2008年7月 3日 (木)

シネメモ2008年初夏/その2

なんとあの『セックス・アンド・ザ・シティ』がスクリーンデビューすると知って、早速試写会へ。数年前に私がDVDで観た時は、なんて楽しませてくれたことだったろう。それに当時いろいろな女友達会う度に、このドラマの話が話題に上らなかったことはない。一体どれだけの女性が励まされたり、パワーをもらったことだろう、とつくづく思うのだ。『セックス・アンド・ザ・シティ』は、単に下ネタトークを炸裂する品の無い女達の物語では決して無い。ニューヨーク特有の知性とセンスが光る、ブラックユーモアのスパイスがメチャメチャ効いたトークが炸裂するのであって、その点でいえば、ニューヨークのジューイッシュのエスプリにメチャクチャ近い感覚で描かれたドラマだと思うし、もっと言うなら、登場人物の4人の女性は、ウディ・アレンの娘達でしょ、と思うわけなのだ。おまけに、全94話にも及ぶ長い物語の始まり、つまり起承転結でいう『起』の部分はセックスの話が多いが、物語が進行するにつれて、テーマは恋愛観へと移行してゆく。最後の方では心うたれるシーンに幾度も出くわすわけなのだ。この物語は、下品だのなんだの、というレベルのものではなくて、もう、本当に、30代〜40代に代表される大人の女性達の、リアルなのだ。同世代の心を掴まない筈が無い。
と、前振りが長くなったが、映画版の方は、ドラマが1話が60分未満とやや私は欲求不満だったのに対して、2時間30分と、長い間楽しませてくれる仕上がりになっている。前半はライトでトレンディー。おなじみのテンポの良い会話が飛び交い、まるでファッションショーを観ているかのように華やかだ。後半はディープでラブリー。4人それぞれの恋愛の神髄に迫っていき、何度も何度も目頭が熱くなる。見終わった後の爽快感は、ホット・ヨガで沢山体を動かして汗をかいた後に似ている、とちょっと思った。ちなみに、4人の中で誰が好き?とよく人に聞く。幼なじみのY子は「当然サマンサでしょ!」と言い、友人の45歳の男性も、サマンサだと断言していた。確かに彼女の徹底振りはアッパレでかっこい。この映画で50歳を迎える彼女には、盛大な拍手を送りたいと心から思うかたわらで、私は、逆の意味で徹底している、常に愛に真剣な、シャーロットに痛く心打たれる。でも、ミランダの皮肉に勝るものはない。映画の最中では周りを気にして無理だったが、DVDをウチで観ていた時は何度手を叩いて喜んだことか!(by Anne)


セックス・アンド・ザ・シティ
『セックス・アンド・ザ・シティ』/8月23日より、日劇3ほか全国東宝洋画系にてロードショー。
監督・脚本:マイケル・パトリック・キング、配給:ギャガ・コミュニケーションズ
http://sexandthecity-movie.gyao.jp/

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2008年6月26日 (木)

シネメモ2008年初夏/その1

『881 歌え!パパイヤ』(8月9日よりユーロスペースにて公開予定)。試写状に魅了されて、なんだか分からぬまま観に行ったシンガポール映画。試写状は、赤や黄色の色使いで、めちゃめちゃ明るくて楽しい雰囲気を漂わせ、すごいパワーがもらえそうな、とにかく元気になる、そんな作品なんじゃないか、と思ったからだ。まるで東南アジア版ピンクレディー、といった2人の女の子のポートレイトのまわりには、「ウワッ!すごいっ!」、「ガーリー・パワー炸裂」の「トロピカル・エンタテイメント・ムービー」、「衣装200着!」、「ド肝を抜く歌と踊り」、などというワクワクする言葉が、それこそ炸裂している。おまけになんとシンガポール国民の10人に1人が観たという、2007年シンガポールNo1の大ヒット作品だとういう。観てみたら、本当だ。本当にその通り。スターを夢見る2人の美少女が、様々な困難を乗り越えつつ、成功するまでのシンデレラストーリー。ユーモアあふれる会話や心に滲みるシーンもあって、なかなか観応えがある物語になっていると思うのだけど、それ以上に、もう、なによりも、2人の歌と踊りと衣装と化粧と、表情がすごいのだ。一旦、彼女達が歌いだしたら、もうそこは、ボロ家だろうと、路上だろうと、まるでムーランルージュのフレンチカンカンのような華やかさに包まれる。いや、もっとパワフル。いや、なんだか観たこともない姿に、息をのんで、もう、うっとり。気がつけばエンディングロールが流れているのだ。あと、面白いのは、シンガポールの他民族性が反映されているところ。知らなかったのだが、この小さな国はマレー語を国語とし、英語(といってもシングリッシュという北京語と英語が混ざったもの)を公用語としているそうだが、(って聞いても、どうなちゃっているの、って感じだけど)、この映画の中で頻繁に飛び交う方言のような福健語(ふっけんご)が映画で使われるのは、この作品が初めてだという。それだけでも、アジアの交差点であるシンガポールのコスモポリタンなパワーが、グワッと押し寄せ、私は大興奮なのである。(by Anne)


881 歌え!パパイヤ
『881 歌え!パパイヤ』/監督:ロイストン・タン、配給・宣伝/マジック・アワー+チャンネルアジア。8月9日よりユーロスペースにて公開予定。www.881movie.com

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2008年4月 4日 (金)

Paris/Tokyo間iPhotoリポート

ミケランジェロ・アントニオーニの映画で『欲望(Blow-up)』というのがあった。ロンドンのファッションシーンを舞台にした、サスペンス映画だ。売れっ子カメラマンがある日公園を散歩していると、遠くに素敵な女性がいることに気付く。職業的な衝動から、なにげなく彼女を追うようにシャッターを切る。しかし、その写真を後で現像し、引き延ばすと、そこにはある殺人事件の秘密が隠されていた…。というような話。カメラやビデオが押さえた映像を、ズームしたり、巻き戻して繰り返し見たり、スローモーションで見たりすることで、事件の真相が明らかになる、といったパターンの映画が、66年の『欲望(Blow-up)』を筆頭に以後、特に80〜90年代とても増えたと思う。さっきiPhotoで写真を見ていて、ふとそんな事を思い出した。というのも、私のiPhotoには、私が撮った写真だけでなく、人から送られて来た写真も、なんでもかんでもミックスされていて、きれいにファイル別に保存しない無精が、思わぬ発見につながったのだった。人が送ってきてくれた写真もiPhotoに入れると、自動的にその写真が撮られた日時順に並べられる。例えば、昨年の8月26日に友達が撮った写真が今日送られてきたとしよう。だけど、iPhotoに取り込んだ段階で、私が昨年の8月26日に撮った写真の間に混ざって、自動的に並べられるのだ。おまけに時間によっても順付けられる。先日母が送って来たチビ猫2匹の写真は、みごとに1月30日、私が恵比寿のKIORAで撮った写真の間に入っている。ということは、1月30日、東京で私が美味しいイタリアンで鹿肉をほおばり、デザートワインを試飲していた同じ時間に、パリで母は、私に送るためにセッセと子猫達の写真を撮っていたのだった。(時差があるから、まったく同じタイミングで、という話ではないが)。たかが子猫の写真なのに、「いつなんじどこでだれがなにをしたか」という情報まで伝わってしまうとは!プライバシーの境界線は消えつつあるのかと思うと、恐ろしい。(by Anne)


Paristokyo1
パリで。話し込んでる最中、子猫は作家の背中に潜り込む。

Paristokyo2
その間東京で、私は鹿肉を食べる。

Paristokyo3
スパイシーな赤と共に。

Paristokyo5
食後には甘口ワインを数本ティステイング。

Paristokyo6
どれもイタリアのもので、珍しいものばかり。

Paristokyo7
シチリアのものが印象的だった。

Paristokyo8
パリでは本棚の陰で、子猫2匹がじゃれあう。

Paristokyo10
そして1匹は作家の膝枕で休憩。

Paristokyo11
するともう1匹やってきて、2匹仲良く作家に膝枕。
東京の私に酔いが回ってきた頃…。
(本当は時差があります)

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2008年3月 6日 (木)

