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<title>memo日和</title>
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<description>Anneの映画やワインやあれこれブログ</description>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-5cb5.html">
<title>フランス男は暇？／その２</title>
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<description>（つづき）小津安次郎の、どの作品だったか覚えてないが、こんなようなシーンがあった...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;（つづき）小津安次郎の、どの作品だったか覚えてないが、こんなようなシーンがあった筈だ。&lt;br /&gt;
中年の男が３人集まって、小料理屋のお座敷で飲んでいる。そこへ高橋とよ扮する女将さんが注文を取りに来るかなにかで顔を出す。恰幅の良い女将さんだ。悪ふざけの延長で、中年男達は女将さんをからかう。「おまえさんのところは男の子だろう？」と。女将さんは、「ええ、ええ、男の子ばっかり３人も」と答える。中年男達は、「そうだろう、そうだろう」と納得する。&lt;br /&gt;
高橋とよの風貌を見れば納得も当然。&lt;br /&gt;
女性が強いと男の子、という説は、こんな映画の作品中でも語られている。&lt;br /&gt;
ところで、その作品、『秋刀魚の味』かと確信していたけど違うようだ。『秋日和』でもなさそうだし。。。&lt;br /&gt;
一体どの作品だったんだろう？&lt;br /&gt;
(by Anne)&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
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<title>フランス男は暇？／その１</title>
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<description>「ああはなるまい」。 母親になったら子供の話しかしなくなった友達を見て、思った数...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「ああはなるまい」。&lt;br /&gt;
母親になったら子供の話しかしなくなった友達を見て、思った数年前の私の感想だった。&lt;br /&gt;
ところがいざ私の番になると、子育て初体験ということも手伝って、頭の中はウチの子のことだらけ。まさに、寝ても覚めてもだもんだから、当然、誰と居ても子供の話になってしまって、ああ、結局ああなった、と頭ポリポリ、照れ笑いする私なのだった。『memo日和』もママブログ化してゆくだろう。ワインと映画はしばしお休みかな。&lt;br /&gt;
と、いうわけで、子ネタです。&lt;br /&gt;
臨月をパリで過ごしていた私は、毎日公園に行って、先輩ママや先輩赤ちゃんを観察していた。フムフム、だっこはああやるんだな、バギーは三輪も良さそうだな、ちょっとぐらい泣かせっぱなしでも平気そうだな、などなど。まあ、それにしても子供の多いこと！そして女の子の多いこと！子供服のお店に入れば、女の子用の、まるで砂糖菓子みたいに、カワイーイ、本当にカワイーーーイ、おベベばかりが並んでいること！&lt;br /&gt;
東京の私のまわりの子供達は、ほとんど男の子。&lt;br /&gt;
いったいどうして？&lt;br /&gt;
以前に幼馴染みのマクロビ教室で聞いた話を思い出した。&lt;br /&gt;
「本当に最近は男の子、多いですよね」。幼馴染みは受講生達を前に切り出した。「やっぱり、男の人が疲れてるのかしらね」。&lt;br /&gt;
私は驚いて幼馴染みの顔を見た。疲れてるとか、いないとか、そんなことが生み分けに関係するのだろうかと。しかし彼女は続けた。&lt;br /&gt;
夫婦の間で、男の人が疲れていると男の子、女の人が弱ってると女の子、が生まれやすい。逆に言うと、男の人が強いと女の子、女の人が強いと男の子、が生まれやすい。というのだ。&lt;br /&gt;
だから、女の子が欲しければ、旦那さんに元気の出る（マクロビ概念で言う「陽性」の）、濃いお味噌汁を飲ませると良い、と教えた。するとその場にいた受講生の一人が誇らしげな笑みを浮かべている。なんだろうと思ったら、お腹に双子の赤ちゃんがいて、女の子、だという。上に２人男の子がいるから、今度は女の子が欲しいと思って、旦那さんにお味噌汁を濃くして出しました、と言うのだ。&lt;br /&gt;
最近の男の人は働き過ぎで疲れている上に、食生活が整っていないから、よけい疲れちゃってるのよねと、幼馴染みはとまとめた。&lt;br /&gt;
私はパリの公園で女の子達がはしゃぐのを眺めながら、っていうことは、やっぱりフランス人の男性は暇なのかなぁ、と考え始めた。たしかにプライベートを大切にする彼らは、日本のサラリーマンみたいに終電で帰ってきたり徹夜があったりすることは、まずない。家族と共に過ごす食事の時間や休暇が最優先。日本の人はなんでそんなに働かなきゃいけないのか、てんで分からない、といった風で、挙げ句の果てに、要領が悪いんじゃないかと笑い飛ばされてしまう始末だ。&lt;br /&gt;
というわけで、日本の感覚で見たら、当然、フランスの男性は、暇。当然、フランスの男性は疲れていない。幼馴染みのマクロビ理論でいくと、当然、女の子が生まれやすい、ということになる。&lt;br /&gt;
ある日、その公園の前のビストロでランチをしたことがあった。妹と、友達のセブとリンダの四人で。リンダは３週間前に出産したばかりなのにピンピンしていた。赤ちゃんは人にあずけて仕事に復帰。もう？と思ったが、パリではよくある事らしい。赤ちゃんは、「当然」女の子。私はリンダとセブに、『フランスの男性は暇だから』説を語って聞かせた。&lt;br /&gt;
「あなたの彼も、日本人みたいには仕事してないでしょう？」と聞いた私に、リンダは「そうかもしれないわね」と、半信半疑な様子であまり興味さなそうに返事をした。&lt;br /&gt;
その横で、大きなステーキにグサグサとナイフを入れていたセブは、いったん手を休め、ぼんやりとした口調で、こう言った。&lt;br /&gt;
「うーん、なるほど、たしかにね、納得だね。僕は仕事とっても忙しいからね」。&lt;br /&gt;
大爆笑だった。パリジャンらしい、皮肉。&lt;br /&gt;
セブの子供は男の子。だからそれはそれは、忙しくお仕事してるんでしょうよ…。&lt;br /&gt;
な、わけない。彼の仕事っぷりといったら、それはそれはスローテンポなんですから。&lt;br /&gt;
私は彼らと別れた後、やっぱりあの説はガセネタだったのねと納得して、家路についた。&lt;br /&gt;
その日の晩、フランス人の儘父が、私の大きなお腹を見て、よくそんな状態を我慢できるね、とさんざん褒めてくれた後、ボソッと一言つぶやいた。&lt;br /&gt;
「迷信かもしれないが、フランスでは昔から、弱い方が生まれる、って言うんだがね」。&lt;br /&gt;
夫婦の間で、弱い方の性別が生まれる…。あれ？どうやら幼馴染みのマクロビ生み分け説は本当なのかもしれない。つづく。&lt;br /&gt;
（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;ホクロウ&quot; title=&quot;ホクロウ&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/13/imgp4020.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
