は完食してしまった。そのくらい美味しかった。特にペンネとデザート。ペンネの方は、勿論牛乳から作るクリームソースではないし、ブイヨンみたいなものは入らないのに、野菜と全粒ペンネの甘みが、豆乳と葛で作るソースとよくマッチして、優しい味わいだけど食べごたえのあるものに仕上がっていた。そしてデザート。とにかくマクロビ・デザートが好きな私は、今日のクスクスケーキにも感動したのだ。ケーキなのにオーブンに入れる必要もなく、パッパッと作れる。干しあんずを混ぜたクスクスを、人参ジュースで5分ほど煮る。アーモンドを混ぜて、型に移し、冷やすだけ!あと、最後にあんずジャムを塗る。煮る時に、お塩(天然の)を少し加えるのは、マクロビ風で、これは、フルーツが酸性なのに対して、アルカリ性のものを加えてバランスをとるため。一般的にお酒飲みがデザートに興味ないのは、極陰性のアルコールを摂取しているから、同じようにお砂糖を使ったデザートのような極陰性のものは欲しくなくなるのだ。要するに体が陰性に傾きすぎるから、自然とそうなる。だから、たくさんお酒を飲むと、お肉のような極陽性のものが食べたくなるのだ。人間の体って、本当にすごいな、と思う。で、私は、お酒を飲むから、お砂糖を使ったデザートはいらないけれど(ん?昨日はホワイトチョコが好きと言ったなー。チョコはたまに、です)、クスクスや全粒粉などを使った、ドライフルーツの甘みだけのデザートは比較的中庸(より陽性に近い)だから、拒絶しないで、美味しく頂けるのだと思う。今後の挑戦としては、色々なレシピにトライすることも然る事ながら、あの、メチャクチャ懐疑主義な妹にどうやってマクロビを理解させるかだわ。(by Anne)

クスクスケーキ
これがクスクスケーキ。

| | トラックバック (0)

2007年6月 5日 (火)

冷却料理

昨日は本当に暑かった。とにかくトマト、きゅうり、アボカドが食べたくなって、作ったサラダ。マクロビ的にはかなり陰性の食べ物で、暑い日には体の熱を外に出す働きをしてくれるものだから、食べたくなって当然だと思った。トマトときゅうりを適当な大きさに切って、アボカドも大きめのサイコロ状に切って、茶色くならないように少々のレモン汁をしぼって、塩胡椒を加えただけ。なんてことない。アボカドを使うと、油分は十分でドレッシングがいらない。マヨネーズもいらない。このごろ料理にたくさんの調味料を使わなくなったなあ、と思いながら作った。主食には玄米に麦を少し混ぜた。お味噌汁は、麦味噌に白味噌を少し混ぜて作った。麦もやや陰性のものだから、体内の熱を外に出して、体を冷やしてくれる。自分の体のコンディションに耳を傾ければ、自然と今必要なものを食べたくなるものだとつくづく感じたわけです。マクロビの先生によると、トマトはかなり陰性のものだから、食べ過ぎると、もちろん冷え性には良くないし、妊婦さんとかだと流産することもあるのだとか。(by Anne)

アボガドサラダ

| | トラックバック (0)

2007年5月 8日 (火)

死ぬ前に食べたいもの

よっぽど食に興味がないかぎり、「死ぬ前に何が食べたい?」って話をみんなしたことがあると思う。大概、「食べ物で何が好き?」っていう質問に、「なんでも」に近い返事だった場合の、次の質問だ。私は味付けさえ上手ければ本当になんでも、ほぼ、なんでも好きなので、「死ぬ前に。。。」って問いは免れない。頭に浮かぶのは、毎度同じようなもの。おかしいナ、もっと何か食べたくなるようなものがあるはず。もっと凝ったもので。もっとしゃれたもので。フォアグラ・ポワレの~、白トリュフ風味の~、ソース・ア・ラ・なんとかネーズ』が食べたいわ~、オホホ。ワインエキスパート&自称グルメなんだから、この位言っとくべきでしょう。なんて思っても、