アイム・ノット・ゼア

トッド・ヘインズ監督の最新作の試写会へ行った。『ベルベット・ゴールドマイン』や『エデンより彼方へ』の監督。初期の『ケミカルシンドローム』からジュリアン・ムーアとの絶妙なコンビネーションに注目していたが、今回は彼女は脇役。なんてたって、主人公は男性ですから。『生ける伝説』とも言われるボブ・ディランの生き様を描いた新作、『アイム・ノット・ゼア』は、単純に彼の過去をなぞっただけのストーリーではない。詩人、無法者、映画スター、革命家、放浪者、ロックスター。どれもボブ・ディランであり、その多様な顔を持つ彼の姿を6人の豪華キャストによって演じられている。6人の俳優がこの男性を演じた、というと、ちょっと違う。5人の俳優と、そして1人の女優なのだ。しかもその女優はジュリアン・ムーアではなく、ケイト・ブランシェットだ。あまりにそっくりで、素晴らしい演技だったため、2007年ヴェネチア映画祭主演女優賞に輝いたのは当然のことだろう。とにかく彼女の演技には驚いた。それに、正直、私はボブ・ディランを意識して聴いたことがない。村上春樹の小説を通じてしか知らなかった。どこかで彼が、「静かに降る、細かい雨のような音楽」とかいうような言葉で、ボブ・ディランの音楽を表現していて、想像上ではゾクゾクしたが、それでもちゃんと聴いたことはなかった。いやはや。こんな詩人が居たなんて!まるで20世紀のランボーのよう。最初のシーンで、ボブ・ディランのギターボックスに、「これはファシストを殺すためのマシン」と書いてあるのを見た瞬間から、2時間15分の間、どんどんこの芸術家とも言える人物に魅了されていくのだった。しばらくは、ボブ・ディランの音楽ばかり聴いていたくなるだろう。(by Anne)

アイム・ノット・ゼア
『アイム・ノット・ゼア』。トッド・ヘインズ監督。キャスト:クリスチャン・ベイル、ケイト・ブランシェット、マーカス・カール・フランクリン、リチャード・ギア、ヒース・レジャー、ベン・ウィショー、シャーロット・ゲンズブール、ジュリアン・ムーア。配給:ハピネット/デスペラード。GW、シネマライズにて公開予定。

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2008年2月21日 (木)

2月のシネメモ/その2

(つづき)。後者は旧東ドイツのベルリンを舞台にした、国家保安省の大将の物語。共産主義体制に抵抗する脚本家を長期に渡って盗聴するが、次第に彼と恋人との深い恋愛関係に心奪われてゆくといった展開だ。大将は自分の立場と葛藤しながら、結果的に勇気ある行動を取ることになる。『マンデラの名もなき看守』の方は、アパルトヘイト政策の南アフリカ共和国を舞台に、投獄中のネルソン・マンデラを監視した男の物語。黒人を下等な人間とみなし、黒人囚人に対し冷酷な対応をしていたが、マンデラと関わるにつれ、次第に彼の思想に感銘を受けるようになる。どちらの作品も、同じ時代の政治の話だということも然ることながら、自分の「標的」と関わりを持つ事で、自分の人生に大きな変化が訪れるといった感動の物語だ。そして最後、どちらの主人公もドラマティックな態度がないところが、また良いのだ。正しいと思い込んでいることが、必ずしも本当に正しいことではないこともある。過ちはだれにでもあるけれど、大切なことは何が過ちなのかを知ることなのだとつくづく感じた。ちなみに大将役のウルリッヒ・ミューエは昨年、胃がんのため死去したそうだ。アカデミー賞外国語映画賞を受賞したばかりだというのに、残念だ。
あと、もう1つ。これまたDVDで観た『マリー・アントワネット』(ソフィア・コッポラ監督)。あの、「パンが無ければお菓子を食べれば良い」と「名言」を放った人物のポートレイトと言うべき作品。彼女を1人の女性、というより、女の子として捉えた監督の視点は、彼女に対して批判的な所が全くない。観ていて、私たち(とくに女性は、かな?)はむしろ、オーストリアから裸でフランスに嫁いだこの孤独な王妃に、共感してしまうのだ。しかしフランスでは賛否両論で、しかも然程流行らなかったというのも分かる。と、いうのも、ルイ16世とマリー・アントワネットをギロチンにかけたフランス革命があってこそ、共和制ができ、今のフランス共和国があるわけで、もしこの王妃を肯定するとなると共和制に反対する極右の意見に同調することになるからだろう。ま、極論を言えば、ってことだけど。でも、監督はフランス人じゃないから、このイッちゃってる、ある種アナーキーな王妃を、もっと自由な視点で描けたんだと思う。宮殿を抜け出してパリのオペラ座で踊りまくるシーンにはロック。色とりどりの靴を並べて、どれにしようかなと選ぶシーンの脇にはコンバース。時代が違っても女の子は女の子。監督の普遍的な視点が、そうだ、私は好きなんだ。ところで、マリー・アントワネットの終期は「オーストリア女め!」と民衆に罵られたが、最近人気が落ちたサルコジ大統領も「ハンガリー男め!」とそのうち言われちゃったりしないかな?彼のオリジンがフランス人でないところが、唯一のチャーム・ポイントだと、私は思っているのに。(by Anne)
マカロン
やっぱり好き。ラデュレのマカロン。『マリー・アントワネット』の中にもマカロンはたくさん登場した。美味しそうだった。


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2008年2月20日 (水)

2月のシネメモ/その1

どうしてももう一度映画館で『ラスト・コーション』が観たくなって、「趣味の良いチンドン屋」と「マダム・ジーザス」に声をかけてシャンテ・シネへ出かけた。まもなく80歳になろうとするけどそうはとても見えないエネルギッシュなマダム・ジーザスに、私はこう言った。「この映画を観たら、もう一度恋愛したくなりますよ」と。一笑に付されたが、私は映画を見終わった後の彼女のリアクションを楽しみにしていた。照明が消えて、いざ本編が始まると、それからエンディングロールが流れるまでの時間はあっという間。2度観ても感動して、しばらくの間2人のリアクションを聞くよりも先に、「もう、ホント、うっとりしちゃうのよねー。なんて切ない話なのかしらー」と1人で映画の余韻に浸っていた。少しして私が落ち着きを取り戻すと、彼女達のリアクションが気になった。食事に行く恵比寿までの地下鉄の中で、私は彼女達を覗き込み、「どうだった?」と聞いた。マダム・ジーザスは私が「もう一度恋愛したくなるって言ってたけど、やっぱりアンヌって少女みたいね」と少しバカにして、本人は全くその気にならなかった風に答えた。しかし、その80歳になろうとしている女性が地下鉄の中で、この映画の名シーンであるラブ・シーンを事細かにコメントし始めたのだ。しかも張りのある透き通った、美しい声を張り上げて、大声で。さすがの「趣味の良いチンドン屋」も私も慌てて、どう言葉を慎むように伝えればいいのか戸惑った。マダム・ジーザスはそんな私達の慌てようには全く気付かず、「やっぱり中国の男って素敵ねー」と遠くを見るように、地下鉄の広告が貼ってある方に目をやった。大連育ちのマダム・ジーザス。「もう一度恋愛したくなりますよ」を一笑に付したのも当然かもしれない。恋愛ぽっちとは言いたくないが、もっとスケールの大きな色々な思いが彼女の心の中に蘇ったのだろうから。
ところで『マンデラの名もなき看守』(ビレ・アウグスト監督)の試写会に行った。先達て『善き人のためのソナタ』(フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督)をDVDで観たばかりだったから、まるで兄弟のような作品だなあ、と思った。つづく。(by Anne)

マンダラの名もなき看守
『マンデラの名もなき看守』。ビレ・アウグスト監督。ネルソン・マンデラの生き方に感銘した看守の物語。5月シネカノン有楽町1丁目、シネマGAGA!にて公開予定。

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2008年1月23日 (水)