実家の近所に、それこそカワイーイ子供服ばかりのお店を見つけた。臨月、私は何度となくそこへ足を運び、チョコチョコ買いためていた。お店の女の人もすっかり私の顔を覚えてくれるようになった。先日、母がウチの子のためにそのお店で洋服を買うと、出産祝いにプレゼントしてくれたのが、これだ。なんだか、ふくろう、というか、みみずくというか、ちょっとヘンテコリンなぬいぐるみ。見れば見るほどカワイイ。妹はたまに日本語が変なになって、「ふくろう」を「ほくろう」と言う。このぬいぐるみ、まさに、「ほくろう」といった感じだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2009-11-07T20:50:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-ec2f.html">
<title>小児科病棟の余暇</title>
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<description>以前にブログで書いただろうか。 ともあれ、私が常々励みにしている言葉がある。 そ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;以前にブログで書いただろうか。&lt;br /&gt;
ともあれ、私が常々励みにしている言葉がある。&lt;br /&gt;
それは、桃井かおりが監督デビューをした時のインタビューでだったか、「あたし、５０になったらなんでもできるようになったの」というような言葉だ。ようするに、例えば監督だってやっちゃうし、子供の頃できなかった逆上がりだってできるようになったし、今まで出来なかった事ができるようになった、と言うのだ。それを聞いた私は、なんとなくその感覚が分からなくもないと、５０にそのうちなる楽しみを頂いたわけだが、４０を目下に、思いがけず出来てしまったことがあった。&lt;br /&gt;
それは先日の小児科病棟でのことだった。&lt;br /&gt;
夕方昼寝から起きてくると、ウチの子の様子がおかしい。&lt;br /&gt;
初めてのことだっただけに、一瞬、オロッとしたが、「落ち着け」と深呼吸して育児書を見ると、「様子を見て、お医者さんへ」と書いてある。「でも私は至急行く！」と、病院に駆け込んだ。幸い大した事はなかったが、赤ちゃんだから大事をとってということで、入院することになった。当然、私も付き添いで小児科病棟生活に入った。小さい腕に点滴の管が繋がれたのを見た時には、思わず泣きそうになったが、そこでも、「落ち着け」とグーを握った。私がメソメソしている場合じゃない。&lt;br /&gt;
病室に案内されると、なるほど、赤ちゃんの場合は、ベビーベットの横に、簡易式のベットが用意され、そこで母親が寝泊まりできるようになっている。添い寝をしたい場合は、大きなベットを出してくれるそうだ。&lt;br /&gt;
いざ入院生活が始まると、ウチの子は元気だったので、外に出たくてしかたがなさそうだった。ミッキーやプーさんの模様があるとはいえ、白い壁とにらめっこじゃあ、大人だって退屈。ましてや、エネルギーの塊にとっては、１０分たりとも居たくない空間だろう。いったいどうやって気を紛らわせてあげれば良いのだろう。私は腕を組んだ。&lt;br /&gt;
お隣の赤ちゃんは、たくさんのおもちゃに囲まれ、ママに遊んでもらっている。ウチの子は外が好き。お散歩、お散歩、お散歩に連れてって〜、と言わんばかりグズグズしている。&lt;br /&gt;
看護婦さんに、インフルエンザの患者さんがいるから、あまり廊下に出ないで下さいと言われたが、「あまり」だったら、「少しだけ」、と廊下に連れ出した。すると「プレイルーム」というのを発見。なるほど、小児科病棟にはこんなお部屋があるんだ。たくさんのおもちゃ。たくさんの絵本。テレビからは、コンドルズの近藤良平によるアンパンマンダンス！&lt;br /&gt;
ひゃー！楽しい！&lt;br /&gt;
私は点滴のコンセントを抜いて、ウチの子を抱っこ紐にぶら下げ、プレイルームに飛び込んだ。とりあえず、目の前の景色や様子が変わればウチの子も楽しいだろうと、私が、（はい、ウチの子ではなく、私が、）おもちゃで遊び、絵本を読み、アンパンマンダンスをして遊んだ。しばらくすると、他の子供達がプレイルームに入って来た。私は、操り人形師みたいに、ウチの子を前に出して、「お兄ちゃん、僕と遊んでね」とかなんとか言ってみて、他の子達と仲良くなり、遊んでもらって、気を紛らわせてもらった。&lt;br /&gt;
こんな一連の動作を私の旧友達が見たら、目を疑うだろう。絵本はともかく、おもちゃで遊び、アンパンマンダンスを踊り、挙げ句の果てに、子供達に話しかけ、遊んでいるなんて！と。あんなに子供が苦手で、顔がこわばり、ギクシャクしていたのに、と。&lt;br /&gt;
プレイルームのお陰ですっかり散歩をした気になったウチの子は、お昼ねタイムに入り、３時間１ミリも動かず熟睡してくれた。私は、この家事をしないで良い、しかしパソコンを広げて執筆という感じでもないこの時間をどう過ごそうかと、また腕を組んだ。&lt;br /&gt;
ああ、もしかしたら出来るかもしれない。うん、きっと出来る。&lt;br /&gt;
私は、義母にお願いしようと買っておいたブルーの毛糸で、編み出した。&lt;br /&gt;
（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;編み物&quot; title=&quot;編み物&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/28/imgp3997.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
ガーター編みならできるけど、編み始めを知らないので知り合いにやってもらっていた。&lt;br /&gt;
でも、ふと、「出来るかもしれない」が頭をよぎり、テレビで見た光浦靖子の手つきを思い出し、見様見真似で編み始めてみた。&lt;br /&gt;
なんか、ちょっと違うような気がするが、一応マフラーらしくなってきたぞ。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2009-10-28T08:37:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-6162.html">
<title>ちいちゃん</title>
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<description>ウチの子を抱っこ紐にぶら下げて、近所を歩き回っていると、驚くほど色々な人が声をか...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ウチの子を抱っこ紐にぶら下げて、近所を歩き回っていると、驚くほど色々な人が声をかけて下さる。顔見知りの人は勿論、今までお話したこともなかったご近所さん、さらにはいったいどこの誰なのか検討もつかない人まで、だ。近所がどんどん広がっていくようだ。お知り合いが増えることも嬉しいが、何よりもウチの子の成長を、多くの人が気にして下さってることがありがたい。&lt;br /&gt;
先日のこと。私はいつものように散歩がてら近所をぶらついていると、眼鏡のオバサンと酒屋のおかみさんが立ち話しているのが見えた。&lt;br /&gt;
酒屋のおかみさんは、会うといつも「どんなになった？」と抱っこ紐の中をのぞき込んできてくれる。&lt;br /&gt;
眼鏡のオバサンといえば、去年だったか、すれ違い様に声をかけてきたことがあった。&lt;br /&gt;
顔見知り程度で、お話したことはないから、その時も私はなんとなく頭を下げただけだった。オバサンもなんとなく私に会釈をした。しかしそのすぐ後、大きな声を出した。&lt;br /&gt;
「あれ？ちいちゃん！あんた、ちいちゃんでしょ？」&lt;br /&gt;
私は振り返って、キョトンとした。&lt;br /&gt;
「え？」&lt;br /&gt;
オバサンは眼鏡を直して私をまじまじと見た。&lt;br /&gt;
「あれ？ちいちゃんじゃないの？ンまー、良く似てる！そこに住んでるちいちゃんかと思ったよ。」と斜め後ろをゆびさして、「あんたもモデルさん？」と聞いて来た。&lt;br /&gt;
私は、「あ、はい」と答えながら、私に似ているモデルさんって、誰？そんな人がこんな近所に住んでいるんだ、と非常に気になりながら、「どーも」と会釈をしてオバサンを後にしたことがあったのだ。&lt;br /&gt;
