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2007年6月22日 (金)

初物浴衣

イタリアから友達が一時帰国していて、今晩は幼馴染みの会だった。今日は梅雨らしくおしとやかな雨だったけど、だから、なに?お構いなしで、風にさらしておいた浴衣に袖を通した。もう六月も半ばを過ぎたから、浴衣を着てもおかしくない時期だろう。とにかくディナーに着て行く服にいつも頭を抱える私は、浴衣のシーズンに救われている。なにせ、どこへ着て行っても大概オーケーだし、みんな喜んでくれるし、と一石二鳥どころか、サマードレスのようにペラッと羽織れば良いわけだからラクチン、ラクチン。先日、フランス人達を迎えた食事会に、キモノ友達が浴衣を着て現れたのが大変好評だったから、私も今日はイタリアからのお友達にこの位気を利かせて出迎えるべきだろう、と。雨なのに。でも、久々に帯をヤの字に結ぶのは、大蛇との戦さながら。約束に30分も遅れて迷惑かける結果となった。(by Anne)

ゆかた
私の誂え浴衣第一号。オーソドックスな総絞り。あまり涼しげじゃないから、6月末と9月初頭に着ている。

2007年3月30日 (金)

地の果てに、思いを馳せ

大変なことになった。恋をしたかもしれない。どうしよう。既婚者がこんな気持ちを抱いたら、浮気ってことだろうか?先日、筑波エクスプレスに乗り、荒川を越え、江戸川を越え、辺りは一面田んぼという遠い所に行ってきた。世田谷区に住む私には、荒川を越えるのさえ遠足のように感じるのだから、まるで地の果てなわけだけど、そこへ行ってからだ。階段を上がるとき、料理をするとき、電車に乗ってるときなど、ちょっとでもぼんやりできる時間があれば、夕暮れの田んぼのど真ん中での、出会いを思い出しているのだから。本当に、なんてキラキラしているんだろう、って。出会った瞬間に、アッって思って、それから家に帰るまで、多分ずっと、のぼせていたんだと思う。あまり喋らなかったんじゃないか。この喜びをちゃんと伝えられただろうか。その時から胸はドキドキしっぱなしだ。だいたい、こんなことになったのは、4月に結婚するという友達のせいなのだ。「結婚式には着物を着て来てね」と言われて、「春らしいのがないからドレスにするわ」と返したが、「いいとこ連れてくから」なんて赤線地帯のうさんくさい客引きみたいに言うから可笑しくなって、「はいはい」と呉服屋(なのかな?)に連れて行ってもらうことになったのだ。大富豪じゃないし、勿論、見るだけ。着物をたくさん見るのは勉強になるし。その、「いいとこ」が筑波エクスプレスの、地の果てにあったわけだ。駅を降りると一面田んぼ。夕暮れ時の逆光で、時々視界が霞んだ。ちらほらと民家があるような慣れない風景の路地を右へ曲がり、左へ曲がり、また右へ曲がった辺りだったか、突然、目の前に京都のお茶屋さんのような門構えの家が現れた。へえー、こんなところに!驚いていると、「ようこそ」。奥から旦那が出て来て、艶のある柔らかい笑顔で迎えてくれた。でも、アッって思ったのはこの旦那にではない。灯籠のような、ぼんやりした光に照らされた廊下をスルスルと抜け、お茶室に通され、苔の生えた小さなお庭に滴る水の音を聞きながら、主菓子と濃茶を頂き、少しお話をしてから、「では」と旦那が襖を開けた。私は立ち上がって、襖の奥に入ろうとした時。アッ!この瞬間、胸に覚えた何とも言えない感情は、やっぱり恋をしたとしか言いようがない。見た事もないような、もしくは映画の中で見たような、本当に魅力的な、輝やかしい、上品な着物がペタリと畳の上に置いてある。蒼のグラデーションに、金の総刺繍。勿論ハンドメイドだ。少し羽織らせて頂いた。その後は、もうなんだかのぼせてしまって、あまり覚えていないが、その日からその着物を思うと、胸がドキドキするのだった。筑波エクスプレスの地の果で、こんな素敵な着物と出会うなんて。ウチの主人が知ったらどんな顔をするだろう?(by Anne)
小さな庭
お茶室から見る小さな庭

2007年3月22日 (木)