映画の外で、シュールな事件

今朝のニュースで、アン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』の主演男優、ヒース・レジャーが亡くなったと聞いて驚いた。まだ28歳。この作品で素晴らしい演技を見せ、アカデミー男優賞に輝いた多望な俳優だったのに。本当に残念だ。昨日、無償に同監督の新作『ラスト・コーション』が観たくなって、レ・アールの映画館に飛び込んだ矢先のニュースだったから、なんだか不思議な気持ちでもいる。とにかく、猛烈に観たくなって、2月2日にシャンテ・シネやBunkamuraル・シネマ他で公開されるのを待ちきれず、パリで観てしまえー!と。上映時間と私の時計を照らし合わせたら、たった今、始まったところだったから、走って館内に入った。ところが本来ならまだ予告編を流しているころなのに、もう真っ暗で、スクリーンは大きくトニー・レオンのアップ。私の時計が少し遅れていたんだ、と少しがっかりした。
トニー・レオンは、寝室らしき場所で佇んでいる。奥から女性が現れて、どうしたの?と聞く。トニー・レオンは、麻雀の続きをしていなさい、と彼女に言う。
私は全くストーリーが読めなくて、もっと早くに来ればよかったと時計を恨んだのも束の間、まあ、観ているうちに分かるでしょ、と足を組み替えて気長に待つ事にした。すると、エンディング・ロールが流れ出した。狐につままれた気分だった。なんだなんだ。監視の人が居なかったからだろう。一つ前の回にうっかり入ってしまったのだった。照明がついて、辺りが明るくなると、観客は立ち上がり出口へ向かっていった。しかし私の目の前に座っていた男性は、立ち上がったものの、去ろうとせず、自分のポケットをたたいたり、椅子の下を覗いたり、手提げ袋の中を覗いたりしている。どうやら何かを探しているようだ。「何かお探しですか?」と私は訊ねた。もの凄く困り果てた様子で、「携帯をなくしてしまってね」と言う。私も一緒になって辺りに落ちてないか探してみた。「差し支えなければ、そちらに電話してみましょうか?」。赤の他人に電話番号を尋ねては、ナンパだと思われまいか。などと、全く余計な心配が頭を過ったので、完全に快く提案したわけではなかったが、言ってすぐその後、私はバカな事を言った、と恥ずかしくなった。彼は「そうですね、最悪、そうしてもらおうかな」と返事をしたものの、ひと呼吸してから、彼もまたバカなことを言った、と気付いたようだった。「っていうか、それダメなんですよ。映画館でしょ。映画観る前に電源切ってますからね」。そりゃそうだ。電源は当然切ってあるのだった。電話したって鳴りっこない。だから手探りで探すしかない。「そもそも、この席に座って、ここで、映画が始まる前に切ったんだ。それは鮮明に覚えているんだ。映画を見終わるまで一度も席を立たなかったのに。本当に変だな」。そう言いながら、焦った様子でありとあらゆる場所を探し、挙げ句の果てには自分の手提げ袋をひっくりかえして中身を全部広げた。ファイルが一冊。アドレス帳が一冊。手袋。ティッシュ。ボールペン。それに地下鉄のチケットが数枚。極、普通の中身だ。しかしその中に突出して奇妙な物体があった。大きな虫眼鏡の懐中電灯だ。何か特別な仕事をする技術者しか持っていなさそうなもの。どこで買えるのか想像もつかないものだ。彼はその大きな虫眼鏡の懐中電灯を握り、シートとシートの間、シートの下、通路の脇、を最前列からチェックし始めた。まるでシャーロック・ホームズごっこをしている坊やのように。まるで、『ごっこ』をするためにこの不思議な懐中電灯を持って来たのかもしれない、とまで思われた。しばらくするとこちらに戻り、こう言った。「僕には全く分からない。なぜ携帯がないのか。あまりにシュールすぎる」。なんだか私まで混乱してきて、そうですね、としか返事のしようがなかった。彼は、諦めたのか、シャーロック・ホームズを一幕演じて満足したのか、「ともあれ、素敵な映画ですよ、楽しんでください」と私に言い残して去っていった。『ラスト・コーション』は彼が言う通り、素晴らしく素敵な映画だった。見終わった後、私は物語の余韻でボーッとして、そのまま自然とFnacへ向かい、サントラを自動的に買っていた程だ。あの彼も、もしかしたら映画の世界に頭が行って、ボーッとしていたのかもしれない。ボーッとして、本当は携帯を持っていなかったのに、以前に館内で電源を切った記憶と錯誤してしまったのかもしれないのだった。私の憶測はどうでも良いが、作品はボーッとしてしまうくらい素晴らしかったのだ。(by Anne)
ラスト・コーション
パリの『ぴあ』、『ロフィシエル』。0、35ユーロと、安い!左は買ったサントラCD。日本での公開ポスターとは違うかな?日本に戻ったら、もう一度観るつもり。

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2007年12月10日 (月)

サン・ジャックへの道

ヘア&メイク中っていうのは、私にとって結構貴重な情報収集の場だ。けれど、真剣な話はしない。むしろ他愛ない話をする。ヘアとメイクを真剣にやってる最中に真面目な話で気を散らせる訳にはいかないからだ。それに初対面の場合も多いし、真剣な話をしちゃって意見が対立したら、場の雰囲気がオジャンになっちゃう。だから、他愛ない話をヘア&メイク中にするんだ。と、私は勝手に解釈している。慣れない頃は、他愛ない話をするのが苦手だった。アホ真面目の石頭だったから、きちんと意見を纏めてから発言しないと相手に失礼だわ、とキュッと口を結んでいた。さぞヘンクツな子に見えただろう。けれど、次第に慣れてくると、「そうかも!」と自分の中ではっきり意見が纏まってなくても相槌できるようになったし、他愛ない話もできるようになったと、自負している。そうこうしていると、真面目な話の中にしか良い情報は無いと思っていたのは、とんだ間違いだったことに気付いた。このヘア&メイク中の、柔らかい会話の中には美味しい美味しい情報がぎっしり詰まっているのだった。いつだったか、しばらく振りに会ったあるヘア&メイクさんが、アイシャドウの色を選びながら「まだ車、ランチア乗ってるの?」と聞いてきたので、驚いた。前回メイク中に話した事をよく覚えてくれているなあ、と。しばらくして、「最近、どんな映画観た?」と聞いてきた。私が映画が好きだということも覚えてくれている。嬉しかった。それから、自分が観た映画の話をした。勿論メイク中なので、事細かに真剣にはなしてくれたわけじゃないし、第一タイトルも怪しかった。「なんだったっけなー。この間、観たよ。変なフランス映画。なんか変なんだよ。面白いんだけどさ。『サン、なんとか、の道』とか言ったっけな。キリスト教のさ、聖地をみんなで歩いてって、スペインまで行っちゃうっていうやつ」という口調で。私は「ヘー、面白そう」と言った。何が面白いのかはあまり分からなかったけど、面白いというから面白そうだと思ったのだ。それに、メインストリームな映画が好みそうなイメージの人だけに、巡礼ものの映画なんて地味そうな映画を評価するところをみると、よっぽど面白くなかったらそうは言わないだろうと思った。それからしばらくして渋谷の映画館で『サン・ジャックへの道』と書いてあるチラシを見かけた。ああ、この事だ、と思ったがなんとなく観る気がしなかった。けっこう日が経ってからTSUTAYAに行ってみると、DVDがレンタルであった。レンタルなら観る気になった。それから、108分間、私はゲラゲラ笑い、ちょっと泣いて、終わるころにはもの凄くご機嫌だった。「さっきサイコーに良い映画を観たのよ」と深夜に帰って来た主人に言って、「ちょっと観てみない?」とまたDVDを回した。続けて二回みてもまったく飽きなかった。もし観逃していたら、私はうっかりとんでもない楽しみを逃すところだった。ヘア&メイク中の他愛ない話。でもとっておきの情報が得られるものだなあ。(by Anne)

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2007年12月 5日 (水)

タロットカード殺人事件

日曜日に銀ブラしていて、じゃ、ま、映画でも観ますかってことで近くの映画館の前まで行った。シャンテシネの前で、『タロットカード殺人事件』(ウディ・アレン監督)のポスターを見上げた。自称似非占い師の私はちょっと観てみたい気になった。横にいる主人を説得するべく、タロットという言葉には触れないで、「ウディ・アレンだから観て損はしないはずよ」と誇張して、しかも偉そうに、言った。私が学生だった頃は、真面目な映画ばかりが好きだったから、コメディーとかあり得ないと思っていて、周りがウディ・アレンの饒舌なユーモアを崇拝しているのを、「趣味が合わないわ」と横目で見ていたくせに、「見て損はしないはず」なんて言っちゃって!と、心の中で過去の私が現在の私にアカンベしたが、無視して入場券を買った。ロンドンを舞台にしたコミカルなミステリーで、アガサ・クリスティーへのオマージュがうかがえる作品。ユダヤ系アメリカ人のマジシャン(アレン)が、スカーレット・ヨハンセン扮するジャーナリスト志望の大学生をショーの最中に舞台に上げる。マジックボックスに入ってもらうためだ。彼女は、自分の体はどうなってしまうのかとドキドキしながら入ると、思わぬ出来事が起こる。有名ジャーナリストの亡霊が出て来て、殺人事件の特報をもらうのだ。そこで、マジシャンと彼女は協力して、その真相を明かすべく奔走する話。でも実は、ミステリーや明らかにされていく真相は、まるで昼ドラレベルだから、どうでも良い。むしろ面白いのは言葉。ウディ・アレンの独り言やスカーレット・ヨハンセンとの会話、イキリスのスノッブな貴族社会をおトボケキャラで皮肉っているところ、などなど。やっぱり学生の頃、周りの意見が正しかった!何よりも気に入ったのが、この言葉。彼が、秘密の部屋に忍び込もうとした際に、暗証番号を忘れてしまって、必死で思い出そうとする。あーでもない、こーでもない、と何度も数字を打ち直し、最終的に扉が開いた瞬間、「ユリイカ!」と叫んだ。分かったぞ、やった〜!と喜ぶ時、皆さんは何ていいますか?私はよく「ゆっぴー!」と言います。「イエス!」と言う人もいれば、「イエーイ!」と言う人もいるし、色々だけど、「ユリイカ!」とは!この言葉、私もいつか使わせてもらおう。壮大な発見をした暁に、是非。(by Anne)