そんなことを思い出しながら、私は眼鏡のオバサンと酒屋のおかみさんが立ち話している横を通ろうとした。酒屋のおかみさんの方は良く知っているので、今回はなんとなくの会釈ではなく、「こんにちはー」と大きな声でふたりに挨拶をした。酒屋のおかみさんは私に軽く手を振って、そのまま立ち話を続けようとしていた。しかし、眼鏡のオバサンの方は、ハッとした表情で私と抱っこ紐の中の子を見て、「あれ？ちいちゃん！」と声をかけてきた。&lt;br /&gt;
まただ！そんなに似ているかな。&lt;br /&gt;
「いいえ、違いますよ」、と酒屋のおかみさんに私は目配せした。&lt;br /&gt;
「あら、いやだ。良く似てるから！」と、&lt;br /&gt;
眼鏡のオバサンは別人だとすぐに気付いたようだった。酒屋のおかみさんは、何言ってるの、といった表情で首を横に振り、「違う、違う」をして、「赤ちゃん、生まれたのよ」と、私の方を見て笑った。&lt;br /&gt;
眼鏡のオバサンは、「うん、うん、そう、そう、ちいちゃんとこ、あすこも生まれたから！あすこも、ほら、あれだから。なんだったっけ、ほら、あの、あれ。なんてったっけ、あれ、ほら、女として最高の仕事！」&lt;br /&gt;
その瞬間、私はその言葉に腰がくだけそうになった。「女として最高の仕事」！&lt;br /&gt;
酒屋のおかみさんが「モデルさん」と答えてたのを見届けてから、私は御免下さいをしてその場を去った。&lt;br /&gt;
そしてウチの子に話しかけるのも忘れ、考え込んだ。&lt;br /&gt;
女として最高の仕事かぁ。むしろ女優さんとかじゃあないのかなぁ。歌姫とか。バリバリのキャリアウーマンとかも素敵だけど。女として、っていうのとは違うかなぁ。だったら、主婦、とかかなぁ。愛人、っていったら、フランスだったらそれなりにステイタスあるけど、不謹慎かなぁ。なんだろう。色んな人に聞いてみたいなぁ。「あなたにとっての、女として最高の仕事、とはなんですか？」って。&lt;br /&gt;
ともあれ、人にそう言ってもらえるなんて、これまたありがたい。これで眼鏡のオバサンにもちゃんと挨拶できるようになったし。私は心がポカポカと暖かくなる感覚を覚えつつ、家路についた。ところで一体、ちいちゃん、って誰だろう？赤ちゃんがいるならなおさら会ってみたい。ふと抱っこ紐を見下ろすと、ウチの子がジッと私を見ていた。&lt;br /&gt;
（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;抱っこ紐&quot; title=&quot;抱っこ紐&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/05/imgp3989.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
近所を散歩していたら、とあるママが抱っこ紐に赤ちゃん用のレッグウォーマーを付けているのを見かけた。抱っこ紐がよだれでベチャベチャになって、困っていた矢先のことだったから、そのママが天才に見えた。タオルなどをゴム輪でくくっているママも見かけたが、レッグウォーマーなら、するりとはめれるし、洗濯もできるし、かわいい。早速３本買いに行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2009-10-05T20:38:49+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8b58.html">
<title>臍脳の話</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8b58.html</link>
<description>２００９年初夏、パリの病院で出産を迎えた時の事。部屋で赤ちゃんと並んでうたた寝を...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;２００９年初夏、パリの病院で出産を迎えた時の事。部屋で赤ちゃんと並んでうたた寝をしていた、とある午後。&lt;br /&gt;
「ちょっと待って下さい！」&lt;br /&gt;
私はハタッと目を覚まし、保母さんを呼び止めた。産科に常任している保母さんだ。赤ちゃんの体力測定のため、別室に連れて行くと、私に声をかけ、私はまどろみながら「はいー」と答えたところだった。しかし、ハタッと目を覚ましたのは、不安がよぎったからだ。まてよ、体力測定ということは、赤ちゃんを裸にするだろう。ということは、もしかしたらその瞬間に臍脳が取れこともあるかもしれない。そこで取れてしまったら、やばいやばい。ついさっき妹と心配していたばかりだ。「フランスじゃあ、臍脳なんて取っておかないんだろうね」、「どうするのかな？」、「ゴミ箱にポイなのかな？」、「臍脳ついてるうちはうっかり人にあずけられないね」…。ウチの子の大事な臍脳もポイされるかもしれない。やっぱり私も日本人。臍脳は記念に取っておきたかった。それに、マクロビオティックを教えている幼馴染みが言っていたことも気になっていた。幼馴染みいわく、「危篤状態にある時に本人の臍脳を煎じて飲むと元気になる」。彼女は自宅出産した後、お風呂場に長い臍脳をだらりと吊るして干したそうだ。そんな特効薬になるのかは半信半疑だが、愛する我が子の臍脳がゴミ箱行きとはあまりにも忍びないと思ったのだった。&lt;br /&gt;
「ちょっと、ちょっと！」&lt;br /&gt;
私はもう一度保母さんを呼び止めた。&lt;br /&gt;
保母さんはのんびりと振り向き、西インド諸島出身の独特のアクセントで「なにか？」と言った。&lt;br /&gt;
「へ、臍脳なんですけど、万が一、と、取れたら、捨てないで下さいね」&lt;br /&gt;
私は慌てたばかりに弱冠吃った。そうだ、理由も述べないと。しかも、記念にしたいから、という軽いノリの理由だけだと説得力ないかも。フランス人のことだ。深刻な理由でないと、うっかりポイ、だろう。&lt;br /&gt;
「命を救うんです！」&lt;br /&gt;
私は真面目な顔をしてみせ、幼馴染みが説明してくれた煎じて飲む話をしてみた。&lt;br /&gt;
保母さんは目をまんまるくしてこちらをジッと見てるので、日本人って変わってるわねと、きっと一笑に付せられるだろうと思った。しかし目がまんまるなのは生まれつきだったらしい。&lt;br /&gt;
「あら、そう。私の里ではココヤシの木の下に埋めるのよ。」&lt;br /&gt;
私は拍子抜けした。なんだ、彼女にとっても、ゴミ箱行きのものではなかったんだ。子供が産まれたら、新しくココヤシの木を植えて、その下にその産まれた子の臍脳を埋めるのだそうだ。ココヤシの木は元気に育つらしい。&lt;br /&gt;
それを聞いてホッとした私に、さらに彼女は加えて言った。&lt;br /&gt;
「それに、どこだったかしら、モロッコか、アルジェリアか、とにかく北アフリカのどこかの国では、粉にして飲むらしいわよ。」&lt;br /&gt;
出産した人の姉妹に不妊症の人がいたら、産まれた子の臍脳を粉にして飲ませるのだそうだ。するとみごとに妊娠するという。&lt;br /&gt;
ふーん。本当かどうかはわからないが、世界中色々なところで臍脳は何かしらの役割があることは確かなようだ。ともあれ、国際色豊かなパリでの、とりわけ国際色豊かな病院での、極めて国際色豊かな産科での、めったに聞けない話だった。&lt;br /&gt;
肝心のウチの子の臍脳は、というと、何を大騒ぎしたことか。カサカサに乾いて、ぽろりと取れたのは、退院したそのずっと後。なんのことはない。私がおむつを替えた時だった。&lt;br /&gt;
（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;ヤシの木&quot; title=&quot;ヤシの木&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/28/p2050062.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>anne2007</dc:creator>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-96e3.html">
<title>私の操、椿油</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-96e3.html</link>