梅を纏い、桜を語る

まだ例の白山紬をオーダーしていない(3月15日参照)。と、言うより正装の代用着にするつもりもあるから家紋を入れよう、と思ったのがまだオーダーできない理由。ウチの家紋って?ってところから、リサーチしなきゃならなくて。勿論母が日本人なので、そっちの方の家紋ってことになるが、私はおばあちゃん子だったから、祖父よりも祖母の家紋の方を付けたいと思った。本来なら祖父の方を付けるべきだけど、ま、いいじゃん。そこで、祖母の家紋を調べるべく、高知県にある菩提寺の和尚様にメールを送ってみた。「祖母の家の家紋ってなんですか?」。筆まめ、というか、メルまめな和尚様から早速返事が来て、「丸に梅鉢」だとおっしゃる。お墓にある紋なのだそう。あれ?祖母の古い着物にある紋とは違うぞ。じゃあ、こっちは裏紋かな、それとも女紋かな。何を使えば良いんだろう?ややこしそうだから、では祖父の方の紋にしようと思って、今度は母の兄嫁になる伯母に聞いてみた。すると、「お父様が『五三桐』っておっしゃったから、それで着物を誂えたけど、お墓は『菱』系の紋なのよね。」と困惑の様子。なんだ、祖父側も表紋裏紋ゴチャゴチャで、誰も分かんないのね。じゃ、梅で良いかな、かわいいし。和尚様のメールの最後には、「お寺の『薄墨桜』はほぼ満開となりました」と付け加えてあった。「薄墨桜」なんて魅力的な名前!「その桜は何ですか?」と質問すると、返事は長いものだった。もともと岐阜県の根尾村にある天然記念樹で、それはそれは見事な桜なのだそう。で、その木の種を無理言って入手し発芽させた、純薄墨桜の二世がお寺にあって、12年経った今、やっと見頃を迎えたということだった。当時は、天然記念樹だから分けてもらえないのを無理言って、なのだそうだが、今では根尾村で苗木を売ってるらしい。大正時代に枯れそうになった時には、地元の人たちと高知県人の歯科医とで救い、うんぬんかんぬん、と和尚様の説明は長い。この桜にまつわる話は2時間では終わらないらしく、さらに、無理を言って種を入手した和尚様の友人が話すと、日も暮れる勢いだなのだそう。そして根尾村の木の方は、あの、着物の、宇野千代さんが書いた『薄墨の桜』で、全国的に有名になったと聞いて、その長い桜物語を聞きに近々高知を尋ねたくなった。(by Anne)

家紋

梅をモチーフにした家紋の一部。左上が「丸に梅鉢」。

2007年3月15日 (木)

気のふれた鸚鵡

ちょっと時間ができたから、仕事の帰りに近所の呉服屋さんに寄った。「うちの、『気のふれた鸚鵡(オウム)』の件なんですけど」、と言いたかったが、意味不明な冗談を言うのはお願いしに来たんだから失礼。止めといた。「帯の事でちょっと相談に乗っていただけないでしょうか?」普通に尋ねると、「あら、いいわよ、持ってらっしゃい。」とおかみさん。じゃあ、と家に飛んで帰り、他の帯と一緒に、「気のふれた鸚鵡」も風呂敷に包んだ。母が昔付けていた、幾何学模様のドハデ帯。あの銀座の『ちた和』でそろえてもらった、青海波という歴史の古い模様の帯らしいのだが、なにせ色合いにギョッとする。サイケデリックな黄緑に金とオレンジ色のアクセント。前から私は、一体こんな帯どうするんだろう、とその「鸚鵡」とにらめっこしていた。折角だし、使えたら良いな、と思って鏡の前であててみると、おやおや、けっこうカッコイイ。うーん、このまま、タンスに眠らせておくのはもったいないぞ。と言う訳で、『ちた和』はもうないから、近所の親切な呉服屋さんに相談してみようと思いついたのだった。二の腕をブルブル震わせて重たい風呂敷を担ぎ、呉服屋さんに辿り着いた。広げてみると、他の帯は大概の着物に合うそうなのだが、やっぱり「気のふれた鸚鵡」にはさすがの呉服屋さんも困った様子。色々と反物を出してきてくれて合わせてみるけど、どうしたものかと腕を組む次第。じゃあ、少し考えます、と帰ろうとしたときのこと。親父さんのほうが、そういえば、こんなのもあるよと、白山紬を出してきた。紬でも訪問着になるもの。玉虫色の光沢のある色合いで、シンプルなグラデーションになっている。体に当てて、あの「鸚鵡」も合わせてみると、あら、良い感じ。紋を付ければ、結婚式もオーケーなんですと。値段をきいてみた。あれ、随分とお得?そうですか、じゃあ、誂えます、とお願いした。「あー、やばい、衝動買いしちゃった!」と、帰り道で冷や汗。ううう、あの「鸚鵡」にやられて私の気もふれたか。ま、キャンセルもまだできるし、じっくり一週間考えよう。でも、白山紬、綺麗だったな。(by Anne)
気のふれた鸚鵡
こうしてみると金色が目立つけど、実際は黄緑の印象が強烈な青海波模様の帯。後で調べてみると、よく舞楽に使う模様のようだ。おかみさんに、お母様は踊りをされてたの、と聞かれた訳が分かった。ギョッとするけど、パーティーに良さそう。