ユリイカ
青土社出版の総合芸術雑誌『ユリイカ』。雑誌というより書籍のようなものだ。そのつど、テーマが違って、面白いけど、内容はとても濃くてちょっと難しいから、この号も随分前から持ってるけど、未だに全部読み切れていない。そもそもユリイカという言葉は、発見という意味のあるギリシャ語で、「分かったぞ」とか、「見つけたぞ」とかに近いニュアンスらしい。そもそもは、アルキメデスが、王冠が純金であるかを測るための方法を見つけたときに、思わず出した叫び声。ウディ・アレンの『タロットカード殺人事件』はシャンテシネ、Bunkamuraル・シネマ他にて公開中。

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2007年11月21日 (水)

ペルセポリス

ペルセポリス

ジャジャーン!これが『ペルセポリス』だ。試写の案内を頂いた2ヶ月前からずっと、「ペルセポリス」って知ってる、聞いた事ある、なんだったっけ?と気になっていた。しかもカタカナ読みではなく、あの喉に痰が絡まったようなフランス語発音の、「persepolis」が鼓膜に残っていたのだったから、余計気になっていた。ってことは、東京じゃなくて、パリで聞いた言葉の筈よね?なんだか気になりつつも、そのままにしていたが、最終試写が近づいている事に気付き、慌てて観に行った。12月22日渋谷シネマライズにて公開される作品で、イラン人の女の子が主人公のモノクロ・フレンチ・アニメーション。そう紹介されると単純に地味めかな、と思ってしまっていた。しかし、オオ!地味とか派手とかどうでもいい、素敵すぎる作品!幸せに恍惚として、私はジャスミン畑の上を跳ねるような気持ちで家まで帰った。門の前に着いて、鍵をポッケから出した時、やっと思い出した。「persepolis」、「persepolis」、「persepolis」…。痰が絡まったようなRの発音でそう唱えていたのは、妹だった。パリの地下鉄で。「アンヌ、これ知ってる?」、「なあに?」、「"Persepolis"」、「ふーん。なんなの?」、「マンガ」、「ふーん」、「イランの」、「ふーん」、「この女の子、かわいいの」、「ふーん」、「すっごい良いから、アンヌも読みな!」、「ふーん」。そうだった、こんな会話をしたのだった。『ペルセポリス』はそもそも、妹はマンガと言ったけど、グラフィック・ノベルで、現在16カ国語に翻訳された世界的ベストセラーだ。それを映画化したものが、今回公開される作品。作者のマルジャン・サトラピが、大人になるまでの半生を、イランとヨーロッパを舞台に、とにかくブラックでチャーミングなユーモアを満載させて描いている。イランでは革命や戦争を、留学先のウィーンでは文化の違いと孤独を、帰国後も孤独と矛盾を経験する少女マルジ。笑ったり怒ったり、いたずらをしたり叱られたり、反発したり同調したり、恋したり失恋したりしながら、大好きなおばあちゃんが常に言っていた言葉の意味を理解していくのだった。「いつも公明正大でいるんだよ」。歯に濡れ衣をきせないトークとモダンな考え方で、常にマルジを支えてきたおばあちゃん。朝ジャスミンの花を摘んでブラジャーに入れておくと良い香りがするとも教えてくれる。こんな素晴らしいおばあちゃんがそばに居たなんて、羨ましいくらい。イランって遠いと思っていた。けれど考えている事って、そう変わらない。恋をしている最中は王子様と思っていても、失恋した途端に、「オエーッ!なんであんなヘッポコが良かったのかしら?私ってホント、バカだったわ!」って。急にドブサイクに見えたりして。フフフ。あーあ、妹が地下鉄で勧めてくれた時、なんで「ふーん」ばっかり言ってすぐに読もうとしなかったんだろう?でもいくら趣味が似ているからといって、先生じゃあるまいし、なんでもかんでも言う通りにする訳ないか!先生の言う事だって聞かなかったものナ。マルジみたいに。でも、妹の言う事を聞かなかったからこそ、今回『ペルセポリス』を観ての感動だもの。(by Anne)
Persepolisチラシ
2007年カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作品『ペルセポリス』は、12月22日渋谷シネマライズにて公開。監督はマルジャン・サトラピ&ヴァンサン・パロノー。声優には、カトリーヌ・ドヌーヴ、キアラ・マストロヤンニ、ダニエル・ダリュー、と豪華。まるで、イラン版社会派『アメリ』だ。私の2007年ベスト・ワン。

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2007年10月 4日 (木)

シネmemo特報

急いでいるので走り書きにします。押し売りするつもりはありませんが絶対に観てほしい映画2本です。
『ある愛の風景』は、8月15日にこのmemo日和で紹介した『アフター・ウェディング』(10月27日、シネカノン有楽町1丁目にて公開予定)のスザンネ・ビア監督が手がけた作品で、ハリウッドでリメイクが決定したもの。シンプルな日常生活の物語でも、スケールは壮大。もし、やむを得ない事情で大きな罪をおかしてしまったら、その日常はどう変わるだろう?同じようにパートナーに愛されるか?そして同じようにパートナーを愛せるか?11月下旬より、新しくオープンするシネカノン有楽町2丁目にて公開予定。とにかく私は、この監督の作品を観て、後悔をしたことがない。
『明るい瞳』こちらは10月12日までシアター・イメージ・フォーラムで上映中。早くしないと終わっちゃう!少しヘンテコな女の子が森でキコリと出会って幸せを知る、といったチャーミングな大人のおとぎ話。DVDになったら、多分買うだろうというくらい、好きな作品。
(by Anne)

ある愛の風景

明るい瞳

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2007年9月21日 (金)

気になるACA

Aseptic、Clinical、Asexual。英語で言うとこういった形容詞が放つイメージが、どうもこのごろ気に入らない。英語ができないのにこんなことを言えるのは、フランス語が全く同じ形容詞を使うからで、ここに書くんだったらフランス語より英語の方がわかりやすいかな、と思ったから。それに、日本語で言おうとすると、なかなか難しくて、無菌の、診療所的な、無性の、って直訳してみてもなんのこっちゃになるから。でももう少しがんばって説明してみると、こうなる。aseptic、clinical、asexualとは、きれいに殺菌されチリひとつない、冷たい病院のような雰囲気で、まったくもってセクシーじゃない、っていう感じかな。この『Aseptic、Clinical、Asexual』を、私は勝手に略して『ACA』。ACAだな〜って思って残念なのは、最近エコロジー&玄米菜食をイメージしたカフェや御飯屋の内装。もちろん例外もたくさんあって、一概にそうだとは言いきれないけれど。そういったお店こそ暖かみを大切にしている筈なのに、なんで年期の入ったソファーではなく、手作りのテーブルではないのかな、と思ったり、健康的イコール清潔感にとらわれ過ぎて内装が病院っぽくなっているような気がしたり。環境と健康を意識することは大事だし興味あるからそういったお店が好きで入るのに、ACAなところにがっかりするのである。前振りが長くなったが、好きなんだけどACAだな〜って思ったのはお店のみならず、例えば映画もある。萩上直子監督の『めがね』が公開されたので観に行きたい。んだけど、前回の『カモメ食堂』で、ACAだな〜って思った事が喉に閊えている。前作は私の中でうまく心の引き出しに片付けられない作品だった。好きという引き出しに入れるか、嫌いという引き出しか。気になる所があるけど良い映画っていう引き出し、なんて適当な所にはしまいたくないし。北欧家具が並ぶ内装や登場人物のスタイルは、センスが徹底していて素敵だ。料理に対する登場人物の考えには共感する所もたくさんあった。物語が淡々と進み、ほのぼのとした幸せを掴む展開なんかは、緩さの面白さがあって日本らしい。おまけに、小林聡美さんだ。かわいいし、このくらいハイレベルな演技でないと、こういう映画は良さが出てこないと思った。なんだけど、ACAが気になる。ま、監督はセクシーな映画を作るつもりなんて微塵もなかっただろうから、ACA、ACA、言ってる私が御門違いなだけなのかも知れない。『めがね』も小林聡美さんで、市川実日子さんも出演してるし、食事のシーンも多そうだし、やっぱり楽しみだな。(by Anne)