<description>はっきり言って、私は、それはそれは誠実です。浮ついたことなど一度もありません。え...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;はっきり言って、私は、それはそれは誠実です。浮ついたことなど一度もありません。ええ、ええ、椿油一筋ですの。二十歳の頃から。ひと時も離したことはありません。しっかりと握りしめて、早１７年！椿油。これが私の操です。&lt;br /&gt;
というわけで、私のこのやっかいな髪を整えるのに、大島椿の油の右に出るものはなく、月に１〜２本のペースで消費している。&lt;br /&gt;
出会いは二十歳の夏休み。パリから東京に遊びに来ていた最中に、その頃使っていた南国のオイルを切らしてしまった。パリで買って持って来ていたオイル。当時はそのオイルが一番私の髪質に合うと思っていたし、そのオイルがなければ私のやっかいな髪は酷い状態になると思っていたから、最後の一滴を使い果たした時には顔面蒼白だった。東京のどこでその南国のオイルを手に入れられるだろうか。今のようにネット検索が気軽にできる時代でなかったので、とにかく身近の誰かに尋ねるしかなかった。顔面蒼白の私の目の前には従妹が。「どこで見つかる？」と聞いてみた。従妹は、さあ？、といった表情を浮かべ、しばらく黙り込んだ後、「椿油ぐらいにしといたら？」と、今でも忘れもしない返事を返して来た。「ぐらいにしといたら」とは、要するに、南国のオイルの難点は、香りが強く個性的だったので、好き嫌いがあり、私はその甘ったるい香りが好きだったのだが、従妹にとってはそうではなかったらしい。椿油はほぼ無香。「多分、古い、今にもつぶれそうな薬局にだったらあると思うよ」、と従妹。早速私は、商店街に出かけ、何軒かまわった後、やっと一番繁盛してなさそうな薬局を見付け、入っていった。「すみません、椿油って、ありますか？」。奥からおばあちゃんが出て来た。「えーえっと、椿油ね、椿油。。。、椿油、どこだったかな、あ、ここだ」。おばあちゃんは腰を曲げて、商品棚の一番したの奥を探り、かなり埃をかぶった黄色い箱を私に渡した。私は千円札を差し出し、その埃まみれの黄色い箱を買って帰った。古くから存在するものだろうけれど、少なくとももうあまりポピュラーなものではないのだろう、ということは分かった。&lt;br /&gt;
なぜ従妹がそんな商品を知っていたのか不思議だが、とにかく使ってみたら今まで手放せなかった南国のオイルよりはるかに良い。おまけに容器がレトロで素敵だ。一度好きになったらそれはそれは誠実な私。もう、これでなくちゃ、となった。しかし、それから数年は苦労した。パリでは入手できないし、日本から送ってもらうにもやっかいで、今にもつぶれそうな薬局を見つけてもらわないといけなかった。年月が経ち、少しずつ、今すぐにはつぶれないだろう薬局にも、駅前の薬局にも、大繁盛の薬局にも、おしゃれなコスメコーナーにも、黄色い箱を目にするようになった。棚の一番下ではなく、棚のド真ん中に、埃まみれではなくピカピカな状態で。やはり良いものはちゃんと認められるのだ。&lt;br /&gt;
今でも棚にならんだ大島椿の黄色いパッケージを見ると、幼なじみがビックスターになったような嬉しさを噛み締める。その度に、私はメガホンを持って、「皆さん！聞いてください！私の古くからの友人です！ええ、ええ、とっても親しいんです！」と、叫びたくなるのだった。（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;大島椿&quot; title=&quot;I大島椿&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/20/imgp3974.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
大島椿から出ているコスメ３本と椿油。『大島椿／アトピコ』のスキンヘルスケアのシリーズで、左からミストタイプのローション、スプレータイプのオイル、クリーム。一番右は、私の操、椿油。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>美容・コスメ</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2009-09-21T20:00:00+09:00</dc:date>
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<title>beforafter</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/beforafter.html</link>
<description>これが これに。 (by Anne)</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Img_0382&quot; title=&quot;Img_0382&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/14/img_0382.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これが&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Img_0832_1&quot; title=&quot;Img_0832_1&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/14/img_0832_1.jpg&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これに。&lt;br /&gt;
(by Anne)&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2009-09-14T20:00:00+09:00</dc:date>
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<title>１２人の怒れる男／ミハイルコフ版</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-a1bb.html</link>
<description>デジタル放送用のテレビを買ったら、画面の向こう側がメチャメチャ生っぽくて、気持ち...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;デジタル放送用のテレビを買ったら、画面の向こう側がメチャメチャ生っぽくて、気持ちが悪くなった話は昨日した通り。実際、肉眼で見ている人の顔や光景よりも、細かく観えてしまう気がするのは、まだこの新型テレビに慣れていない私だけだろうか？なんだか、昔カッコつけで読んでいた、ヴィリリオやボードリヤール達が論じていたポストモダンの考えを、今、実感した気になった。（そういえば、ボードリヤールの『シミュラークルとシミュラシオン』は映画『マトリックス』のバイブルだった筈。）もし、画面の向こう側の世界の方が現実よりもリアルに感じるような世界になったら、っていうか、もうけっこうそうだし、一部の人達は120％そうだけど、その実態の無さがもたらす危険に対抗するために、もう一度自分自身と向き合って、一個人の自覚と感覚に働きかけなければならなくなるだろう、と思うこの頃…。なんて、にわか格安思想を綴るつもりはないですけど。けど、けど、先日、映画『１２人の怒れる男』（ニキータ・ミハイルコフ監督）を観て、そこでもまた、自覚を持って個人的な感性で物事を理解することの大切さを目の当たりにしたのだった。1957年にベルリン国際映画祭で金熊賞に輝いたアメリカの名作（シドニー・ルメット監督）のリメイクにチャレンジしたミハイルコフだが、もう、チャレンジとかいう枠を完全に超えてしまっている。物語は、市民から選ばれた１２人の陪審員の論議で構成されていて、彼らの評決によって、殺人の容疑をかけられている青年の有罪か無罪が決定されるのだ。有罪となれば、青年に未来はない。そこでみんなが法律や裁判官のジャッジをそのまま鵜呑みにする中で、たった一人が無罪を主張する。ドラマはそこから展開するのだ。オリジナルで黒人が青年となっているところを本作品ではチェチェン人の青年に置き換え、舞台を真夏のニューヨークから真冬のモスクワに移し、かつてアメリカが抱えていた人種問題を、現代のロシアが抱える大きな闇に塗り替えた、その勇気と器用さに、私は脱帽した。