ACAカラー
ACAを色で例えると、ベージュ。でもベージュは好きな色だし、良く着る。結局、良くも悪くも気になるACAなのだ。

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2007年9月17日 (月)

ミケランジェロとイングマール

先日知った!映画界の巨匠の、ミケランジェロ・アントニオーニ監督が7月30日に亡くなったそうだ。94歳だった。さらに同じ日に、同じく巨匠のイングマール・ベルイマン監督も亡くなっている。89歳。私の5本の指に入る、最も好きな、最も尊敬する監督2人。彼らの新作を、もう観ることができないんだと思うと、残念でならない。二十歳ぐらいの頃、小さな映画館に嫌というほど彼らの作品を観に行っていた私の中で、なにか一つの時代が終わったような感じがする。(by Anne)
太陽はひとりぼっち
アラン・ドロンとモニカ・ヴィッチという豪華キャストで、コミュニケーションの難しさを描いたアントニオーニの作品。私の宝物。

ベルイマンを読む
何度も読んだベルイマン作品の参考書。三木宮彦著。フィルムアート社。


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2007年9月 7日 (金)

ミスからミセスへ

「かわいい映画だったわ」。『ベイブ』で知られるクリス・ヌーナン監督の新作、『ミス・ポター』を観る前から、観賞後の感想はきっとこうだろうと決めつけていただけに意表を突かれた。あの、名作『ピーターラビット』の作者、ベアトリス・ポターの半生を描いた物語だというから、いつも読んでいたピーターラビットの挿絵や物語を思い出すだろうな。私の食器が全てピーターラビットだったから、子供の頃の食卓を思い出すだろうな。きっと懐かしい気持ちになるんだろうな。そう思っていたわけで、ピーターが登場して、繊細なCGアニメーションで読者が想像していたような動作をし始めると、いよいよあの物語の世界へ導かれるんだ、と待ち構えるんだけれど、一向に物語の扉が開かない。作者ベアトリスの生活や育った環境を観ているうちに、むしろどんどん彼女の心の中に導かれていくのだ。それは20世紀初頭のイギリス。まだ厳しいヴィクトリア調の風習が残る上流階級では、女性が仕事を持つなんて許されない。しかし裕福で身分相応の階級の家に嫁ぎ、いわゆる専業主婦になるのが幸せだと教わることに、ベアトリスは疑問を抱いていた。アホ面のボンボンのお嫁さんになって、紅茶を片手にテラスでお喋りなんて考えられない。私にはもっとやりたいことがある。お友達と一緒に物語を作ることだ。お友達とは、幼い頃田舎の湖畔や農家で見た沢山の動物達。この動物達をモデルに、日々絵を描き物語を想像して過ごしていた。いつか発表できることを夢見て。しかし、環境が環境だけに誰の賛同も得られず孤独な思いを抱えていたベアトリスに、突然転機が訪れた。編集者ノーマンとの出会いをきっかけに、彼女は初めて作家として認められるようになり、作家としての喜びを得る事ができ、同時に初めて、恋をしたのだった。しかしそこには、人生のさらなる試練と新たな挑戦が待ち受けていた。彼女は、さなぎが蝶に変態するように、少女から大人の女性になるのだった。もう、ミス・ポターではない。ミセスよ、と。素晴らしい結婚を前に、独立という大きな大地の上に立って。懐かしさに浸るよりも、大人の女性の生き方を、ひとつ学ばせてもらった。そんな作品だった。(by Anne)

ミス・ポター
『ミス・ポター』(監督:クリス・ノーマン、主演:レニー・ゼルウィガー、ユアン・マクレガー、公開:9月!!!、配給:角川映画)。『ピーターラビット』の作者、ベアトリス・ポターの物語。かわいいセンカンド・グッズもいっぱい。ペンが一番気に入ってる。

Porto Reserva
映画『ミス・ポター』の中で、ポター家での食事会が開催されるシーンがある。お客様が来る前に、ベアトリスの母は召使い達に色々と注意事項を説明していた。なかでも印象的だったのは、「あの人がポルトワインを4杯以上飲んだら、私に知らせて」という台詞。ポルトとは、イギリスらしい。植民地開拓の時代、長く厳しい航海に耐えられるためのアルコールが、ポルトワインだ。酒精強化ワインなので日持ちがする。だからアルコール度が高い。4杯も飲んだらかなり酔う筈だ。本来はポルトガルのものだが、世界的に広めたのはイギリス人。このポルトワインは、 Porto Reseva "Ramos Pinto"。ポルトガル産。渋谷のフード・ショウで2940円だが、長期熟成されたものなどは、一万円以上するものもある。これは酒精強化の香りも強いが、濃厚なプラムのジャムのような香りと味わいで、酸味もひっそりとある。キンキンに冷やして飲みたい。

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2007年8月15日 (水)

アフター・ウェディング

ふぅ。こういう映画を観ると、素晴らしく充実した一日を過ごした気になる。スザンネ・ビア監督の『アフター・ウェディング』。デンマーク映画だ。と聞いて、ラース・ヴァン・トリアーを筆頭としたドグマ作品を思い出し、きっとビービー泣かされるハメになるだろうとハンカチでなくタオルを持って行って良かった。期待を遥かに超えた感動作。彼女の前2作『幸せな孤独』と『ある愛の風景』(前者は現在DVDで観賞でき、後者は本作品と同時期公開予定)は、すでにハリウッドでリメイクが進んでいるという。まるで『バベル』や『ナイロビの蜂』を彷彿とさせるいくつものシーンを抱えた本作品。結婚や離婚、後進国からの養子縁組などで形成される新しい家族の形が存在する今、愛する思いをどう伝えれば良いのだろうと、しばしば悩むだろう。ここに一つの答えがあり、その答えに心打たれる。インドの孤児院で援助活動を行なっているヤコブ(『007カジノ・ロワイヤル』のマッツ・ミケルセンが演じている!)のところに、デンマークから電話が入る。大実業家のヨルゲンからだ。援助するべき人を見つけても、お金の調達には疎いヤコブに、「金が必要なら取りに来い」という。恋人を失い、愛情の置き去りにされたようなヤコブは、同じようなインドの孤児達と共に暮らすことが心の安らぎで、ひと時もインドを離れたくなかった。しかし、閉鎖されようとしている孤児院を守るため、ヨルゲンに会わなければならない。仕方なく久し振りに母国を訪れることにした。ヨルゲンに会うと、支援してもらえるようヤコブは説得にかかる。ところがヨルゲンは孤児達に興味を示すそぶりすら見せず、むしろお酒を飲むことばかりが気になるようだった。こんな金持ちばかりの国には愛情なんてない、と怒りを覚えるヤコブに、追い打ちをかけるようにヨルゲンは言う。「明日、娘の結婚式なんだ。来てくれ」と。知りもしない人だというのに。支援金のため、またもや仕方なく、出席することにする。が、そこには彼の人生感そのものを覆す大きなヨルゲンの思惑が待っていたのだった。思わぬ人との出会い。ヤコブは次第に、愛情を注ぐべき本当の場所を見つけることになり、その結果、ものすごい現実を目の当たりにすることにある。愛情以上に切実なインドの問題。そして私たちは目を醒すのである。
そんな超感動作を観ながらも、お酒のことはしっかり気になっていた。なにせ、この作品はお酒がテーマではないのに、飲むシーンがとても多い。しかもワイン生産国でもないのに、白も赤もグビグビ。ウォッカとアクアビットらしきものも登場する。デンマークだからアクアビットは『オールボー』という銘柄を飲んでいるのかな、とか想像したり、白や赤ワインのラベルをチェックするのが困難だったり。用途は様々。耐えられない現実から逃避するためのお酒。祝福のためのお酒。和解のためのお酒。白夜を眺めながらヤコブが心穏やかに飲んだお酒は、赤。銘柄は分からない。私なら、ヴィンテージものを選ぶだろうけれど、まだ知らないアクアビットをまずは味わってみたい。(by Anne)

アフター・ウェディング
『アフター・ウェディング』。監督:スザンネ・ビア。主演:マッツ・ミケルセン、他。配給:シネカノン。公開:10月@シネカノン有楽町1丁目。

シュナップス
スウェーデン文化交流協会出版の『スウェーデンの伝統料理』より、拝借。スウェーデンのアクアビットは「シュナップス」というらしい。デンマークのアクアビットもこんな感じだろう。ヤコブとヨルゲンが食前酒に飲んでいたのはこんな色のこんなグラスに入ったもの。ジャガイモを原料とした蒸留酒。キャラウェイ、フェンネル、アニス、ブラックカラント、などで香り付けする。一度味わってみたい。ちなみに、この本はIKEA港北店で購入。

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2007年8月 7日 (火)

パワフルな癒し

今日、久々にネイルに行ったら、あっという間に8月ですね、と言われた。そうだ。そしてお盆の話をした。あっという間に夏も終わるのかと思うとちょっと寂しい気分になったが、まあ、秋は秋で色々楽しみがある、と今からワクワク。読書、食、などは定番だが、秋の台風も好きだ。と、言うより、台風一過のあの初秋の空。澄み切った空気と空の青が好き。心もすっきりする感じがするからだ。そんな台風一過のように、心をすっきりさせてくれる映画が、『ヘアスプレー』(10月中旬公開)。主演にジョン・トラボルタ、ミシェル・ファイファー、クリストファー・ウォーケンを揃えた、豪華ミュージカル・ムーヴィーだ。若干18歳の新人、ニッキー・ブロンスキーの歌声とダンスでオープニングを迎えた、その瞬間。心に停滞している分厚い積乱雲や雨雲、しぶとい濃霧、激しい落雷、はっきりしない曇、とにかく全部が、ものすごいパワーで台風のように、根こそぎ攫われる。そして心には、キラキラと太陽の暖かい光が差して来るのだ。なんて楽しい、なんて明るい映画だろう。要は、元気の良い小さなおデブちゃんのトレイシーは、歌とダンスが大好きで、スターになるのを夢みている。けれど、周りにそんな容姿じゃ無理だと貶される。でも、ポジティブ・マインドの彼女は人が何と言おうとおかまいなし。そうこうしているうちにトレイシーは、スターになる以上の幸せを掴む、といったサクセス・ストーリー。人は、人と違う自分を好きになる事で、人と違う人を受け入れる事で、自分自身が、よりいっそう、幸せになれるのだろうと思った。このニッキー・ブロンスキーがとても愛らしいのはもとより、一体どこに潜んでいるのかお楽しみのジョン・トラボルタも、ある意味、素晴らしく、カッコいい。こんなパワフルで元気になるアメリカン・ミュージカルには、勿論アメリカのメルローがオススメ。ミシェル・シュルンベルジェのなら、確かな味わい。(by Anne)

ヘアスプレー
映画『ヘアスプレー』。監督:アダム・シャンクマン。主演:ジョン・トラボルタ、ミシェル・ファイファー、クリストファー・ウォーケン、ニッキー・ブロンスキー。配給:ギャガ・コミュニケーションズ。公開:10月中旬、丸の内プラゼール他、全国松竹・東急系ロードショー。

ミシェル・シュルンベルジェ
Dry Creek Valleyの、ミシェル・シュルンベルジェ社のメルロー。2002年。アメリカ、ケープ・コッドで購入して、値段は忘れちゃった。でも、日本でもよく見かける。確か、ロートシルドの家族で、フランス系のなのでシュルンベルジェ、と私は発音しているけど、正しいのかは???

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2007年7月 6日 (金)

目に美味しく心に優しいお料理

とは言え、映画の話です。気の早い話だけど、食欲の秋を準備する絶好の映画が晩夏に公開されます。『厨房で会いましょう』(監督:ミヒャエル・ホーフマン)にはその名から想像できる通り、グルメ・シネマ。とは言え、美味しいものを食べるシーンだけのお話ではありません。そもそも「グルメ」と言うと、当然イタリアかフランス映画でしょ、って思い込んで観たから、のっけから意表をつかれてオヤマァだった。聞こえるのはドイツ語ですから。じゃがいもとソーセージの国。洗練されたお料理なんて、あの、官能にはほど遠い堅くて真面目なドイツ人には作れないわよね、なんて侮辱的な考えを持っていた私がバカだった。お見それしました。主人公の、天才シェフと言われるグレゴアは、ある日平凡な主婦エデンと出会って、恋してしまう。でも彼は愛情の表現方法を知らない不器用な人。官能的な表現が出来るのは、唯一料理の世界だ。その味わいは舌に乗せた瞬間から、人々をうっとりさせる。「エロチック・キュイジーヌ」の達人なのだ。グレゴアがエデンへの思いを胸の内に秘めれば秘めるほど、素晴らしい料理に拍車がかかり、味わった人々は恍惚として、もはやテーブルマナーもそっちのけで欲情のままに、頂いちゃう。その可笑しいこと!その気持ち、分かるわぁ!ところが、うっとりばかりしてられない。物語は思わぬ方向へ展開してゆく。これにもオヤマァ。質の良い食事は、バランスに優れていて、健康な体と健全な心を培うのは周知の事実。だからグレゴアの料理が、人々の健全なエロティスムをかき立てるのも、納得できる。しばらくすると「エロチック・キュイジーヌ」を口にしたエデンの、妊娠が発覚する。長女を出産してから、ずっと待ち望んでいた事だった。健康な男の子。それは素晴らしいことだけど、仮に、障害のある子供だったとしても、生まれて来るパワーがあったのだから、大きな魔法を持っているに違いない。人々を幸せにするという魔法。グレゴアの料理のように。そんなことも考えさせられた、心温まる作品だった。今回のオススメのワインは、アウスレーゼ。レバーペーストをエデンが食べてるシーンで、彼女の目の前にある白ワインがアウスレーゼだったら、うーん!!たまらない!(by Anne)
厨房で会いましょう
『厨房で会いましょう』。監督:ミヒャエル・ホーフマン、公開:晩夏@Bunkamuraル・シネマ、配給:ビターズ・エンド。この映画の中でのお料理は、すべてミシュラン1つ星のシェフ、フランク・エーラーが手がけたそうです。現在は、5つ星ホテル『エルププリンツ』で料理長を務めているのだそう。なるほど、納得の品の数々。美味しそうなのは勿論、まるで抽象画のように美しい。以下、ご賞味下さい。(スティールの提供は、ワイン以外、すべてビーターズ・エンド社より。ありがとうございました。)

料理1

料理2

料理3

アウスレーゼ
やや甘めの白ワイン。ラインガウの「HATTENHEIMER NUSSBRUNNEN」の、アウスレーゼ(1999)。エノテカ広尾店にて、ちょっと奮発して5145円。リースリングの独特の香りがきいている。

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2007年6月 8日 (金)

セカンドライフ、内なる帝国

もう一つ、『インランド・エンパイア』(デイヴィッド・リンチの新作。6月6日参照)を観て思ったこと。
今流行ってるらしい『セカンドライフ』をトライしたことありますか?ネット上でもう一人の自分を造って、好きな容姿を選択し、好きな服を着せて、世界中どこでも好きな所に行けるのだ。パリ、ロンドン、ニューヨークはもとより、六本木ヒルズや銀座の街中、官能的なプライペートビーチや踊りまくるためのクラブ、などなど。ありとあらゆるスペースがあって、つい最近のフランス大統領選では『セカンドライフ』上で、各候補者が選挙運動実施のスペースを設けていた、なんてこともあった。それぞれの場所には、どこのだれが操作しているのかわからない、ネット上のアイデンティティーを持った人々がいて、その人たちとチャットすることができるし、お金をためて何かを売買したりもできる。私は少し覗いただけだけど、ウチのパソコンの容量が小さいせいでスムーズに動かせなかったというもどかしさ以上に、続ける意味が見えない程の退屈さを感じた。何が面白いんだろう?楽しみといえば、憧れの人物のようになれる、現実ではできないことができる、といった夢がみれるといったところか?情報交換ぐらいなら、なにも『セカンドライフ』しなくてもいいだろうし。でも、いくら動かしている人が、ネット上にもう一つの人生を作ったとしても、本当にもう一つの人生になるだろうか?人の心が一つである限り、ネット上の人物も自分自身でしかない。人は色んな人生を夢みたり、今までの自分とは違うことをしてみたり、アイデンティティーを見失ったりする。『インランド・エンパイア』のローラ・ダーン扮するスーザン(またはニッキー)もまた。だけど、どんな場所にワープしようと誰になろうと、彼女の心は、やはり一つでしかないのだ。そう思ったら、人間の心の尊さをものすごく感じて、なんて気高い作品なんだろう、と心打たれてしまったのだった!そうだった、そうだった!私がリンチの映画が好きなのは、その気高さゆえなんだった。(by Anne)