これほどのロシア批判は、監督がロシアの国歌作詞者の息子であり、プチーン現首相とも交流がなければできなかったかもしれない。なお、オリジナルがストイックな社会派であるのに対して、本作品はおしゃべりでユーモア満載。極めてロシア的だと、ロシア語ができる人が言って、上映中ケラケラ笑っていた。ハリウッドがネタ不足でミニシアター系秀作のリメイクばかりしているけれど、そこにはスターを揃えて膨大な興行利益を得るため以外の必要性はないんじゃないか。だから一部例外以外、多くのリメイク作品は、しょぼくなってしまう。リメイクする必要性とはこの事よ、と叫びたい、ミハイルコフ版『１２人の怒れる男』。傑作だ！（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;12人の怒れる男&quot; title=&quot;12人の怒れる男&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/09/03/imgp3352_2.jpg&quot; width=&quot;200&quot; height=&quot;267&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
『12人の怒れる男』（監督：ニキータ・ミハイルコフ、配給：ヘキサゴン・ピクチャーズ）&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://www.12-movie.com/&lt;br /&gt;
&quot;&gt;http://www.12-movie.com/&lt;br /&gt;
&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2008-09-03T23:30:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-dd57.html">
<title>賢くなったテレビ？</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-dd57.html</link>
<description>随分前にキャスターをやっていたお友達と代官山でショッピングをしていた時の事。セレ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;随分前にキャスターをやっていたお友達と代官山でショッピングをしていた時の事。セレクトショップに入り、ふたりでマルニの服だったかを手に取ると、あまりのかわいさにキャアキャア言った。キャスターの子は「どうしよう、仕事の時の服にしようかな」とつぶやいたので、私はびっくりした。「わざとだけど、こんな生地がほつれた感じの着てニュース読むの？大丈夫？」。当時の私は、日本のテレビでニュースを読む人は、カッチリとしたスーツじゃないといけないと思い込んでいたからだ。しかし彼女は、「うん。大丈夫なのよ。それにこのほつれた感じだけど、テレビってバカだからこんな細かいところまで、映んない、映んない」。彼女は首を振った。ところが時代は代わった。先日しつこいデジタル化の勧誘にとうとう降参して、新型テレビを購入した。人の話によると、テレビ売り場では、大きすぎるように見えても、いざ家に置いて暫く経つと、もうひとまわり大きいサイズにすれば良かったと後悔するものらしい。それを聞いて、ウチにも本来購入予定していたサイズよりも、ひとまわりどころか欲張ってふたまわりも大きいテレビにしてしまったのだ。無事入ったから良いものの、電源を入れてみると、なんだか気分が悪くなった。画面が大きすぎて、すぐそこの窓の向こうに人が居るような感覚になる。大して広くないリビングに大の大人がウヨウヨ。おまけに質感がクリアすぎて生々しい。ファンデーションののりまではっきり見えると言ってもいいぐらいだから、オエ、オエ。しかしDVD観賞と大きさの面ではミニシアター気分で楽しめてなかなか良いが、ブルーレイで観る画質に関しては、まだ慣れない。クリアすぎて映画を観ても映画じゃないみたいだ。昔、ビデオ映像が出始めた頃、ゴダール以外のシネフィルが挙って、観るに絶えない映像だと罵倒して、フィルム映像の美学に執着していたのを思い出す。私は、あのざらついた感じ、あの「バカ」っぽい感じの、アナログ映像にすでにノスタリジックになっている。もはや、テレビは賢くなった、デジタルと共に？？？（by Anne）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2008-09-02T23:30:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_9e94.html">
<title>ベルナデットの涙／その２</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_9e94.html</link>
<description>（つづき）ベルナデットだ！ ベルナデットとは母のフランス留学時代以来の友人で、哲...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;（つづき）ベルナデットだ！&lt;br /&gt;
ベルナデットとは母のフランス留学時代以来の友人で、哲学の教授かなにかで、専門は確かサルトルとボーヴォアールだったと思う。要するにインテリだ。母が留学を終え、日本に帰った後も手紙を通じて彼女との友好を深めていた。そしてまた久し振りにパリに行くことが決まり、その知らせを受けて喜んだベルナデットは空港まで迎えに来てくれると言った。恐らくまだ私が九つか十かの頃だ。その頃フランス人の来客が多かった当時の東京の我が家で、私は母から散々忠告を受けていた。「フランス人から何か頂いたら恥ずかしがらずにすぐメルシーと言いなさい」、「メルシーの後には必ず相手の人の名前を付けて。いいわね？」、「そしてすぐにプレゼントを開けなさい。喜びは直ぐ表現した方が良いから」、「フランス人は、感謝の気持ちを伝える事に厳しいからね」、「決してプレゼントを頂いて悪がっちゃだめよ」、「『ごめんなさい』じゃないのよ」、「何よりも先に『メルシー』よ」、「そしてほっぺたにキスよ、いいわね？」…。私は「うん」と返事をしながら、「毎回、そんなに口を酸っぱくして忠告しなくても『メルシー』ぐらい簡単、簡単。それにプレゼントは正直直ぐに開けたいし」と内心でニンマリしていた。お陰で私は、フランスに渡ってフランス語を習得するずっと前から、あの痰が絡んだような独特のRの発音をすでにマスターしていたのだった。「メルシー、ピエール」、「メルシー、パスカル」、「メルシー、パトリック」…。ほら、上手に言えたでしょ？私は得意だった。しかし、そんな母のメルシー忠告以上に頻繁に聞かされたのは、そのベルナデットが空港に車で迎えに来てくれた話だったのだ。&lt;br /&gt;
無事に飛行機が東京と発ったのは良いが、久し振りに行くフランスに心を踊らせているというのに、飛行機が大幅に遅れてしまっていた。機内で母は何度も腕時計を見ながら、パリの空港で待っているベルナデットを思った。「待たせちゃって悪いわぁ」、「ああ、もう２時間も待ってくれているに違いないわ」、「きっと待ちくたびれてるでしょう、本当に悪いわぁ」…。申し訳なくて、申し訳なくて、おちおち寝ても居れなかった。結局飛行機は６時間近く遅れてパリの空港に到着した。長旅の疲れを感じることもせず、母はベルナデットが待っている到着ロビーの出口へと向かった。人ごみの中に栗色の髪をしたベルナデットを見つけると、母は息を切らせながら「ああ、ごめんなさい！本当にごめんなさい。随分待ったでしょう？」と謝った。ベルナデットはにっこり笑って「大丈夫よ。それより元気？会えて嬉しいわ。キスしましょうよ」と言って、挨拶のキスをしようと頬を近づけてきた。母はキスを忘れていたことにハッとして、慌てて頬を彼女の頬に寄せた。「元気よ。でも本当にごめんなさいね。待ったでしょう…」。母はどう償えば良いか分からないくらい申し訳ないと思っていた。ベルナデットの白いルノー・キャトルに乗ると、パリ市内に向けて高速を走り出した。助手席に座った母は、あれだけ待たせた上にこうして運転してもらっていると、一層申し訳なく思った。「ベルナデット、本当にごめんなさいね」。謝る母に彼女は「気にすることないわ。だってあなたのせいじゃないもの」と優しく言った。「そうだけど、でも、悪いわ、あんなに待たせちゃって」。「もういいじゃない、無事に到着したんだから」。「そうは言っても、ごめんなさいね。ほんとうに悪かったわ」。母は何度も何度も謝った。そのうちベルナデットは返事をしなくなった。母はより一層申し訳ないと思った。「ごめんなさい」、「ごめんなさい」、「ごめんなさい、ベルナデット」…。ルノー・キャトルはパリ市内に入り、赤信号で止まった。「悪かったわ、ベルナデット…」。そう言い続ける母を、一つ小さなため息をついてから、ベルナデットはキッと見つめた。「いい加減にして。遅れたのは飛行機のせいよ。あなたはさっきから『ごめんなさい』しか言ってないわ。久し振りだというのに、一言も私に会えて嬉しいって言ってくれてないじゃない！」。はっきりとした発音の、奇麗なフランス語。その目には涙が滲んでいた。そうだった、これがフランス。「ごめんなさい」よりも「ジュ・テーム」。恋人のみならず、大切な人に対してきちんと愛情表現をしないなんて、ろくでもない。人でなしに等しい、そんな国なのだ。そう母は痛感したのだった。&lt;br /&gt;