内なる帝国
『インランド・エンパイア』(7月恵比寿ガーデンシネマにて公開)。女優ニッキーは『暗い明日の空の上で』という映画に出演することになる。ところが、共演者との不倫が発覚すると、自分と映画の中の主人公スーザンとを混同し始める。それから、過去の時分とであったり、映画の中の登場人物達と出会ったりする。彼女はロサンゼルス、「インランド・エンパイア」とう名の町、そしてポーランドへワープする。全ては、彼女のひとつの心の内。内なる帝国(インランド・エンパイア)だ。

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2007年6月 6日 (水)

真夏の夜の夢、のまた夢の夜

ファックスを初めて見たときの事を思い出した。自由が丘の塾で。ジーという音と共に文字の書かれた文章が機会の口から出て来た。受付の女の人がその用紙を手に取り、「不思議でしょう?これ、今都立大学から送られてきたのよ。」姉妹塾のことだ。一体、一枚の紙に書かれているものが、どうやってこっちに一瞬で届くのだろう?でも、そんな疑問はもはや持たない。当然のように毎日ファックスを送り、受信する。テレビをつければ、目の前に、どこか別の空間で行動している人が見える。画面の裏にたくさんの小人が居るわけではない。スカイプを立ち上げれば、地球の裏側にいる人と、まるで目の前にいるかのように自然に、他愛もない会話がでるし、同時に相手を画面で眺めることもできる。昔、テレビ電話なんて、夢のまた夢よね、と憧れて終わるかと思っていたのが現実になっている。どんなにロジカルに考えたとしてもあり得ないはずのことが、時が経つとあり得ることになるのだ。ロジックとは、時代によって少しずつ変わる物なのかもしれない、なんて言ったら、デカルトは腰を抜かすかな?未来は、もしかしたら全く違ったロジックでものを考えるようになるのかもしれない。デイヴィッド・リンチの新作(!)『インランド・エンパイア』は、そんな予感がする作品だった。「ありえない」とされているストーリーの展開、何かがズレているような会話、主人公が全く別の人になっている異様さ。でも、いつの間にか、特に今までリンチの作品に一度でも魅了された人ならば必ず、ミステリアスなこの世界に崇高なものを感じて、訳の分からないまま引き込まれてゆく。夢のまた夢のような魅力に。ワインは、ビオディナミを是非。真夏の妖艶な夜に、ロジックではありえない造り方をしているワインの、独特な味わいを楽しんでみたい。畑に水晶をばらまくこともあるのだそうだから!(by Anne)

インランド・エンパイア
『インランド・エンパイア』。監督:デイヴィッド・リンチ。7月恵比寿カーデンシネマにて公開。同時期にアニエス・ベーによる『インランド・エンパイア写真展』も、青山店にて開催される。配給:角川映画。

ドメーヌ・ニヴェ・ガリニエ
『ドメーヌ・ニヴェ・ガリニエ 2003』。ヴィノスやまざき渋谷店にて2880円。ビオディナミのワインは独特の香りと味わいがあるけれど、これは南仏のものだから比較的まろやかで飲みやすい。左下にはちゃんとエコマークが。

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2007年5月31日 (木)

シネメモあれこれ/3〜4

3/『インランド・エンパイア』(デイヴィッド・リンチ監督の新作:7月恵比寿ガーデンシネマにて公開)を観てから、どうも変だ。『Rolling Stone』誌によると、この作品は「人の心を変えてしまうくらい、強烈な副作用を持った劇薬である」とのこと。「よく言った!」という感じ。いろいろと思う事があるので、この作品については後日じっくり話そうと思ってる。
4/カンヌ映画祭から戻って来た松本人志(new)監督のインタビューを観ていたら、初監督作品『大日本人』の、向こうでの反響はおしなべて良かったというにもかかわらず、打ち拉しがれた様子だった。聞けば、一部のジャーナリストのコメントがシビアというか、貶したというか、要するに彼の言葉を借りれば「そこまで言うかー?」ってことを言ったらしい。ははーん。と思った。日本では、例えばおすぎさんの茶目っ気ある辛口コメントにはみんな慣れている。でもフランスのジャーナリスムはシリアスに辛口だ。容赦なく言葉という、ともすれば危険な武器で、相手や作品をボコボコにしてしまうこと多々有り。というのも、フランスは、相手に自分の意見をはっきり伝えることで、初めて自分の存在を認めてもらえる文化だからだ。仮りに、相手の話を聞いて、「そうですよね、良く分かります、僕も同じように思ってました」では、脳味噌空っぽだと思われ、相手にもされない。相手の話を「でも(oui mais、英語のbut)」で打ち切り、相手の意見と別の意見(大概真逆の意見)をぶつけることが、会話を成立させることであり、オオ!こいつは結構面白いヤツだ、と思わせるコツなのだ。ところが、それを日本でやってみるとどうだろう。特に私が帰国したばかりの頃、「でも、でも」と連発していたと思う。仕事現場でも、折角ヘアメイクさんが何気ない話をして場を和ませようとしてくれているのに、「そうですね〜」と言って柔らかい会話を楽しめば良いのに、やっきになって「でも!私はこう思う!」と主張してみせていた。さぞ、ムツカシイ子ね、って煙たがれたことだろう。化粧水の話や、休日の話や、レストランの話なのに、なにをそんなに!とほほ。バカみたい。日本では、そもそも、会話をスムーズに成り立たせるコツは「そうですね、ウンウン、私もそう思います」と同調することから始まる。そう言う事で、相手に自分の存在を受け入れてもらうのだ。それからしばらくして、ようやく、柔らかなオブラートに包んだ自分の本音を伝えることができるんじゃないか。そんな中から、いきなりカンヌという、全く別の会話のルールの中に放り込まれた松本監督は、さぞびっくりしただろう。だいたい批判ばかりして粋がって自分の存在を何が何でもアピールしようとするのは、フランス人ジャーナリストでも新米君なのではないだろうか?ま、驚いただろうけれど、その辺は大目に見てやって下さいネ、と思うところだ。ただ、そんなフランス人ジャーナリストの批判族の中に、時々評論家の巨匠が潜んでいることもある。その場合は、少しだけ耳を傾けたほうがプラスになるだろうな、と自分に言い聞かせている。(by Anne)

披露宴
お隣は知らない人、という友達の披露宴にて。フラワーアレンジメントが超ゴージャス。

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2007年5月30日 (水)

シネメモあれこれ/2

つづき。ちなみに「殯」とは、身分の高い人の本葬をする前に、お棺に遺体を納めて仮に祭ること、だそう。『殯の森』は、子供も亡くした女性と痴呆症の男性が森の中を彷徨う物語なのだそうだが、この森が、二人が人生を再生するための洗礼の場所、っていうことなのかな。とにかく早く観たい。
2/TOHOシネマズのプレミアスクリーンを知っていますか?3000円払って、特別なコンディションで映画鑑賞できるといった、要するに、映画館のグリーン車ってこと。プレミア観賞券をプレゼントされたので、日曜日に行ってみた。プレミアで上映されている作品は大概、超ドッカン娯楽映画で、私が積極的に観たいと思うものが上映されていることは稀だ(娯楽映画も勿論好きだけど、超ドッカンはキツイかな)。午前中は、あの『不都合な真実』だったけど、日曜日早起きする気分でもなかったし、やっぱりプレミアで観るなら娯楽映画でしょ、ってことで、選択肢もなく『パイレーツ・オブ・カリビアン(ワールド・エンド)』を観る事にした。ま、面白いかもしれないし、と一応モチベーションを高めて行くと、もう最前列の席しか空きがなかった。プレミアと言うからには、最前列と言えども首が鞭打ちになるような角度ではないでしょうと、オーケーした。いざ、席について上映がスタートしたとたん、しまった、と思った。1800円払って観る所の最前列と何も変わらないではないか。首は辛いし、スクリーンは近過ぎで字幕を読んでいると映像が観れない状況だ。おまけに、映画のセレクションも悪かった。この『パイレーツ〜』は、上映中の3時間、ずーっと、ドンパチやってるのだ。どのシーンをカットしても同じにしか見えない。上映中に三回寝て、三回起きても、ちゃんとついていける内容だと、あるコメンテーターに言わしめた位、何所もかしこも同じドンパチシーン。スクリーンが近過ぎた私は、三時間ずーっと、ジャクソン・ポロックの抽象画でも観せられていたようで、目がグルグル回って散々だった。物語も全く覚えていない。唯一覚えていて良かったのは、かわいいお猿の演技(?)と、恐らくシブシブ出演しただろうキース・リチャーズ(ローリング・ストーンズのギタリスト)の顔!彼こそ、本物って感じで、役不足にも思えた。映画の話はさておき、やっぱりシートが気に入らない。プレミア席を作るんだったら、あの、忌々しい最前列を取っ払ってしまえば良いのになあ。それと、もう一つ不思議に思った事。カップルで席に着くと、二人の間には小さなテーブルがある。二人でゆっくりドリンク片手にくつろいで頂けます、といったとっても気のきいた造り。。。と思いきや、パートナーはテーブルを挟んだ向こう側にいる。オーイって呼ばないと聞こえない。逆サイドの方は、見ず知らずの人とべったりお隣同士。ふと、この間招待された友達の披露宴を思い出した。着順は、全く知らない人同士をわざと隣り合わせにしたものだった。せっかくの機会だから、色んな人と知り合いましょう、という趣旨だったからだ。それは良かった。でも、パートナーと過ごす大切な日曜日の午後には、映画館でわざわざ見ず知らずの人と知り合いたい筈もなく。つづく。(by Anne)