ここまで書いて、時計を見上げるともう夜の１１時。そろそろ主人が帰ってくる。今日はワインを飲んでいないから駅まで車で迎えに行こう。だけど車に乗り込む彼にいきなり「愛してるわ」と日本語で日本語で言うのは難しい。きっと２人で吹き出してしまうだろうから。（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;お迎えに&quot; title=&quot;お迎えに&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/08/29/imgp3333.jpg&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;225&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2008-08-28T23:30:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_7622.html">
<title>ベルナデットの涙／その１</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_7622.html</link>
<description>オリンピックは終わった。中でも、陸上競技、とりわけ棒高跳びには完全に目を奪われて...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;オリンピックは終わった。中でも、陸上競技、とりわけ棒高跳びには完全に目を奪われてしまう。あの、一瞬、天に上るような伸びやかな動きを観ていると、幻想的な世界に心を奪われるように恍惚としてしまうのだ。けれど、ウチの主人に、金メダリストのイシンバエワ選手を、奇麗だ、奇麗だと連呼されると、意地になってハンマー投げに気を移した。室伏選手ってカッコイイ。負けじとそう言ってみたが、効果はないようだった。それにしてもテレビのインタビューで、日本の選手の「支えてくれた家族やコーチ、ファンの皆のお陰だ、感謝している」という返答が多かったように思う。感謝の気持ちって大切だなぁ、と改めて教わる傍らで、果たしてこれは国柄なのだろうかと疑問に思ってきた。中国の選手だったらどう言うだろうか？アメリカだったら？エチオピアだったら？フランスだったら？一見自己中心的に見えるフランス人も感謝の気持ちを述べるだろうか？そういえば映画際の授賞式とかでは、「この映画を作れたのは妻の…」のみならず、「スタッフの」お陰だとよく言っているから、多分フランスのオリンピック選手達も同じような事を言っているのかもしれない。いや、フランスといえば、そういえば、そういえば、「ありがとう」の国だった。「Merci（メルシー）」の。&lt;br /&gt;
こんなことがあった。以前にある会社の経営者の方とランチをした時の事。その方はフランスでの仕事を終えて帰ってきたばかりだった。初めて直接フランス人と仕事をしたからだろう、やり取りに苦労したというエピソードを面白可笑しく語って下さった。何が問題だったかというと、お互い母国語でない英語で会話をしないといけないもどかしさではなく、「モラルの違い」だったそうだ。「信じられないよ。やつらは平気で嘘をつくんだから。明らかにやってない事もやったと言うんだから。そして絶対に謝らない…」。そうとう呆れてしまっていたのだろう。「やつらにはモラルがないんだ。人間として恥ずかしい」とかなり批判的な感想にもなった。私はフムフムと聞いていた。なるほど、確かにフランス人はそういう所もある。というか、大いにある。彼らはいかに自らの主義主張を肯定するかが勝負、という教育を受けてきたから、自らの非を認めるのは最後の最後、と言っても過言ではないんじゃないか。けれど、その方の発言を聞いて「そうだわぁ〜」と思いながも、どういう訳か「本当にそうですよね」と相槌を打てなかった。１００％同調できない。何かがひっかかる。何だろう？私は家に帰るまでずっとその事を考えていた。家に着いて、ぼんやりと昔フランスに関する本をめくっていたら、ある車のシーンを思い出した。あ！そうだ、１００％同調できなかった理由はこれだ！つづく。（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;フランス７つの謎&quot; title=&quot;フランス７つの謎&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/08/26/imgp3318.jpg&quot; width=&quot;200&quot; height=&quot;267&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
最近読んだフランスに関しての本『フランス７つの謎』（著：小田中直樹、出版社：文春新書）。この手の表紙の本はきっと難解なんじゃないかという偏見があるけど、読んでみるとそんなことはない。けっこうフランクで面白い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2008-08-26T23:30:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_a340.html">
<title>マジック・アワー／その２</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_a340.html</link>
<description>（つづき）要するに『マジック・アワー』が面白かったというだけの話なのに、オーバカ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;（つづき）要するに『マジック・アワー』が面白かったというだけの話なのに、オーバカナルのテラスで友達の「趣味の良いチンドン屋」に、そんなふうにだらだらと、語っていた。夕立が来そうな昼下がり。暑くて気持ちが緩んでいるのか、レモンタルトに夢中なのか、キレのない私の話に珍しく突っ込んでこない。聞いてなかったのかしら？疑いたいぐらいであったが、私も気にせず、自分のプレートに没頭することにした。食べ直しのプレートである。ランチに頼んだブイヤベースが、大きなお皿に雀の餌ほどの量しかなくて、そのケチ臭さに腹を立てた私は、某有名シェフのレストランを出る時、「ごちそうさまでしたぁ〜」の代わりに「おなかすいたぁ〜」と言って出てきた。あまりに欲求不満だったのでオーバカナルに移動し、「趣味の良いチンドン屋」は大きなレモンタルト、私はケチなブイヤベースを忘れるために、同じような魚のプレートを選んだ。とはいえいくらなんでも２回もランチをするなんて、危険、危険。夜は控えよう。そう思った頃、「趣味の良いチンドン屋」は口を開いた。「そうなのよ、三谷幸喜の作品って面白いのよね」。なんだ、私の話は聞いていたんだ。「よく見に行くわよ、前にもゴッホとゴーギャンの話のお芝居を観に行ったわ」。「ゴッホとゴーギャン？ああ、喧嘩するやつ？」と私は魚とラタトゥイユをフォークにさしながら相槌を打った。「そう、そう、仲悪かったじゃない？えっと、もう一人誰だっけ？仲を取り持っていた人」。宙を仰いで、人名を探している様子の彼女に、「セザンヌでしょ？」と答えた。「あ、そっか、セザンヌね」と彼女。「そうじゃない？彼も南仏だし」と私。「でも、彼もキャラ強そうよ！