パイレーツ・オブ・カリビアン
よくわからないカードをもらった。多分、携帯の待ち受け画像などのプレゼントをもらうための。。。なにか。

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2007年5月29日 (火)

シネメモあれこれ/1

1/いやはや。今回のカンヌ映画祭は60周年記念ということで、ビックイベントだから、巨匠監督ばかりのラインナップで、ハッとするような驚きはないだろうなーって思っていた。が、全然そんなことなかった。さらに、河瀬直美監督の『殯(もがり)の森』がグランプリ(パルム・ドールに次ぐ賞。私は大概、パルム・ドール受賞作品よりも、グランプリ受賞作品の方が好みだ)を受賞して、もう、大興奮。なにせ、『萌の朱雀』を見たときからの大ファンで、『殯〜』はまだ観てないけど、テレビでチラっと作品の映像を観ただけでも、ジーンとしてしまうのだ。『萌〜』(あら!こう書くと、ズッコケるわね。秋葉原じゃないです)がカメラ・ドールを受賞した時、その頃パリのレオミュール・セバストポールに住んでいたから、近くのポンピドゥーセンターの前にある映画館で観たわけだけど、感動し過ぎて、帰り道には人目もはばからないで、一直線の道をワンワン泣きながら走って帰ったのは、忘れもしない。なんでこんなに感動するのか分からない、魔法のような映像。特に、家族が窓から外を眺めるシーンでは、まるでデニス・ホッパーの絵のような美しい光が家族に注がれ、それだけでもひとつの作品として成り立つようだった。本当にカメラ・ドールに相応しい作品だ。で、今回の作品の公開は、六月末。テレビでははっきりどの映画館で公開すると告知してなかったけど、グランプリ受賞というのに聞いた事ないような映画館での上映だ。本当にこっそりひっそり上映するつもりなのかしら?宣伝・配給ともに「組画」、とあるけど、河瀬監督が独自で作った配給会社なのかな。これだけインディペンデントであろうとする彼女は、「映画をつくる事は人生に似ていて、本当に大変です」と苦労を語りながらも、決して商業ベースに乗ろうとしない括弧たるポリシー、絶対に自由でいたいというポリシーがあるのだろう。本当に自分が撮りたいものを追う、ピュアな作家精神にも心打たれるし、表彰台の上で、決してキャピキャピするわけでもなく、ポロポロ泣くわけでもなく、強い眼差しと柔らかな口調で、冷静に簡潔に作品について語るマチュアーな彼女の姿に、もう、ただただ、ほう、とため息をついて憧れるばかりだ。同じ三十代とは思えない、なんて大人な人なんだろう。とにかく、6月末の公開が待ち遠しい。つづく。(by Anne)

殯の森
『殯(もがり)の森』、監督:河瀬直美、配給:組画。6月23日シネマ・アンジェリカにてロードーショー。
恥ずかしながら、こんな映画館があるなんて知らなかった。単館系映画館。作品のセレクトもけっこう良さそうだったので、今度観に行ってみよう。ただ今公開中の『サン・ジャックへの道』は、ヘアメイクさんが面白かったと言っていた。


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2007年5月17日 (木)

注釈、又は言い訳

注釈その1/そもそも私は小さなメモ帳に、ふっと頭浮かんだ事をメモったりしていた。で、このブログも、『メモ日和』とあるように、本当に私にとってメモ帳みたいなものだから、パッパッとパソコンで打って、ピッピッとアップしてしまう。だから、私の日本語が元々ちょっと変なのに輪をかけて、誤字が多くなっているだろうし、なんだかつじつまが合わない話もしていることだろう。でも、ブログだし、メモ帳だし、オッケーってことにしているので、その辺は愛嬌痘痕ってことで、悪しからず。
注釈その2/5月10日付けのブログの最後の方に、「幸い、二人とも、それぞれ結婚している」と書いたことが気になった。話の流れで「幸い」と書いてしまったが、別に結婚することが幸いだとは思っていないんだった、と。フランスを始めとするヨーロッパでは、結婚という形はもはやあまり意味のないことだという風にとらえられていて、若者達の間ではパートナーと一緒に暮しているけど、結婚していないというパターンが主流だし、子供が出来てもそのままにしている事も多々ある。それで問題が生じないようなインフラストラクチャーがあるってことだ。日本はまだまだ。いくらパートナーですって言っても、あまり正式なカップルとして認めてもらえない。数ヶ月前だったか、パリに住む友達のフランス人カップルが結婚したときのこと。私も含め、みんな、「えええ!?」だった。挙って、「聞いた?結婚したんだって!どうしてかしら?」とウワサしたくらい、フランスでは、みんなしないのだ。ちなみに、この間朝のニュース番組で、離婚から再婚までの最低期間300日問題に関して、室井佑月さんが、「結婚っていう制度を止めちゃえばいい」みたいなことを言ったら、「これまた過激な」で片付けられてたけど、私はその発言についてもう少し考えてみても良いんじゃないかと思った。そんな彼女のゲリラ的な発言を、私は毎週楽しみにしている。
注釈その3/マジシャンの映画『プレステージ』を観て、感想を書こうと思ってパソコンに向かったら、話が全然違う方に行ってしまった(4月19日参照)。実にスリリングで面白い映画だったってことを伝えたかったのに。GW中にテレビで放映された『ルパン三世』を観て、また『プレステージ』を思い出した。(はぁ…、映画の話をするのって難しい。物語のトリックがバレてはオジャンだから…)命を賭けた恋愛や仕事っていうのはよくある。ところが、命を賭けるよりも、もっと勇敢な、もしくは恐ろしいことがある。それはアイデンティティーを賭けること。想像しただけでも、背筋が凍る。あなたがもしアイデンティティーを失ったら、どうします?マジックのトリックが次々と明かされ、マジックショーの舞台裏にも忍ばせてくれるこの作品。観客をあっという間に物語に吸い込んでから衝撃のラストまで、まったく時間を感じさせない。必見だ!
以上、三点。注釈って書くとカッコいいけど、要するに言い訳です。
(by Anne)

プレステージ
『プレステージ』、6月上旬公開。監督は、『メメント』や『バットマン ビギンズ』のクリストファー・ノーラン。監修はあの、デビッド・カッパーフィールドが手がけている。(配給:GAGA)

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2007年5月 6日 (日)

宝箱、名前はルックスティー

子供の頃、貝で出来た小さな箱に綺麗な石や外国のコインやレースのリボンを入れて、大切にしていた。それが私の宝箱で、時々こっそり開けては心ときめかしたりしてたのだ。悲しいことに今は、そんな箱はもうない。ただ、時々ものすごく好きになった映画があると、その箱を手にする時の気持ちが甦る。早くDVDが発売されないかな、早く手元に欲しいな、大切な本のように枕元に置いて、好きな時に開いて観たいな、そしてもう一度、心ときめかせたいな、と。最近強くそう思ったのが、昨年日本で公開された『美しい人』。今年になってやっとDVDが発売された