きっとセザンヌじゃないわよ」。「そう？じゃあ、あれだ、南の島に行っちゃった人」。「だから、それはゴーギャンよ！」。「あ、そっか、じゃあ、誰だったけ？」…。うーん。私たちは黙りこくった。オーバカナルのテラスで、足を組んで、腕を組んで、首をかしげたり、宙を仰いだり。必死になってもう一人の画家を思い出そうとしていた。片方は、有名な彫刻家の娘でソルボンヌの美術史卒。もう片方はフランスの勲章まで授与した美術評論家の儘娘。とてもそんな２人の会話だと思えない。「良かったわ、誰にも聞かれなくて」と辺りを見渡した私たちであった。しかしそんな間抜けな姿を、私は書かないではいられない。（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;『マジック・アワー』のストラップ&quot; title=&quot;『マジック・アワー』のストラップ&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/08/21/imgp3306.jpg&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;225&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
結局ゴッホとゴーギャンの仲を取り持っていたのはスーラ、と言いたかった私たち。三谷幸喜の作品『コンフィダント・絆』には、もうひとりシュフネッケルが登場する。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2008-08-22T23:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_2966.html">
<title>マジック・アワー／その１</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_2966.html</link>
<description>先日、ワイン友達の「ビー玉」と「アイドル」と共に、夕方からシャンパーニュ7種をテ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;先日、ワイン友達の「ビー玉」と「アイドル」と共に、夕方からシャンパーニュ7種をティスティング＆飲み比べるという会に参加してきた。そもそも私のワイン友達は白や赤ワインよりも泡を好んで飲むので、私も頑固なボルドー派だったのが、今じゃすっかり影響されてスタートでもしっかり泡、〆にも泡、その間も泡ならなお良いと言うようになってしまった。カジュアルな時はCAVAやスプマンテで済ますけれど、やっぱりシャンパーニュは香りをかぐだけでもうっとりする。と、いうわけで、そのシャンパーニュの会のお誘いに積極的に参加した。丁度日が沈んで、青と赤に染まった空の光が銀座のビル郡を照らす頃、「アイドル」と映画の話をし始めた。シャンパーニュに気を取られていたので、何の映画の話をしたのかあまり覚えていないのだが、彼女が『マジック・アワー』（監督と脚本：三谷幸喜）は面白かった、と言ったことだけはなぜか、その翌日日比谷のシャンテ・シネの前を通った時に思い出した。そこでどれどれ、観てみようか、と軽い気持ちで入場したのだが、映画館を出る頃には完全にやられて、その余韻は翌日まで続いた。物語が進行すればするほど面白い。規模もジャンルも違うけど、スピルバーグさながらアイデアの連続。言葉の面白さを存分に披露しているのと同時に、佐藤浩市の役者としての面白さも１２０％見せられてしまった。翌日、主人とランチをしていても『マジック・アワー』の台詞や佐藤浩市の仕草を所々思い出しては、薄ら笑いをしていたくらいだ。気味が悪いと言われも仕方がないが、だったら観に行こう、と主人を引っ張って、またしてもシャンテ・シネに入場することにした。要するに私は２日連続で観たというわけだ。シャンパーニュを片手にしたマジック・アワーにすっかり魔法をかけられてしまったのかもしれない。今だって、もう一度、観たいと思っている。そういえば、アン・リー監督の『ラスト・コーション／色・戒』も２回目はここだった。どうやら、この映画館は私が癖になる作品を上映することが多いのかもしれない。つづく。（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;ルイーズ&quot; title=&quot;ルイーズ&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/08/21/imgp3226.jpg&quot; width=&quot;200&quot; height=&quot;267&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
シャンパーニュの会で、最後に特別に出てきたポメリーの『キュヴェ・ルイーズ』の８９年。泡はまだきめ細かかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2008-08-21T23:00:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/2_8aa0.html">
<title>マイコサクラ失踪事件／その2</title>
<link>http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/2_8aa0.html</link>
<description>（つづき）「ニニ、ちょっと待って！」。包丁を置き、火を止めて、エプロンで手を拭き...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;（つづき）「ニニ、ちょっと待って！」。包丁を置き、火を止めて、エプロンで手を拭きながら母はニニの後を追った。「ここ、開けて、開けて！」ニニはドアをガリガリと掻いた。開いてやると、芝生の上をタッタッタッと駆けて、外の空気を匂ってみている。そして、くるりと母の方を向くと、「こっちかもしれないよ、ついてきて！」と言って、池の茂みの方へ向かった。母はニニに案内されるまま、しばらく探し回ったが、マイコサクラは見つからなかった。「ニニ、もうお家に入りましょ。きっとじきに戻ってくるわよ」。そう言う母に、ニニは納得がいかない様子をみせながらも家の中に戻った。母はまた台所に立った。ニニもまた台所の流し台に乗り、母がニンジンを切るのを見つめていた。けれど、心ここにあらず、といった風。しばらくしてニニは、母の顔をジッと見て、「ねぇ、かあさん、お家の中も探してみようよ。どこか押し入れの間に挟まれちゃって出て来れないのかもしれないよ」。そう言うと、流し台からピョンと下りた。「こっち、こっち！」。母はまたニニの後を着いて行った。追いつくとすばしっこく階段を上り、「こっち、こっち！」と母を案内する。「屋根裏部屋のミシン台の下かもしれないよ」。「アンヌの部屋の、ダンボールの間かもしれないよ」、「かあさん達のベットの中で寝てるかもしれないよ」…。ニニは次から次へと母を連れ回し、マイコサクラを探し出そうとした。けれど見つからない。さすがのニニもくたびれたらしく、しばらくしたら暖炉の前でぐっすり朝まで寝てしまった。&lt;br /&gt;
翌朝、母は朝食の準備をしながら、台所の窓から庭を見つめ、マイコサクラのことを思った。どうしちゃったのかしら？いつもならどんなに外に出かけていっても、朝までには帰ってくるのに…。誘拐されたのかしら…？だったら悲しいわ…。すると、朝露に濡れていっそう緑色に輝いている芝生の上を、２匹の猫がこっちに来るのが見えた。よく見ると、ニニだ。そしてニニの後ろをマイコサクラが歩いている。母は庭のドアへ向かうと、マイコサクラは何事も無かったように家の中に入り、ニニは「連れて帰ったよ」と言いたそうに小さく「ニャ」と鳴き、目配せした。&lt;br /&gt;
「結局ニニが連れて帰ってきてくれたのよ！」。電話で一部始終を話した母は少し興奮して笑っていた。私は、母がニニばかり可愛がってるとマイコサクラが思いこんでいたら…、と想像した。だから「ふてくされちゃったんじゃないの？」と聞いてみた。母は、「そうなのよ、そうだったみたいなのよ。人間みたいで可笑しいわ」とずっと笑っていた。&lt;br /&gt;
前の夜暖炉の前で寝てしまったニニは、明け方になってふと、またマイコサクラのことが気になり、目を覚ました。まだ薄暗い部屋の中に細い朝の光が差し込んでいる。ニニは急に立ち上がった。「裏庭のドアが半開きになってるんだ！」ニニはドアをすり抜け、急いで外に出てみた。早朝の涼しい風にあたると、はっきりと思い出した。「そうだ！あそこだ！あそこに違いない！」。前にマイコサクラが、こっそりと教えてくれた場所。「『ここに居るととっても落ち着くのよ』って言ってた場所！」。ニニは裏庭の隅っこにある、お墓めがけて走って行った。先代、アスチュのお墓だ。その墓石の脇のエニシダの茂みに、きっと、きっと、姉さんが居るに違いない！アスチュのお墓を跨ぐ時に、少し会釈をして、ニニはエニシダをかき分けた。「姉さん？」ニニがそっと声をかけると、「ニニ？１人なの？」と小さな声が帰ってきた。やっぱりここだったんだ！ニニは嬉しくて嬉しくて、「姉さん、帰ろうよ！帰ろうよ！母さんも心配してたよ」とはしゃいだ。でもマイコサクラは「いやよ！」とそっぽを向いている。「だって、母さんたら、昨日私たちのお手洗いを掃除しなかったのよ。汚いのは嫌！だから仕方なく、暖炉のところで…。灰がいっぱい積もってたから、良いと思って…。なのに、なのに…。」マイコサクラはしくしく泣き始めた。それでも続けた。「なのに、なのに、あんな剣幕で怒るんですもの！酷いじゃない！」。ニニはしばらく姉さんのそばで落ち着くのを待った。どのくらい時間が経ったのだろう…。「姉さん、もう帰ろう。母さんが心配してるよ…。ね？ね？」マイコサクラは、ゆっくりと涙を拭って顔を上げ、そして小さく言った。「そうね」。（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img alt=&quot;アスチュと&quot; title=&quot;アスチュと&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/08/08/imgp3305.jpg&quot; width=&quot;350&quot; height=&quot;262&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
先代アスチュの写真が、不思議な事に一枚しか出てこない。沢山撮ったのに、どこへ行ったのだろう？マイコサクラとの血の繋がりはないが、アスチュも人間嫌い。ちょっと撫でても、ちょっと抱っこしても、嫌がることの多かったこの先代は、しかしながらゆったりお姫様ではなかった。一匹狼（？）で野性的。ハンターとしての腕前はバツグン。女々しいところは一つもない、ジャンヌ・ダルクのようだった。ちなみにアスチュも私もアメリカンショートヘアもどき。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>anne2007</dc:creator>
<dc:date>2008-08-08T23:00:00+09:00</dc:date>
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<title>マイコサクラ失踪事件／その１</title>
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<description>娘２人はとうの昔に家を出て、居候していた若い学生も一人暮らしを始め、とうとう飼っ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;娘２人はとうの昔に家を出て、居候していた若い学生も一人暮らしを始め、とうとう飼っていた猫のアスチュも昨年天国へ行ってしまった。そんな私の実家は、なにか寂しいというよりも物足りない、と母は思ったらしく「やっぱり猫をまた飼うことにしたの」と電話口で言った。今年の春のことだ。近所のお宅で猫３匹生まれたという知らせを受けて、そのうちの１匹が欲しかった黒猫だというから、母は飛んで行ったそうだ。ところが、そのお目当ての黒猫はとっくに貰い手がついていたらしい。だったら、と言って、母は２匹連れて帰ってしまった。黒猫がダメなら２匹という発想は普通なかなかしないものだが、母の場合は大いにありうるのだ。ああ、やっぱりまた２つだわ、と家路についたという母の話を聞いて、私は、やっぱりね、だった。なにせ、買い物にでかければ、なんでもかんでも同じものを２つ買う癖があるのだから。（2007年8月10日付けのブログ『私のビョーキ』参照）&lt;br /&gt;
やってきた２匹の猫は、ニニとサクラ。妹のニニはやんちゃで姉のサクラはお姫様の様だという。（2008年4月2日付けのブログ『春うらら、うわの空／その２』の写真参照）&lt;br /&gt;
ところが、途中からサクラの名前を母は変えてしまった。マイコにしたという。「だってフランスっ人たら、みんなサクラのラをLで発音しないでRで発音するんだもの。喉をゴロゴロ鳴らして『SAKOURA』なんてなんだか汚らしくて」。そして、ニニは人懐っこくていつも自分の後を付いてきて、かわいくってかわいくってしょうがない、と言い、サクラならぬマイコは人間嫌いで、抱っこされようとしないお澄ましで、あまりかわいくないとでも言いたそうだ。そう電話口で聞くと、サクラならぬマイコを不憫に思った。主人に十分かわいがられないで、さらに名前まで勝手に変えられて。お姫様キャラならプライドも高い筈。ふてくされて余計人間嫌いにならないと良いな、と密かに私は願った。&lt;br /&gt;
８月に入り、フランスがヴァカンス一色になっただろう頃を見計らって、パリの実家ではなく、ノルマンディーの家に電話を入れた。一回ブルルと鳴っただけで、母は出た。やはり休暇を取っていたようだ。暑中見舞いというより、私は用があって電話をしたのだが、母は私だと分かると「ちょっと！昨日、大変だったのよ！」と叫び始めた。私の用件も聞かずに。うっかり母の話に巻き込まれて、肝心の用件を話さず終いになってしまわないように、目の前にあった領収書の裏に用件をメモしてから、「どうしたの？」と聞いた。「昨日、マイコが居なくなっちゃったのよ、心配したわぁー」。マイコ…、ああ、サクラか！マイコサクラね。ややこしいので私はダブルネームで呼びことにした。&lt;br /&gt;
その日は、日中、ニニとマイコサクラは庭で遊んでいた。しかし夕方になって気がついてみるとニニしか庭にはいない。どうしたのかしら、と母は思った。「でも、きっとじきに戻ってくるでしょ」と気にせず、夕食の準備を始めた。蛇口をひねる音がすると、ニニが飛んでやってきた。「わぁ、お料理始めるの？」「わぁ、お水がポトポト落ちて面白ーい！」「わぁ、このオレンジ色の長いの、なぁに？」と、横から母の顔をチラチラ見ながら聞いてくる。台所が面白くて仕方がないらしい。「これはね、ニンジンっていうのよ」と母。また娘ができたかのように楽しんでニニに教える。ふと時計を見上げると、もう夜の８時になっていた。夏時間のトリックで、まだまだ夕方のようだった。「それにしても遅いわね、まだ帰ってこないわ…」。母がマイコサクラを心配し始めると、ニニもそわそわし始めた。「ねえ、ねえ、お庭に探しに行ってみない？」ニニはそう言って、ピョンと流し台から飛び降りると、一目散に裏庭のドアの方へ駆けて行った。つづく。（by Anne）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img alt=&quot;Maikosakura en paix &quot; title=&quot;Maikosakura en paix&quot; src=&quot;http://memobiyori.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/08/08/p1010432.jpg&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;225&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;br /&gt;
マイコサクラはゆったりしているので写真に撮りやすいそうだ。これはカール・ロイターヴェルスというスエーデン人の作品『結ばれたピストル』で、平和のシンボルとして国連本部にも置かれている物らしいのだが、なぜかマイコサクラは大好きで、いつも握りしめている、と母は言う。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

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